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妖精と白い花
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「うわ!」
僕は驚愕のあまり持っていた鉢を落としそうになった。
それもそのはず今僕が運んでいる蘭の鉢の花の辺りに、トンボのような羽を背中に持ち聖歌隊の制服のような袖の長い真っ白なワンピースを着た手のひらほどのサイズの妖精が立っていたのだ。
「君は」
僕はそっと鉢を置くと恐る恐る訊ねた。
「私はララ、どうか私たちを助けてください勇者様!」
「勇者?」
混乱する僕にララと名乗る妖精は続ける。
「いま妖精は絶滅の危機にあります。それを救うことができるのは選ばれし勇者様だけなのです」
「待ってくれ、僕は普通の花屋のアルバイトだよ」
そう、ララと話している場所はバイトをしている花屋の店先。
僕は店長に言われ蘭の鉢を店先に並べている最中だった。
(疲れているのか。それともまだ寝ぼけているのか)
目をこすってもう一度確かめるが、やはり幻や幻覚ではなさそうだ。
「私の姿が見えることこそ、勇者様である証なのです」
ララは目を潤ませながら訴える。
「なにさっきからぶつくさいってんだ、運び終わったのか?」
突然背後から店長に声をかけられ僕は飛び上がるほど驚いた。
「店長、あの……」
思わずララと店長を交互に見詰める。
「あぁ、そこでいいぞ」
店長はララの乗っている蘭の鉢上を見たが位置だけを確認すると奥に引っ込んでしまった。
「ほら、あの方には見えていないでしょ」
ララはなぜか誇らしげに胸を張る。
「わかったよ、とりあえず今は仕事中だから話は帰ってからでいいかな」
僕はあきらめたようにそう呟いた。
「じゃあ、ここで待たせてもらいます」
するとさっきまでの懇願するようなしおらしい態度とはうって変わって、嬉々として僕の肩に飛び乗った。
重みを感じないが確かに存在するそれに、僕は軽く嘆息した。
「僕はいったい何をすればいいの?」
自分を勇者だと認めるわけではないが、目の前に助けを求める妖精がいて無視することはできない。
これでも昔は存在を信じて探すほど妖精好きの少年だったこともある。
ララは僕に一枚の紙を差し出した。
「これは?」
「種の作り方です」
「種?」
渡された紙には数種類の花の名前と、種の作り方がまるで料理のレシピのように書かれていた。
「そこに書かれている花の花粉を集めてください。それで新しい花の種を作るのです」
「新しい花の種」
「私たちの仲間は花から生まれるんです」
「そうなんだ」
感慨深げに頷きながら、僕は内心胸を撫で下ろしていた。
ドラゴンや魔物と戦ってくれといわれたらどうしようと恐れていたのだ。
「どれどれ」
僕は紙に目を通す。
「蘭、百合、霞草――」
結構すぐ手に入りそうなものばかりだった。
「これを集めてくればいいんだね?」
「はい、あと注意書きにも書いてありますが、全て白い花でお願いします」
「わかった」
次の日から僕はその花々の花粉を集め始めた。
花は全て国内のものだったので、ほとんど自分の店や知り合いの花屋で入手することができ妖精を救うことは簡単に思えた。
しかし数を集めていくうちに徐々にそれは困難を極めてきた。
季節的に難しい花、花屋では売っていない花など、しかし僕はララの助けも借りながらそれらも必死に集めた。
もしここで僕があきらめたら妖精が滅んでしまうのだ。僕はいつしか勇者としての使命感に燃えていた。
そうして約二年半をかけ全ての花の花粉を集めることに成功したのだった。
後はそれを山の清き湧き水と妖精の羽から落ちる魔法の粉とよく混ぜ乾燥させれば、妖精の種の出来上がりである。
「いよいよだね」
家の近くの土手の上。僕は肩に乗るララと瓶に詰められた種を見詰めた。
「ありがとうございます、これで妖精の世界は救われます」
ララはそういうとペコリと頭をさげた。
「じゃあ、行くよ」
合図と共に種を空に向かって放り投げる。
種は空中で一瞬パッと線香花火のように光を発したかと思うと、空気に溶けるように消えてなくなった。
そして次の瞬間、何もなかった草の間からポッポッとまるで小さな明かりが灯るように白いつぼみが顔をだした。
「成功だ!」
興奮する僕の目の前で次々と白い花が咲いていく。いつしか僕の目の前の土手いっぱいにララと同じような真っ白な花が咲き乱れた。
「ララ、すごいね!」
そういって肩を見るとそこにはもうララの姿はなかった。
「さようならララ。この花の数だけ妖精が生まれるんだね」
僕は涙をぐっと堪えて土手いっぱいに咲いた白い花に向かって微笑んだ。
~~~~ 妖精の世界 ~~~~
「ちょっと! 蜂や動物じゃなくて人間を使うなんてルール反則じゃない」
見た目はララとそっくりだが、ララの清楚な白いワンピースとは真逆に真っ赤な燃え上がるような派手な服を着た妖精がララに向かって口を尖らしながら文句を言っている。
「ルールに人間を使ってはいけないなんて書いてないだろ」
ララはそういうと赤い服の妖精をあざ笑うように鼻で笑った。
土手に咲くたくさんの白の花の間にポツポツと隠れるように少しだけ顔をのぞかせている赤い花。
『第三回妖精対抗花咲かせ大会』はこうして白組優勝で幕を閉じたのであった。
僕は驚愕のあまり持っていた鉢を落としそうになった。
それもそのはず今僕が運んでいる蘭の鉢の花の辺りに、トンボのような羽を背中に持ち聖歌隊の制服のような袖の長い真っ白なワンピースを着た手のひらほどのサイズの妖精が立っていたのだ。
「君は」
僕はそっと鉢を置くと恐る恐る訊ねた。
「私はララ、どうか私たちを助けてください勇者様!」
「勇者?」
混乱する僕にララと名乗る妖精は続ける。
「いま妖精は絶滅の危機にあります。それを救うことができるのは選ばれし勇者様だけなのです」
「待ってくれ、僕は普通の花屋のアルバイトだよ」
そう、ララと話している場所はバイトをしている花屋の店先。
僕は店長に言われ蘭の鉢を店先に並べている最中だった。
(疲れているのか。それともまだ寝ぼけているのか)
目をこすってもう一度確かめるが、やはり幻や幻覚ではなさそうだ。
「私の姿が見えることこそ、勇者様である証なのです」
ララは目を潤ませながら訴える。
「なにさっきからぶつくさいってんだ、運び終わったのか?」
突然背後から店長に声をかけられ僕は飛び上がるほど驚いた。
「店長、あの……」
思わずララと店長を交互に見詰める。
「あぁ、そこでいいぞ」
店長はララの乗っている蘭の鉢上を見たが位置だけを確認すると奥に引っ込んでしまった。
「ほら、あの方には見えていないでしょ」
ララはなぜか誇らしげに胸を張る。
「わかったよ、とりあえず今は仕事中だから話は帰ってからでいいかな」
僕はあきらめたようにそう呟いた。
「じゃあ、ここで待たせてもらいます」
するとさっきまでの懇願するようなしおらしい態度とはうって変わって、嬉々として僕の肩に飛び乗った。
重みを感じないが確かに存在するそれに、僕は軽く嘆息した。
「僕はいったい何をすればいいの?」
自分を勇者だと認めるわけではないが、目の前に助けを求める妖精がいて無視することはできない。
これでも昔は存在を信じて探すほど妖精好きの少年だったこともある。
ララは僕に一枚の紙を差し出した。
「これは?」
「種の作り方です」
「種?」
渡された紙には数種類の花の名前と、種の作り方がまるで料理のレシピのように書かれていた。
「そこに書かれている花の花粉を集めてください。それで新しい花の種を作るのです」
「新しい花の種」
「私たちの仲間は花から生まれるんです」
「そうなんだ」
感慨深げに頷きながら、僕は内心胸を撫で下ろしていた。
ドラゴンや魔物と戦ってくれといわれたらどうしようと恐れていたのだ。
「どれどれ」
僕は紙に目を通す。
「蘭、百合、霞草――」
結構すぐ手に入りそうなものばかりだった。
「これを集めてくればいいんだね?」
「はい、あと注意書きにも書いてありますが、全て白い花でお願いします」
「わかった」
次の日から僕はその花々の花粉を集め始めた。
花は全て国内のものだったので、ほとんど自分の店や知り合いの花屋で入手することができ妖精を救うことは簡単に思えた。
しかし数を集めていくうちに徐々にそれは困難を極めてきた。
季節的に難しい花、花屋では売っていない花など、しかし僕はララの助けも借りながらそれらも必死に集めた。
もしここで僕があきらめたら妖精が滅んでしまうのだ。僕はいつしか勇者としての使命感に燃えていた。
そうして約二年半をかけ全ての花の花粉を集めることに成功したのだった。
後はそれを山の清き湧き水と妖精の羽から落ちる魔法の粉とよく混ぜ乾燥させれば、妖精の種の出来上がりである。
「いよいよだね」
家の近くの土手の上。僕は肩に乗るララと瓶に詰められた種を見詰めた。
「ありがとうございます、これで妖精の世界は救われます」
ララはそういうとペコリと頭をさげた。
「じゃあ、行くよ」
合図と共に種を空に向かって放り投げる。
種は空中で一瞬パッと線香花火のように光を発したかと思うと、空気に溶けるように消えてなくなった。
そして次の瞬間、何もなかった草の間からポッポッとまるで小さな明かりが灯るように白いつぼみが顔をだした。
「成功だ!」
興奮する僕の目の前で次々と白い花が咲いていく。いつしか僕の目の前の土手いっぱいにララと同じような真っ白な花が咲き乱れた。
「ララ、すごいね!」
そういって肩を見るとそこにはもうララの姿はなかった。
「さようならララ。この花の数だけ妖精が生まれるんだね」
僕は涙をぐっと堪えて土手いっぱいに咲いた白い花に向かって微笑んだ。
~~~~ 妖精の世界 ~~~~
「ちょっと! 蜂や動物じゃなくて人間を使うなんてルール反則じゃない」
見た目はララとそっくりだが、ララの清楚な白いワンピースとは真逆に真っ赤な燃え上がるような派手な服を着た妖精がララに向かって口を尖らしながら文句を言っている。
「ルールに人間を使ってはいけないなんて書いてないだろ」
ララはそういうと赤い服の妖精をあざ笑うように鼻で笑った。
土手に咲くたくさんの白の花の間にポツポツと隠れるように少しだけ顔をのぞかせている赤い花。
『第三回妖精対抗花咲かせ大会』はこうして白組優勝で幕を閉じたのであった。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
まさかのオチにびっくりでした!!
妖精や花といった、とても綺麗なお話で
読んでいて心が洗われた気分になります(*´ω`*)
コメントありがとうございます。
クスッと最後していただけたなら成功です(^ー^)