魔法使いの弟子 ~不愛想師匠とドジっ子弟子は、今日も村人たちに愛されている~

トト

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魔法使いとその弟子

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「師匠~、リオン師匠~」

 情けなく助けを呼ぶ弟子の声を聞いて、リオンは作業の手を止め顔を上げた。
 座っていると床につきそうなぐらい長い艶やかな銀色の髪が端正な顔に滑り落ちる。それを無造作にかきあげるとエルフの特徴である長く尖った耳が現れた。
 
「師匠~、聞こえてますか~、ちょっと来てくださいよ~」

 せっかくの美しい顔がいら立ったように歪められる。そこから覗く綺麗な翡翠色の瞳はその美しさに反し険をおびる。しかし、こうしてただ待っていても声の主はリオンを呼び続けている。大きくため息を付くと、手に持っていたものを机に置き、ブツブツと文句を口にしながら声のする方に足を向けた。

「師匠~、遅いですよ~」

 扉を開けると、フワッとした甘い香りと共に、弟子の情けない姿が目に飛び込んできた。

「ユキ、何をしているんだ、この部屋は──」
「知ってますよ」

 頭から謎の液体をかぶった年のころは10歳ぐらいだろうかユキと呼ばれたまるで女の子のような顔立ちの少年はその可愛らしい顔を真っ青にして、その場に立ち尽くしていた。
 カラスの濡れた羽のように美しい黒髪は、本当にびっしょりと濡れ、床にまで雫をたらしている。

「だって、下手に動いたら危ないものかもしれないじゃないですか」

 ここは魔法使いの家の倉庫。棚に並べられた謎の液体には傷を治す魔法の薬からドラゴンも一瞬で倒せる猛毒まで、ありとあらゆるものがごちゃ混ぜに陳列されていると聞かせれている。

「僕はただ、たまには換気をした方がいいかなって、そしたら、いきなり鳥が飛び込んできて、追い払らおうとしたら……」

 今にも泣きだしそうな情けない顔で、ユキは髪と同じ黒曜石のような瞳を潤ませながらリオンを見上げる。

「ここは危険なものが多いって師匠がいつも言っていたから、僕がこのまま部屋から出たら村のみんなにも被害がでるかもじゃないですか」
「もしそんな危険なものなら今頃お前はもう死んでいるし。助けに来た私も死ぬことになるだろう」
「あっ、そうか」

 ヘヘっとユキが笑う。 
 それを見てはぁと大きなため息を吐くと、すらりと長い綺麗な指でその整った顔を覆い首を振った。

「まったく、どうしてこんなバカに育ってしまったのか」
「ひどいです。バカなんて。ちょっと失敗しがちなだけです」

 そうなのだ、このユキと言う弟子は、ことあるごとに問題を起こす。でも決して本人に悪気があるわけでもわざとでもない。村のみんなはそんなユキの話を笑いのネタにしているようだが、一緒に住んでいるリオンとってはドジっ子などという可愛い言葉では片づけられない問題である。

 だいたい、ユキが一人で歩き回れるようになってからは本当に危険なものは全て処分している。だがあえてそれをこの弟子には教えない。
 危ないものがあると思っていてこれなのだ、油断したら次は何をやらかすかわかったものじゃない。

「で、師匠。これ、僕大丈夫ですかね?」

 ユキの近くに転がっている瓶を拾い上げる。古くて字がほとんど読めなくなっているラベルに目を細めて眉間に皺を寄せる。

「…………問題ない」
「なんですか、今の間は!?」

 少し不満げにユキが口を尖らす。それでも大丈夫だと言われ安心したのか、すでにいつもの明るい人懐っこそうな表情になっている。

「そうだ、ついでにそのままドレア婆さんのとこに薬届けてくれ」

 クンクンと自分の体に着いた液体の匂いを嗅いでいたユキが、リオンのその一言に眉を寄せる。

「えー着替えさせてくださいよ」
「もうほとんど乾いてるだろう。それに、どうせだから効果を知りたい」

 ドレア婆さんに薬届けてくれと言うのは建前で、薬の効果を知ることの方が目的のようだ。

「なんの効果ですか!?」

 ユキが目を見開く。

「大丈夫、ユキに危険なことは起きないはずだから」

 ジトッとした目で師匠を見上げて口を尖らす。
 ユキはその言葉に何度だまされてきたことか。
 それに心なしか師匠の態度がさっきからいつもより優しい気がするのが逆に怖い。

「師匠この液体、なんの薬だったんですか?」
「教えたら面白くないだろ」

 やはりこの師匠面白がっている。ユキが絶望的な顔をする。

「お前はこの村のみんなに好かれてるから大丈夫だ。それに私の自慢の可愛い弟子だ。だから早く行ってこい。早くしないと効果が切れるだろ」

 何が大丈夫なのかまったくわからないうえ、あのいつも眉間に皺を寄せ、小言ばかりを口にする師匠が『自慢の可愛い弟子』だなんていよいよもって怪しい。
 この液体がどんな効果を発揮するのかはわからないが、とても大丈夫なこととはおもえない。

「うぅ、怖いよ~」
「ほら情けない声をださない。早く行きなさい。そうしないと──」

 ゾクリと背中に冷たいものが伝わる。
 ユキは自分の背中を押す師匠の顔を見ることなく部屋を飛び出した。

「おーい。薬忘れてるぞ」

 背中に師匠の楽し気な声が追いかけ来る。
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