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母と執着
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それは少し肌寒くなってきた11月のことだ。朝陽の父親が出張でしばらく家を空けることになった。
「特に心配はしていないが、何かあったら連絡をよこしなさい」
そう言ってスーツケースを持った父親を見送ったのが週の始まりで、寂しさを感じるものの何事もなく週末を迎えようとしていた。
金曜の夜、朝陽が勉強していると温かいお茶を持って瑞月が入ってきた。
「一息つかない?」
一度ペンを置いて瑞月が淹れてくれたお茶を口にする。玄米茶だ。香ばしい香りがふわりと広がって、苦みの中にあるほんのりとした甘さが朝陽の張り詰めた神経をほぐしてくれる。
瑞月もお茶を啜ってほうと息をついている。瑞月は壁に掛けられたカレンダーを見て驚いたような声を上げる。
「明日も模試なんだ」
共通テストまで二ヶ月を切っている。朝陽は毎週模試だ補習だと休みなく学校へ行っていた。
「はあー、受験生は大変だあ」
瑞月も二年前はそんな生活をしていたと思うのだが。思った疑問を口にしてみる。
「瑞月もこの時期はそうだったろ?」
「まあね。 やだったなあ、休みないの。 思い出したくなーい」
唇を尖らせてボヤく瑞月がなんだかおかしい。薄く笑い、空になった湯呑みを瑞月に渡す。
立ち上がった瑞月はカレンダーを捲って何かを確かめている。その後朝陽に向き直り、口を開けたり閉じたりしている。何か言いたいことがあるのなら言えばいいのに。
「なんだ?」
「ううん、なんでもない。 明日模試なら早く寝た方がいいよ? おやすみなさい」
「……おやすみ」
なんでもないことはないだろうと思ったが瑞月が退室してしまったから追及することはできなかった。
ぐうと伸びをして朝陽も勉強に戻る。半端になっていたテキストを解いて、次の教科に手をつけようとしたがやめた。瑞月の言う通り、早く寝たほうがいいだろう。机の周りを片付けて朝陽はベッドに入った。
模試を終えて家路に着く。帰り道が途中までは洋介と茉莉も一緒だ。洋介はそこまで振るわなかったらしい。先程から溜め息を連発していて、茉莉がそれを嗜める。
「洋介、いい加減鬱陶しい」
「……落ち込んでんだから慰めてくれてもいいだろう?」
「遊んでたんだから自業自得」
洋介はぐう、と唸って黙り込んでしまう。夏休みからめでたく交際を始めた洋介と茉莉はたびたび一緒に勉強していたらしい。だが洋介がすぐに飽きてしまい茉莉にちょっかいをかけては睨まれて……を繰り返していたそうだ。茉莉から話を聞いて朝陽も呆れてしまう。
「流石に危機感なさすぎだろ……大丈夫なのか?」
「……まあ、どうにかするよ」
茉莉と沈んだ洋介と曲がり角で別れる。朝陽は今回の模試も手応えがあり、解放感があった。今日くらいは気を緩めてもいいだろう。
(……なんだ?)
家の前でぐるぐると歩き回っている女性がいた。なんだろうと思いながら彼女を横切ると声を掛けられた。
「すみません、ちょっといい?」
女性は40代半ばくらいで色白、黒々とした髪を肩のあたりで切り揃えている。目は二重でぱっちりとしている。
朝陽は奇妙な既視感に襲われた。綺麗な女性だがどこかで見たことがあるような気がする。思い出そうとしていると女性が地図アプリを出した携帯を見せてきた。
「このお宅に行きたいんだけれど、どこか分かる?」
「えっと……」
地図アプリでピンが示しているのは朝陽の家だった。
「母さん!? なんでいるの?」
「あんたに会いにきたのよ、バカ息子。 全く、お盆も顔出さないで」
朝陽が既視感を覚えるのも当たり前の話で、女性は平野桃子と言って瑞月の母親だった。二人並ぶと顔の造り、特に目元が良く似ている。
桃子の突然の来訪にお帰りなさい、といつものように朝陽を玄関まで迎えに出た瑞月は聞いたことのない素っ頓狂な声を上げて驚いた。桃子は流して朝陽に持っていた紙袋を渡す。
「これお土産のお菓子ね。 朝陽君、大きくなったわねえ……おばさんのこと覚えてる?」
「えっと、すみません……」
瑞月の家族とは幼い頃に一度会っているらしいのだが、記憶になかった。素直に謝ると桃子はけらけらと笑った。
「いいのいいの、まだ小さかったしね」
「母さん、来るなら連絡してよもう」
そんな桃子に瑞月がお茶を出しながら不満を漏らす。
「そう怒らないの」
桃子はこちらで友人と会う約束があるらしく、そのついでに瑞月の様子を見るために立ち寄ったらしい。
「朝陽君、瑞月はちゃんとしてる? 何か迷惑かけてない?」
「いえ、むしろ家事とかやってもらってて申し訳ないです」
「そうなの? 家では全然なのにねえ……」
「母さん!」
瑞月が桃子の話を止めるように声を上げる。そしてまた桃子が笑う。親子だから当たり前なのだが、桃子と話している瑞月は普段より子供っぽく見えた。それがなんだか新鮮で、朝陽は瑞月が出したお茶を飲みながら二人のやりとりを黙って見ていた。
「しっかりやってるようで母さん安心したわ」
桃子に頭を撫でられて瑞月は照れ臭そうにしている。大学生なんだからやめてよ、と言いながら満更でもなさそうだ。
「さて、じゃあもう行こうかしら」
「え、もう?」
席を立ちリビングを出ようとする桃子に瑞月は目を丸くして言う。
「慣れない場所だから早めに行動したいのよ。 じゃあね。 朝陽君、瑞月のことよろしく」
「え? ああ、はい」
「今度はうちに遊びに来てちょうだいね!」
去り際にそう言って桃子はさくっと朝陽の家を出た。
瑞月をよろしく、とは山崎家に下宿をしてるから、そういう意味なのだろう。それとも桃子は自分達のことを知っていて、それも含めてのよろしくなのだろうか。桃子の言葉の受け取り方を考えていると、瑞月が謝ってきた。
「ごめんね朝陽。 急に母さん来てびっくりしたでしょ?」
「ああ、いや別にいいんだけど……」
「いつもあんな感じなんだ。 思い立ったら即行動っていうか、元気な人なんだよね」
瑞月が湯呑みを片付けながら苦笑する。その言い方が柔らかくて二人の良好な関係が伺えた。
そして少し朝陽の内にもや、と仄黒いものが湧いた。西野の時も感じたこれはおそらく瑞月に対する独占欲だと朝陽は思っている。幼馴染でも家族でも朝陽の知らない瑞月を見てしまうともやもやとしたものが心に溜まってしまう。
(それってどうなんだ……)
自らの思考の危うさに引きながら、朝陽はシンクで湯呑みを洗う瑞月に後からそっと抱きついた。首元に額を擦り付けるとくすぐったがる。
「ふふ、どうしたの?」
「……なんでもない。 ただこうしたいだけ」
「そっか」
すぐそこにある瑞月ははにかんで朝陽の好きなようにさせてくれる。この表情は朝陽だけのものだ。
瑞月をもの扱いしたいわけじゃない。しかし朝陽にしか見せない瑞月をもっと見たいと思ってしまった。
唇を瑞月の白い首筋や薄い耳たぶに這わせる。
「ひゃっ……」
瑞月は驚いたような高い声を上げて肩をすくませる。肩越しに朝陽を見つめてくる。
「なに?」
「……瑞月の顔が見たい」
なんと言えばいいか分からずにそんな言葉が出た。我ながら意味の分からないことを言ってしまったと内心で頭を抱えていると、瑞月が体ごと朝陽へ向き直った。
「なにそれ。 俺の顔なんて見飽きない?」
「見飽きない」
朝陽が言い切ると瑞月の頬がぱっと朱が散ったように色づいた。片頬に手を添えて目元を親指で撫でる。照れて逸らしてしまった瑞月を上に向かせてじっと見つめる。
「朝陽……んっ」
薄い唇に名前を呼ばれ、引き寄せられるようにキスを交わす。キスをしながら肉付きの薄い腰に手を回し、服に手をかけようとするとその手を掴まれた。
「待って……ご飯、食べてからにしよう?」
「……分かった」
瑞月が作った夕飯を食べ、朝陽が食器を片付ける。ソファに座っている瑞月に声をかけとクッションから顔を上げた。
「片付け、ありがとね」
「うん」
瑞月は口調こそいつも通りだが、熱っぽい瞳を朝陽に向けている。瑞月の緊張と期待が伝わってきて朝陽の鼓動も早まった。そういえば、ここ最近は朝陽が勉強に追いやられていたからキスだけで体を重ねることはなかった。
「部屋、行こう」
瑞月の手を引いて自分の部屋へと連れて行く。ベッドに座らせてサイドチェストからコンドームとローションを取り出す。それを見ていた瑞月が唾を飲み込んだ。
朝陽もベッドに腰を下ろして、お互いに服を脱ぐ。朝陽が下着まで脱いだところで同じく一糸纏わぬ姿となった瑞月が、朝陽の太ももに手を置いてキスをしてきた。
「んん、んぅ……」
誘うように唇を開いて、瑞月は朝陽の舌を受け入れた。瑞月の舌は朝陽のそれの感触を楽しむようにぬるぬると絡みついてくる。表面同士が擦れると淡い快感が背中を走った。
「んっ……ふ、ぅ……」
それは瑞月も同じでピクピクと肩が震えている。朝陽はその肩を抱いてゆっくりと瑞月をベッドに押し倒した。そのままキスを堪能した後、瑞月の膝を広げさせる。ローションを手に取って自分の手のひらで少し温めて瑞月の秘所に塗り込んだ。入り口を揉みほぐして中指を入れ込む。
「ぅあ……っ」
「脚、閉じないで」
反射的に足を閉じようとした瑞月の膝を開いている手で掴み、強引に開かせる。瑞月はうう、と恥ずかしそうな呻き声を上げた。気にせずに朝陽は指を動かす。腹側にあるポイントを指を小刻みに動かして刺激する。
「んあっ……あ、ン……」
ローションをまた垂らして、朝陽は指を増やして転がすように揺らしてやる。瑞月は眉を寄せて与えられる快感を受け止めた。
「は、ぁ! や、あぁ……」
瑞月の勃ち上がったそこは透明な液体をトロトロと溢れさせている。そして膝がガクガクと震え始めた。
「あ、さひ……も、イきそう……」
「いい、イッて」
「あ、やだ……」
瑞月は上体を起こして、朝陽の手を止める。そしてその手を怒張した朝陽の中心に滑らせた。
「コレがいい、ね、朝陽……」
瞬間、ぞくりと背筋が震えた。瑞月の悩ましげな目の奥に更なる快楽を求める貪欲さが垣間見えた。
朝陽はコンドームを装着した自身を、指が引き抜かれて物欲しそうにひくつかせているそこにあてがい、一思いに貫いた。
「あっ、ああぁあ!」
瑞月は朝陽が最奥を貫くと体を大きく震わせた。瑞月は悲鳴に近い自身の声を聞いて咄嗟に口に手を当てて押さえた。
「父さんいないから大丈夫」
瑞月の手を退けて囁く。普段は父親がいるから声を我慢させていた。
「声、聞かせて」
朝陽に掴まれた手を不安げに見て、瑞月は控えめにうんと頷いた。
瑞月の腕を自分の首に回させて、朝陽は瑞月の腰を抱えて抽送を始めた。
「あっ、ぁあ!」
瑞月は甘い声を上げて朝陽にしがみつく。奥の方を先で擦り付けるとナカも朝陽を締め付けてくる。朝陽を求めてくれているようで言葉にできない愛しさが溢れた。
瑞月の白い首筋に唇を寄せて、じゅっ強く吸う。一瞬の痛みで瑞月の体がぴくんと跳ねた。
「いっ……」
朝陽は赤く色づいた一点を満足げに見ながら腰を動かした。ゆるゆると内壁を擦り上げると瑞月はもどかしそうに腰を揺らした。焦らすような動きをする朝陽を瑞月は切なげに見つめてくる。
「なに?」
意地悪く聞く朝陽に瑞月は眉を寄せて一瞬朝陽を責めるような顔をした。そして羞恥で顔を朝陽から逸らして囁いた。
「もっと強くして……足りない、から……」
ああ、と朝陽も掠れ声で答えた。瑞月の膝が腹につきそうなほどに折り曲げ、上からずっと押し付ける。
「ぁあっ!」
そのまま衝動に任せて腰を上下させると瑞月は高い声を上げて首をのけ反らせた。最奥を乱雑に突くと声に喜びの色が乗るようになった。
「あっ、ああぁ……ッ」
蕩けた表情を浮かべて、嬌声の合間に気持ちいい、好き、と伝えてくる。朝陽もそれに好き、俺もと答える。
次第に瑞月の体に力が入っていく。朝陽が少し苦しいと思うくらいに抱き締められた。
「あっ、だ、め……イッ、あ、ああぁあッ!」
朝陽が一際強く打ちつけた瞬間、瑞月は体を引き攣らせて絶頂へ登り詰めた。朝陽も後を追うように精を吐き出した。
二人は軽く体を拭いてからベッドに倒れ込んだ。心臓がまだバクバクとしている。瑞月は朝陽がつけた跡に触れて言う。
「また見えるとこに付けて」
「……そこが一番付けやすい」
半分本当で半分嘘だった。朝陽がいつでも見ることができる位置に跡を残したい。瑞月は困ったような、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「全くもう……心配しなくても俺は朝陽のだよ」
「……ッ!」
瑞月の言葉に朝陽は思わず体を起こした。横になっている瑞月はふふ、と笑って続けた。
「俺が他の人と話してるとちょっと拗ねた感じになるんだもん」
よいしょ、と上体を起こした瑞月は朝陽の頭を優しく撫でた。
「俺がこんな風にするのは朝陽だけ、ね?」
「……うん」
「よしよし。 じゃあシャワー浴びて寝よっか」
あくび混じりにそういうと瑞月はよたよたと部屋を出た。朝陽は危ないと慌ててベッドから降りて瑞月の後を追った。
「特に心配はしていないが、何かあったら連絡をよこしなさい」
そう言ってスーツケースを持った父親を見送ったのが週の始まりで、寂しさを感じるものの何事もなく週末を迎えようとしていた。
金曜の夜、朝陽が勉強していると温かいお茶を持って瑞月が入ってきた。
「一息つかない?」
一度ペンを置いて瑞月が淹れてくれたお茶を口にする。玄米茶だ。香ばしい香りがふわりと広がって、苦みの中にあるほんのりとした甘さが朝陽の張り詰めた神経をほぐしてくれる。
瑞月もお茶を啜ってほうと息をついている。瑞月は壁に掛けられたカレンダーを見て驚いたような声を上げる。
「明日も模試なんだ」
共通テストまで二ヶ月を切っている。朝陽は毎週模試だ補習だと休みなく学校へ行っていた。
「はあー、受験生は大変だあ」
瑞月も二年前はそんな生活をしていたと思うのだが。思った疑問を口にしてみる。
「瑞月もこの時期はそうだったろ?」
「まあね。 やだったなあ、休みないの。 思い出したくなーい」
唇を尖らせてボヤく瑞月がなんだかおかしい。薄く笑い、空になった湯呑みを瑞月に渡す。
立ち上がった瑞月はカレンダーを捲って何かを確かめている。その後朝陽に向き直り、口を開けたり閉じたりしている。何か言いたいことがあるのなら言えばいいのに。
「なんだ?」
「ううん、なんでもない。 明日模試なら早く寝た方がいいよ? おやすみなさい」
「……おやすみ」
なんでもないことはないだろうと思ったが瑞月が退室してしまったから追及することはできなかった。
ぐうと伸びをして朝陽も勉強に戻る。半端になっていたテキストを解いて、次の教科に手をつけようとしたがやめた。瑞月の言う通り、早く寝たほうがいいだろう。机の周りを片付けて朝陽はベッドに入った。
模試を終えて家路に着く。帰り道が途中までは洋介と茉莉も一緒だ。洋介はそこまで振るわなかったらしい。先程から溜め息を連発していて、茉莉がそれを嗜める。
「洋介、いい加減鬱陶しい」
「……落ち込んでんだから慰めてくれてもいいだろう?」
「遊んでたんだから自業自得」
洋介はぐう、と唸って黙り込んでしまう。夏休みからめでたく交際を始めた洋介と茉莉はたびたび一緒に勉強していたらしい。だが洋介がすぐに飽きてしまい茉莉にちょっかいをかけては睨まれて……を繰り返していたそうだ。茉莉から話を聞いて朝陽も呆れてしまう。
「流石に危機感なさすぎだろ……大丈夫なのか?」
「……まあ、どうにかするよ」
茉莉と沈んだ洋介と曲がり角で別れる。朝陽は今回の模試も手応えがあり、解放感があった。今日くらいは気を緩めてもいいだろう。
(……なんだ?)
家の前でぐるぐると歩き回っている女性がいた。なんだろうと思いながら彼女を横切ると声を掛けられた。
「すみません、ちょっといい?」
女性は40代半ばくらいで色白、黒々とした髪を肩のあたりで切り揃えている。目は二重でぱっちりとしている。
朝陽は奇妙な既視感に襲われた。綺麗な女性だがどこかで見たことがあるような気がする。思い出そうとしていると女性が地図アプリを出した携帯を見せてきた。
「このお宅に行きたいんだけれど、どこか分かる?」
「えっと……」
地図アプリでピンが示しているのは朝陽の家だった。
「母さん!? なんでいるの?」
「あんたに会いにきたのよ、バカ息子。 全く、お盆も顔出さないで」
朝陽が既視感を覚えるのも当たり前の話で、女性は平野桃子と言って瑞月の母親だった。二人並ぶと顔の造り、特に目元が良く似ている。
桃子の突然の来訪にお帰りなさい、といつものように朝陽を玄関まで迎えに出た瑞月は聞いたことのない素っ頓狂な声を上げて驚いた。桃子は流して朝陽に持っていた紙袋を渡す。
「これお土産のお菓子ね。 朝陽君、大きくなったわねえ……おばさんのこと覚えてる?」
「えっと、すみません……」
瑞月の家族とは幼い頃に一度会っているらしいのだが、記憶になかった。素直に謝ると桃子はけらけらと笑った。
「いいのいいの、まだ小さかったしね」
「母さん、来るなら連絡してよもう」
そんな桃子に瑞月がお茶を出しながら不満を漏らす。
「そう怒らないの」
桃子はこちらで友人と会う約束があるらしく、そのついでに瑞月の様子を見るために立ち寄ったらしい。
「朝陽君、瑞月はちゃんとしてる? 何か迷惑かけてない?」
「いえ、むしろ家事とかやってもらってて申し訳ないです」
「そうなの? 家では全然なのにねえ……」
「母さん!」
瑞月が桃子の話を止めるように声を上げる。そしてまた桃子が笑う。親子だから当たり前なのだが、桃子と話している瑞月は普段より子供っぽく見えた。それがなんだか新鮮で、朝陽は瑞月が出したお茶を飲みながら二人のやりとりを黙って見ていた。
「しっかりやってるようで母さん安心したわ」
桃子に頭を撫でられて瑞月は照れ臭そうにしている。大学生なんだからやめてよ、と言いながら満更でもなさそうだ。
「さて、じゃあもう行こうかしら」
「え、もう?」
席を立ちリビングを出ようとする桃子に瑞月は目を丸くして言う。
「慣れない場所だから早めに行動したいのよ。 じゃあね。 朝陽君、瑞月のことよろしく」
「え? ああ、はい」
「今度はうちに遊びに来てちょうだいね!」
去り際にそう言って桃子はさくっと朝陽の家を出た。
瑞月をよろしく、とは山崎家に下宿をしてるから、そういう意味なのだろう。それとも桃子は自分達のことを知っていて、それも含めてのよろしくなのだろうか。桃子の言葉の受け取り方を考えていると、瑞月が謝ってきた。
「ごめんね朝陽。 急に母さん来てびっくりしたでしょ?」
「ああ、いや別にいいんだけど……」
「いつもあんな感じなんだ。 思い立ったら即行動っていうか、元気な人なんだよね」
瑞月が湯呑みを片付けながら苦笑する。その言い方が柔らかくて二人の良好な関係が伺えた。
そして少し朝陽の内にもや、と仄黒いものが湧いた。西野の時も感じたこれはおそらく瑞月に対する独占欲だと朝陽は思っている。幼馴染でも家族でも朝陽の知らない瑞月を見てしまうともやもやとしたものが心に溜まってしまう。
(それってどうなんだ……)
自らの思考の危うさに引きながら、朝陽はシンクで湯呑みを洗う瑞月に後からそっと抱きついた。首元に額を擦り付けるとくすぐったがる。
「ふふ、どうしたの?」
「……なんでもない。 ただこうしたいだけ」
「そっか」
すぐそこにある瑞月ははにかんで朝陽の好きなようにさせてくれる。この表情は朝陽だけのものだ。
瑞月をもの扱いしたいわけじゃない。しかし朝陽にしか見せない瑞月をもっと見たいと思ってしまった。
唇を瑞月の白い首筋や薄い耳たぶに這わせる。
「ひゃっ……」
瑞月は驚いたような高い声を上げて肩をすくませる。肩越しに朝陽を見つめてくる。
「なに?」
「……瑞月の顔が見たい」
なんと言えばいいか分からずにそんな言葉が出た。我ながら意味の分からないことを言ってしまったと内心で頭を抱えていると、瑞月が体ごと朝陽へ向き直った。
「なにそれ。 俺の顔なんて見飽きない?」
「見飽きない」
朝陽が言い切ると瑞月の頬がぱっと朱が散ったように色づいた。片頬に手を添えて目元を親指で撫でる。照れて逸らしてしまった瑞月を上に向かせてじっと見つめる。
「朝陽……んっ」
薄い唇に名前を呼ばれ、引き寄せられるようにキスを交わす。キスをしながら肉付きの薄い腰に手を回し、服に手をかけようとするとその手を掴まれた。
「待って……ご飯、食べてからにしよう?」
「……分かった」
瑞月が作った夕飯を食べ、朝陽が食器を片付ける。ソファに座っている瑞月に声をかけとクッションから顔を上げた。
「片付け、ありがとね」
「うん」
瑞月は口調こそいつも通りだが、熱っぽい瞳を朝陽に向けている。瑞月の緊張と期待が伝わってきて朝陽の鼓動も早まった。そういえば、ここ最近は朝陽が勉強に追いやられていたからキスだけで体を重ねることはなかった。
「部屋、行こう」
瑞月の手を引いて自分の部屋へと連れて行く。ベッドに座らせてサイドチェストからコンドームとローションを取り出す。それを見ていた瑞月が唾を飲み込んだ。
朝陽もベッドに腰を下ろして、お互いに服を脱ぐ。朝陽が下着まで脱いだところで同じく一糸纏わぬ姿となった瑞月が、朝陽の太ももに手を置いてキスをしてきた。
「んん、んぅ……」
誘うように唇を開いて、瑞月は朝陽の舌を受け入れた。瑞月の舌は朝陽のそれの感触を楽しむようにぬるぬると絡みついてくる。表面同士が擦れると淡い快感が背中を走った。
「んっ……ふ、ぅ……」
それは瑞月も同じでピクピクと肩が震えている。朝陽はその肩を抱いてゆっくりと瑞月をベッドに押し倒した。そのままキスを堪能した後、瑞月の膝を広げさせる。ローションを手に取って自分の手のひらで少し温めて瑞月の秘所に塗り込んだ。入り口を揉みほぐして中指を入れ込む。
「ぅあ……っ」
「脚、閉じないで」
反射的に足を閉じようとした瑞月の膝を開いている手で掴み、強引に開かせる。瑞月はうう、と恥ずかしそうな呻き声を上げた。気にせずに朝陽は指を動かす。腹側にあるポイントを指を小刻みに動かして刺激する。
「んあっ……あ、ン……」
ローションをまた垂らして、朝陽は指を増やして転がすように揺らしてやる。瑞月は眉を寄せて与えられる快感を受け止めた。
「は、ぁ! や、あぁ……」
瑞月の勃ち上がったそこは透明な液体をトロトロと溢れさせている。そして膝がガクガクと震え始めた。
「あ、さひ……も、イきそう……」
「いい、イッて」
「あ、やだ……」
瑞月は上体を起こして、朝陽の手を止める。そしてその手を怒張した朝陽の中心に滑らせた。
「コレがいい、ね、朝陽……」
瞬間、ぞくりと背筋が震えた。瑞月の悩ましげな目の奥に更なる快楽を求める貪欲さが垣間見えた。
朝陽はコンドームを装着した自身を、指が引き抜かれて物欲しそうにひくつかせているそこにあてがい、一思いに貫いた。
「あっ、ああぁあ!」
瑞月は朝陽が最奥を貫くと体を大きく震わせた。瑞月は悲鳴に近い自身の声を聞いて咄嗟に口に手を当てて押さえた。
「父さんいないから大丈夫」
瑞月の手を退けて囁く。普段は父親がいるから声を我慢させていた。
「声、聞かせて」
朝陽に掴まれた手を不安げに見て、瑞月は控えめにうんと頷いた。
瑞月の腕を自分の首に回させて、朝陽は瑞月の腰を抱えて抽送を始めた。
「あっ、ぁあ!」
瑞月は甘い声を上げて朝陽にしがみつく。奥の方を先で擦り付けるとナカも朝陽を締め付けてくる。朝陽を求めてくれているようで言葉にできない愛しさが溢れた。
瑞月の白い首筋に唇を寄せて、じゅっ強く吸う。一瞬の痛みで瑞月の体がぴくんと跳ねた。
「いっ……」
朝陽は赤く色づいた一点を満足げに見ながら腰を動かした。ゆるゆると内壁を擦り上げると瑞月はもどかしそうに腰を揺らした。焦らすような動きをする朝陽を瑞月は切なげに見つめてくる。
「なに?」
意地悪く聞く朝陽に瑞月は眉を寄せて一瞬朝陽を責めるような顔をした。そして羞恥で顔を朝陽から逸らして囁いた。
「もっと強くして……足りない、から……」
ああ、と朝陽も掠れ声で答えた。瑞月の膝が腹につきそうなほどに折り曲げ、上からずっと押し付ける。
「ぁあっ!」
そのまま衝動に任せて腰を上下させると瑞月は高い声を上げて首をのけ反らせた。最奥を乱雑に突くと声に喜びの色が乗るようになった。
「あっ、ああぁ……ッ」
蕩けた表情を浮かべて、嬌声の合間に気持ちいい、好き、と伝えてくる。朝陽もそれに好き、俺もと答える。
次第に瑞月の体に力が入っていく。朝陽が少し苦しいと思うくらいに抱き締められた。
「あっ、だ、め……イッ、あ、ああぁあッ!」
朝陽が一際強く打ちつけた瞬間、瑞月は体を引き攣らせて絶頂へ登り詰めた。朝陽も後を追うように精を吐き出した。
二人は軽く体を拭いてからベッドに倒れ込んだ。心臓がまだバクバクとしている。瑞月は朝陽がつけた跡に触れて言う。
「また見えるとこに付けて」
「……そこが一番付けやすい」
半分本当で半分嘘だった。朝陽がいつでも見ることができる位置に跡を残したい。瑞月は困ったような、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「全くもう……心配しなくても俺は朝陽のだよ」
「……ッ!」
瑞月の言葉に朝陽は思わず体を起こした。横になっている瑞月はふふ、と笑って続けた。
「俺が他の人と話してるとちょっと拗ねた感じになるんだもん」
よいしょ、と上体を起こした瑞月は朝陽の頭を優しく撫でた。
「俺がこんな風にするのは朝陽だけ、ね?」
「……うん」
「よしよし。 じゃあシャワー浴びて寝よっか」
あくび混じりにそういうと瑞月はよたよたと部屋を出た。朝陽は危ないと慌ててベッドから降りて瑞月の後を追った。
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【備考(補足)】9ペーじまで拝読
【見どころ】
ドラマチックな物語である。タイトルと物語がどう繋がっていくのか? 伏線を散りばめられはているが、主人公はその事になかなか気づかない為、読み手の方がうずうず(じれじれ)してしまう。
くっついて終わりという物語ではないので、主人公が段々と自分の気持ちを自覚していく様子も楽しめるし、お付き合いした後の展開も楽しむことができる。特に、同性間でも異性間でも悩みというのは変わらないと感じている。この物語でとても良いなと感じたのは、友人のッ主人公に対する姿勢。偏見描写もなく、応援したり相談に乗る姿が好印象。友達とはこういうものなんだなと、ほっこりした気持ちにもなれる。また、主人公と相手が惹かれ合っているのが伝わって来る。とても素敵な物語だなと感じた。
あなたもお手に取られてみてはいかがっでしょうか? お奨めです。
【簡単なあらすじ】
ジャンル:BL
高校3年の主人公がある日帰宅すると、父がある青年を同居人として連れてきた。彼は大学に通うため下宿するとの事。彼は美しい青年であり、はじめの頃は自分に対しての彼の接し方を不快に感じていたが、段々と別な感情が芽生えていくのだった。果たして彼の気持ちの正体とは?
【物語の始まりは】
父が家にある青年を連れて来たことから始まっていく。彼は主人公より年上であり、大学に通うためにうちに下宿することとなったらしい。彼は美しい青年であり、主人公は彼に対し心がざわついてしまう。彼に対しての主人公の気持ちの正体は一体なんだろうか? 分からないまま新しい生活が幕を開けるのだった。
【舞台や世界観、方向性】
舞台は現代である。友人が同性同士の恋愛に偏見を持っていないように感じる。(個人的にはとても良い印象)タイトルと物語が繋がった時、物語は新たな展開を迎える。
【主人公と登場人物について】
主人公は高校三年生の男の子。我が家に父がある大学生を連れて来たことから、主人公の生活は変わっていく。
どちらかというと、相手は打ち解けており主人公が戸惑っているようだ。
主人公の言動から彼が真面目な人物であることが伝わって来る。
彼の友人の想いを寄せる相手は異性ではあるが、主人公と同居人の関係に対し気持ちを探る様な言葉をかけていることから、少なくとも友人は同性だからという偏見を持っていない印象。
【物語について】
主人公は幼い時に恋をした記憶はあるものの、現在は恋人はいない。父の連れてきた同居人に特別な想いを抱きながらも、その気持ちの正体がわからなかった。彼にはいつも一緒に行動する二人の友人がいる。その一人がもう一人の友人のことを好きだということを打ち明けられる。うすうすその事に気づいていたこともあり、二人を応援する気持ちは本物だが複雑な心境になる。二人のことから自分自身も”恋”について考えるようになる。
主人公は日常で起こるいろんなハプニングにより、段々と自分の気持ちに疑念を抱いて行く。それはいずれ自覚に繋がっていくのではないだろうか?
果たして、二人に訪れる結末とは?
続く