15 / 16
発熱
しおりを挟む
朝陽が目を覚ますと揺れる天井が目に入った。
(……地震か?)
すぐに携帯を見たが地震は起こっていないらしい。どうやら寝ぼけていたらしい。昨日遅くまで勉強していたせいか体も重い。とりあえず制服に着替えて一階へ降りるが妙に膝が痛い。体育の授業は一昨日だったからその筋肉痛が今来たのだろうか。
「おはよう朝陽……」
朝食を作っていた瑞月が朝陽の姿を見て眉を顰めた。何かおかしいところがあっただろうか。見ればワイシャツのボタンをかけ間違えている。これは恥ずかしいとすぐにその場で直し始めた。
すると瑞月はずいっと近づいてきて、朝陽は瑞月がボタンをかけてくれるのかと一瞬期待した。しかし瑞月の手は朝陽のおでこに伸びた。ついで首筋に触れる。少し冷たい手が心地よい。
「朝陽、熱あるでしょ」
「……え?」
瑞月が体温を計ってみてと言うから薬箱に入れてある体温計を出して計ると38度台が叩き出された。それを見て瑞月が声を上げる。
「うわ、思ったよりガッツリ上がってるね」
(そうか、熱かこれ……)
熱を上げるのは小学校以来だ。自覚した途端ズキズキと頭が痛み、体もドッと重くなる。ソファにぐったりと座っていると起きてきた父親が心配そうに声をかけてきた。
「朝陽、大丈夫か」
「……頭痛い」
そう答えると喉がひりつくことに気がついた。咳き込む朝陽の背中をさすって父親が言う。
「一人で病院行けそうか? 父さん連れて行こうか?」
「……大丈夫、一人で行ける」
そう答えると父親は不安げな顔になる。しかし大丈夫と朝陽が言う手前なにも言えないようだった。父親と同じ表情をした瑞月が口を開いた。
「俺、付き添おうか?」
「移したら悪いし、いい」
結局、朝陽は重い体を引きずって一人で近所の病院へ行った。9月も中旬を過ぎて寒暖差で風邪を引いたらしい。加えて勉強のため睡眠不足になっていたことも一因らしい。無理はいけないと医師から注意されてしまった。
併設された薬局で薬を受け取り帰宅する。
「おかえり、どうだった?」
瑞月が心配そうに訊いてくる。
「ただの風邪。 薬飲んで寝るよ」
帰ったら飲むように言われた薬を飲み、部屋に戻ろうとするとちょっと待って、と呼び止められた。
「おでこ出して」
言われた通りに前髪をあげるとひんやりとして柔らかい感触が触れる。
「冷感シート、朝陽が病院行ってる間に買ってきたんだ」
「ありがとう」
「じゃあゆっくりお休み」
制服から部屋着になってベッドに入ると、薬の作用かうとうととしてきて朝陽は眠りについた。
「……さひ、朝陽……」
控えめに名前を呼ぶ声で目が覚めた。目を開くと瑞月が申し訳なさそうな顔をして覗き込んでいた。
「寝てるとこごめんね、もうお昼なんだけど食欲ある?」
そう言われて時計を見ると12時を回っていた。
「あ、る……」
寝ている間に喉が乾燥してしまったのだろう、短い返答ですら喉が痛くて掠れてしまう。
「そっか。 じゃあおかゆ持ってくるね」
瑞月は一度朝陽の部屋を出て、お盆に小さい鍋とスプーンと水を乗せて戻ってきた。卵がゆの優しいだしの匂いが鼻腔をくすぐる。
「ほら朝陽、あーん」
瑞月はスプーンに掬ってフーフーと息を吹きかけて冷まして朝陽の口元に運んだ。あまりにも自然にそうやられたから、熱で思考が鈍っている朝陽は自分で食べられるのにと思うこともなくおかゆを口に入れた。柔らかくほっとする味だ。
「……うまい」
「よかった」
そしてまた瑞月は一口、もう一口と朝陽の口へおかゆを運び、途中気持ち悪くはないかと気遣いながら全て食べさせたのだった。
朝陽が薬を飲むのを見届けた瑞月が去ろうとする。瑞月がそばにいることにいつも以上に心を温めていた朝陽は服の裾を掴んで引き留めた。それは無意識の行動で朝陽自身驚いたが、開き直って瑞月にそばにいてほしいと頼むことにした。
「……嫌じゃなかったら俺が寝るまでいてほしい」
服を引っ張られてきょとんとしていた瑞月は、目を細めて快諾した。
「いいよ。 なんなら手も繋いでようか?」
「うん」
朝陽の短い答えに笑い、裾を掴んだ朝陽の手に自分の手を握らせてベッドの下に座った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
瑞月の手はやっぱり少しひんやりしていて握っていて気持ち良い。視線を横に向けると早く寝な、と瑞月が囁く。
「……キス、したい」
「ええ?」
この時、朝陽はもう眠くなっていてどうしてそんなことを言ったのか自分でも分からなかった。ただなぜだか無性に心細く、手を握る以外にも瑞月の存在を感じたいと思った。
眉を八の字にした瑞月は少し迷った後、朝陽の頬に軽くキスをした。
「今はこれだけ。 治ったらいっぱいしよう」
朝陽の手の中にある瑞月の手のひらが急に温かくなる。照れているらしい。
「ん……す、る……」
途切れ途切れに答えて朝陽は意識を暗闇に沈めた。うっすらとおやすみなさい、早く治してね、と優しい声が聞こえた。
翌朝、瑞月が体温計を持って朝陽の部屋に来た。体温計はすっかり平熱を示していた。
「うん、下がった。 学校はどうする?」
「行く」
授業が受験に向けた対策に切り替わっているから、休まずに行きたい。間髪を容れず答えた朝陽に瑞月は苦笑しつつも目を半分にして言う。
「そう言うと思ったけど……それで体調崩したんだからね、分かってる?」
「う、うん……」
「無理は禁物。 いいね」
強く言う瑞月に気圧されて朝陽は分かったとしか言えなかった。まだじろっと見てくる瑞月に朝陽は付け加える。
「……無理はしない、適度に休むよ」
そう言うとようやく瑞月は納得したように頷いた。
「ならよし。 ああ、そうだ」
瑞月の顔が近づいてきて唇が軽く重なった。
「まだ熱が引いただけだから……。 じゃあご飯作るから着替えたらおいで」
そう言って瑞月は朝陽の部屋を後にした。
瑞月の言っていることが分からなかったが、熱にうかされた自分の言葉を思い出して羞恥で顔が熱くなった。
また熱が上がってしまいそうだと、唇に触れながら俯いた。
(……地震か?)
すぐに携帯を見たが地震は起こっていないらしい。どうやら寝ぼけていたらしい。昨日遅くまで勉強していたせいか体も重い。とりあえず制服に着替えて一階へ降りるが妙に膝が痛い。体育の授業は一昨日だったからその筋肉痛が今来たのだろうか。
「おはよう朝陽……」
朝食を作っていた瑞月が朝陽の姿を見て眉を顰めた。何かおかしいところがあっただろうか。見ればワイシャツのボタンをかけ間違えている。これは恥ずかしいとすぐにその場で直し始めた。
すると瑞月はずいっと近づいてきて、朝陽は瑞月がボタンをかけてくれるのかと一瞬期待した。しかし瑞月の手は朝陽のおでこに伸びた。ついで首筋に触れる。少し冷たい手が心地よい。
「朝陽、熱あるでしょ」
「……え?」
瑞月が体温を計ってみてと言うから薬箱に入れてある体温計を出して計ると38度台が叩き出された。それを見て瑞月が声を上げる。
「うわ、思ったよりガッツリ上がってるね」
(そうか、熱かこれ……)
熱を上げるのは小学校以来だ。自覚した途端ズキズキと頭が痛み、体もドッと重くなる。ソファにぐったりと座っていると起きてきた父親が心配そうに声をかけてきた。
「朝陽、大丈夫か」
「……頭痛い」
そう答えると喉がひりつくことに気がついた。咳き込む朝陽の背中をさすって父親が言う。
「一人で病院行けそうか? 父さん連れて行こうか?」
「……大丈夫、一人で行ける」
そう答えると父親は不安げな顔になる。しかし大丈夫と朝陽が言う手前なにも言えないようだった。父親と同じ表情をした瑞月が口を開いた。
「俺、付き添おうか?」
「移したら悪いし、いい」
結局、朝陽は重い体を引きずって一人で近所の病院へ行った。9月も中旬を過ぎて寒暖差で風邪を引いたらしい。加えて勉強のため睡眠不足になっていたことも一因らしい。無理はいけないと医師から注意されてしまった。
併設された薬局で薬を受け取り帰宅する。
「おかえり、どうだった?」
瑞月が心配そうに訊いてくる。
「ただの風邪。 薬飲んで寝るよ」
帰ったら飲むように言われた薬を飲み、部屋に戻ろうとするとちょっと待って、と呼び止められた。
「おでこ出して」
言われた通りに前髪をあげるとひんやりとして柔らかい感触が触れる。
「冷感シート、朝陽が病院行ってる間に買ってきたんだ」
「ありがとう」
「じゃあゆっくりお休み」
制服から部屋着になってベッドに入ると、薬の作用かうとうととしてきて朝陽は眠りについた。
「……さひ、朝陽……」
控えめに名前を呼ぶ声で目が覚めた。目を開くと瑞月が申し訳なさそうな顔をして覗き込んでいた。
「寝てるとこごめんね、もうお昼なんだけど食欲ある?」
そう言われて時計を見ると12時を回っていた。
「あ、る……」
寝ている間に喉が乾燥してしまったのだろう、短い返答ですら喉が痛くて掠れてしまう。
「そっか。 じゃあおかゆ持ってくるね」
瑞月は一度朝陽の部屋を出て、お盆に小さい鍋とスプーンと水を乗せて戻ってきた。卵がゆの優しいだしの匂いが鼻腔をくすぐる。
「ほら朝陽、あーん」
瑞月はスプーンに掬ってフーフーと息を吹きかけて冷まして朝陽の口元に運んだ。あまりにも自然にそうやられたから、熱で思考が鈍っている朝陽は自分で食べられるのにと思うこともなくおかゆを口に入れた。柔らかくほっとする味だ。
「……うまい」
「よかった」
そしてまた瑞月は一口、もう一口と朝陽の口へおかゆを運び、途中気持ち悪くはないかと気遣いながら全て食べさせたのだった。
朝陽が薬を飲むのを見届けた瑞月が去ろうとする。瑞月がそばにいることにいつも以上に心を温めていた朝陽は服の裾を掴んで引き留めた。それは無意識の行動で朝陽自身驚いたが、開き直って瑞月にそばにいてほしいと頼むことにした。
「……嫌じゃなかったら俺が寝るまでいてほしい」
服を引っ張られてきょとんとしていた瑞月は、目を細めて快諾した。
「いいよ。 なんなら手も繋いでようか?」
「うん」
朝陽の短い答えに笑い、裾を掴んだ朝陽の手に自分の手を握らせてベッドの下に座った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
瑞月の手はやっぱり少しひんやりしていて握っていて気持ち良い。視線を横に向けると早く寝な、と瑞月が囁く。
「……キス、したい」
「ええ?」
この時、朝陽はもう眠くなっていてどうしてそんなことを言ったのか自分でも分からなかった。ただなぜだか無性に心細く、手を握る以外にも瑞月の存在を感じたいと思った。
眉を八の字にした瑞月は少し迷った後、朝陽の頬に軽くキスをした。
「今はこれだけ。 治ったらいっぱいしよう」
朝陽の手の中にある瑞月の手のひらが急に温かくなる。照れているらしい。
「ん……す、る……」
途切れ途切れに答えて朝陽は意識を暗闇に沈めた。うっすらとおやすみなさい、早く治してね、と優しい声が聞こえた。
翌朝、瑞月が体温計を持って朝陽の部屋に来た。体温計はすっかり平熱を示していた。
「うん、下がった。 学校はどうする?」
「行く」
授業が受験に向けた対策に切り替わっているから、休まずに行きたい。間髪を容れず答えた朝陽に瑞月は苦笑しつつも目を半分にして言う。
「そう言うと思ったけど……それで体調崩したんだからね、分かってる?」
「う、うん……」
「無理は禁物。 いいね」
強く言う瑞月に気圧されて朝陽は分かったとしか言えなかった。まだじろっと見てくる瑞月に朝陽は付け加える。
「……無理はしない、適度に休むよ」
そう言うとようやく瑞月は納得したように頷いた。
「ならよし。 ああ、そうだ」
瑞月の顔が近づいてきて唇が軽く重なった。
「まだ熱が引いただけだから……。 じゃあご飯作るから着替えたらおいで」
そう言って瑞月は朝陽の部屋を後にした。
瑞月の言っていることが分からなかったが、熱にうかされた自分の言葉を思い出して羞恥で顔が熱くなった。
また熱が上がってしまいそうだと、唇に触れながら俯いた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人
こじらせた処女
BL
過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。
それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。
しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる