婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス

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16 一段落、というほどではありませんが

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いま…こうたいしって言った?


『殿下…』


『やだなあ、堅苦しくならないでよ。帝国の皇太子だからってさ』


私は唖然とした。これは記憶なの?それとも、夢?私、あの日王太子殿下と話していたのではなかったの?ああ、思い出せない。殿下のことを身近に感じられた唯一の出来事だったのに。なんで思い出せないんだろう…殿下の顔さえも、なんでこんなに不明瞭なの?


『王太子殿下』


『違うってば。それはあのすかした、いけ好かない野郎のことだろう?こうたいし、だよ。まあいっか、まだ小さいからよくわかんないよね』


ああ、思い出した。このセリフ、彼が言っていた。なんで今まで忘れていたんだろう。幼い頃の記憶で、今まで疑うこともしてこなかった。あの日、王太子殿下と呼んで私が遊んでもらっていたのは、エーリク王太子殿下じゃなかった。だとすればその後彼の態度が一変したのもうなずける。そもそも別の人だったのだから。


じゃあ、この人は誰なの?


皇太子といえば、この近くでは帝国にしか存在しない。自分でも帝国の皇太子だって言っていたし…もしかして、当時の私は帝国の皇太子殿下に遊んでもらっていた?


わからない…

―――――――――――
「あっ、お嬢様!すみません、起こしてしまいましたか?」


「ん…?」


まぶしい光に瞳孔が閉じていく。ようやく見えるようになった頃に目を開けると、そこにはサリーがいた。それを見るやいなや私は飛び起きる。


「サリー!いつ戻ってたの?」


「昨日戻っていたんですよ。お嬢様はもうお休みでしたから、ご挨拶はできませんでしたが…」


「よかった…ほんとによかった。お兄様に任せて大丈夫かしらってちょっと不安だったんだけど…無事に戻ってくれて何よりだわ」


サリーはふんと鼻を鳴らした。


「まあ、王太子殿下には何もおっしゃれなかったようですがね。お嬢様があんな目に遭われたというのに、なんて薄情な方でしょう!」


「…殿下はご自分が批判されるのを嫌がるから、言いづらかったんでしょう。グレイは大丈夫なの?」


「どうやら…殿下が暴力を振るわれたご様子で。お前を信じた私がおろかだった、二度と顔を見せるななどと散々におっしゃったようですわ。殿下はなぜそこまでお嬢様に執着なさるんでしょう。失礼ながら、…その、お嬢様が好きで仕方ないといった風には見えませんし、正直気味が悪いです」


「ええ、サリーの言う通りね。もしかしたら、殿下にも事情があるのかもしれないわ。よし、こうしてはいられないわね。私も殿下のことを調べてみるわ」


「お、お嬢様?」


サリーはどこかいぶかしげに私を見つめた。心配そうな声で私を呼ぶ。


「何、サリー?」


「殿下のことはよろしいのですか?王城でお話しましたときは、まだ殿下にお心を残されているご様子でしたが…」


「…殿下が昨日うちにいらっしゃったことは知ってるでしょう。その時に言われたの。自分の目的が達成されるまで私とは婚約してほしいって。そして、その後で私の名誉回復に努めるって。それではっきり気づいたの。ああ、このひとは自分のことしか考えて無くて、私のことは道具か何かだとしか思ってないんだなって。それで、なんか…冷めちゃった」


「そうだったのですね…そんなことが…」


サリーは怒りをこらえているようだった。私は殿下の顔を思い浮かべながら、そんなサリーをなだめた。


あの後、殿下は一応は帰られたが、まだ私との結婚を諦めていないご様子だった。いったいこれからどうなってしまうのだろう。私は心の中でため息をついた。

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