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第26幕 iの意味
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大学の食堂の窓際でボンヤリと外を眺めていた。新緑がそよそよと風に静かに揺れている。
二年前……五月のちょうど今頃、この食堂から歯車が動き出した。
「うそっ! ヤバイよ‼︎」
「超イケメンじゃん♡」
「声掛けちゃう⁉︎」
「待って見てよ……あれ、二人分じゃない?」
「あー本当だ……」
内容は違えど、キャピキャピと黄色い声を上げ女子学生が悠斗の噂をしている。素知らぬ顔で俺はちゃっかり聞き耳を立てていた。
……あのときは耳を疑ったな。
それから悠斗を呼び出して……言い合いして……。
眉をハの字にさせながら、瞼を閉じると二年前の記憶が頭を過っていく。けれどあの頃と違い俺の口元は弧を描いていた。
「お待たせ。結構混んでて遅くなっちゃった」
「ううん、サンキュー」
コトンと俺の目の前に湯気を立てたうどんが置かれた。とろろと黄色いうずらの卵がトッピングされた極シンプルな月見うどん。
ここ数日せっせと悠斗に豪華な食事を作ってもらい、急に増えた食事の量に少々胃がやられてしまっていた。消化にいい温かいうどんは、今の俺には丁度いい。
「あー……染みる……」
「ふふっ、年寄りみたい。それだけで足りる?」
「うん、朝いっぱい食べたし、夜も食べるし」
「それが普通なんだけどな。夜は和食にしようと思ってたけど、ガッツリなほうがいい?」
「んー、最近胃がビックリ気味だし、あっさりした和食がいい」
「ねぇ、瀬菜……」
悠斗が悲しそうな顔をした途端、俺は手のひらを悠斗に突き出し言葉を被せた。
「悠斗、その先は言うな。俺、すぐに前みたいに食いしん坊になるから安心しろ。むしろ食べ過ぎてお前が作るの大変になるんだからな。分かったなら、お前も早く食べろ。冷めちゃうぞ!」
「うん……いただきます」
律儀に手を合わせ隣で悠斗が食事を口にしている。大学生になって、こんな風景を見られるとは思っていなかった。
俺の中では悠斗とこうして過ごす日常が、まだ現実味を帯びていないのかもしれない。
「それより悠斗、俺と同じ学部に編入するってこと、なんで言わなかったんだよ」
「瀬菜、朝早くに出ちゃったから言うタイミングなくて。本当は一緒に登校しながら話そうと思ってたんだけどね」
「それなら引き止めてくれたらいいのに。悠斗っていつも後出し……」
クスクス笑いながら、膨れる俺の頬をツンツンと突き宥める悠斗。周りから見たら友達同士には到底見えないだろう。
前までの俺なら手を払い、猫のように威嚇していたはずだ。けれど周りにどう見られようと、俺には今この時間が大切でならなかった。
「ふふっ、そう言わないで? 十王君との時間なくなっちゃうのイヤ? 隠れて浮気はダメだよ?」
「そんなことする訳ないだろ! けどさ……お前たち、絶対仲良くする気ないだろ?」
「ん? 俺は別に……瀬菜にちょっかい出さなきゃ仲良くするよ」
玉夫はああいう性格だ。スキンシップも多く前途多難というところか。同じ王子様枠でも火と油みたいなものだ。
「そうだ、瀬菜の写真サークル俺も入りたい」
「えっ⁉︎ 悠斗写真撮るの下手くそじゃん!」
俺の言葉に今度は悠斗がムッとする。口を尖らせながら「上手くなるんだもん」と子供みたいだ。
なんでも器用にこなす悠斗でも、どういう訳か写真を撮るセンスはからっきしないようだ。
「へへっ、そんな拗ねるなよ」
「だって十王君ばっか狡い。俺も瀬菜のこと沢山撮るんだもん」
「そういえばさ、俺がカメラやってるってなんで知っているんだよ……」
「瀬菜のことならなんでも知っているよ?」
「茶化すな」
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