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第24幕 甘い誘惑と苦い後悔
16
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到着した場所は俺の家から真逆の大学からそう遠くはない場所だった。
公園から十分程度歩いた場所に建つ、見るからに高級そうな高層マンション。説明もなくエントランスを抜け、エレベーターに押し込まれた。閉鎖された空間の中、沈黙が気まずく床に視線を落とす。ユウの息遣いだけがせめてもの救いだった。
ポンッ……と軽やかな音がしエレベーターが開くと、柔らかな絨毯に足を取られてしまう。悠斗の歩幅で歩いたせいか、今頃足首がズキズキと痛みだす。
「……ごめん、気付かなくて」
「えっ?」
歩幅が狭まったのか、歩きやすくなる。
「足、痛そうだから」
「あぁ……ちょっと捻挫してるんだ」
「……余裕なさ過ぎ……カッコ悪……」
「…………?」
ボソリと悠斗が呟く言葉に、なんのことだろうかと眉を寄せると「もう着いたよ」と扉が開かれた。
中に入ると掴まれた手をやっとこ離してもらえた。握られていた手のひらが、ジンジンと痺れている。
悠斗はユウの足裏をさっと拭き取ると、「お前も入っていいよ」と背中をポンポンと叩かれていた。躊躇せずカツカツと我が物顔で入って行ってしまうユウの姿に、主人を置いて行くとは薄情な奴だと佇んでいた。
「瀬菜も入って? お茶淹れるから」
「お邪魔……します……」
話しをするまで帰してはもらえそうにない。深く息を吐き出すと、悠斗のうしろを追い部屋の中へと踏み込んだ。
広いリビングのソファーを進められ、ソワソワしながらチラリと室内を見渡した。所々にダンボールが積み重なっている。
「ミルクと砂糖はいつもどおりでいい?」
「いや、要らない……」
「……そっか……コーヒー、ブラックで飲めるようになったんだね」
湯気が立つコーヒーが目の前に置かれ、ジッとカップを見ながら頷く。自分から話すことはないと言っておきながら、以前から気になっていたことを無意識に聞いていた。
「……日本にいつ……戻ったんだ」
「この間、瀬菜に会った日」
「……一時帰国? この部屋って……」
「向こうの大学は卒業したよ。この部屋は帰国してすぐに探したんだ」
「……凄いね。普通何年もかかるのに」
「勉強漬けの毎日だったけど、俺にはやらなきゃならない理由があったから。それに高校から単位を取っていたんだ。実質四年以上やっていたことにはなるかな」
いつの間にそんなことをしていたのかと驚いてしまう。
確かに一緒に居るとき、英語の本をよく読んでいた。俺には難しく理解できなかったが、それがまさか大学の教材とは思ってもいなかった。
「瀬菜は?」
「……えっ?」
「この二年間どんな風に過ごしていたの?」
「……普通だよ」
「そう……普通……か。どうして連絡先を変えたの? あのワンちゃん、瀬菜の犬だと思わなかった。確か恋人だって……それって、この間一緒に居た人? 今日の用事もそいつと会うから?」
無表情な顔で俺から視線を逸らさず、淡々と悠斗が聞いてくる。乾いた喉にゴクリと唾を飲み込み、その鋭い瞳から視線を逸らす。
言いたくなくても言わなければならない現実。震えそうになる声を騙し騙し言葉に乗せる。
「質問攻めだな。なにから話せばいいんだよ。そうだ、このあと用があってもう行かなきゃならない。だから今日は……」
「行かなきゃ? ずいぶん行きたくなさそうだね?」
「──ッそんなことっ!」
「ふふっ、顔真っ赤だよ? 瀬菜がそんなときって、だいたい嘘なんだよね」
「嘘じゃない! 本当に行かないと……困るんだ……」
「なにが困るの? 今日はそいつとの予定キャンセルしてよ。まだ沢山話したいことあるし、瀬菜すぐに逃げちゃうから次いつ会える分からないし」
「そんなことできない……ちゃんと時間作るから。今日は……今日だけは勘弁してくれ……」
公園から十分程度歩いた場所に建つ、見るからに高級そうな高層マンション。説明もなくエントランスを抜け、エレベーターに押し込まれた。閉鎖された空間の中、沈黙が気まずく床に視線を落とす。ユウの息遣いだけがせめてもの救いだった。
ポンッ……と軽やかな音がしエレベーターが開くと、柔らかな絨毯に足を取られてしまう。悠斗の歩幅で歩いたせいか、今頃足首がズキズキと痛みだす。
「……ごめん、気付かなくて」
「えっ?」
歩幅が狭まったのか、歩きやすくなる。
「足、痛そうだから」
「あぁ……ちょっと捻挫してるんだ」
「……余裕なさ過ぎ……カッコ悪……」
「…………?」
ボソリと悠斗が呟く言葉に、なんのことだろうかと眉を寄せると「もう着いたよ」と扉が開かれた。
中に入ると掴まれた手をやっとこ離してもらえた。握られていた手のひらが、ジンジンと痺れている。
悠斗はユウの足裏をさっと拭き取ると、「お前も入っていいよ」と背中をポンポンと叩かれていた。躊躇せずカツカツと我が物顔で入って行ってしまうユウの姿に、主人を置いて行くとは薄情な奴だと佇んでいた。
「瀬菜も入って? お茶淹れるから」
「お邪魔……します……」
話しをするまで帰してはもらえそうにない。深く息を吐き出すと、悠斗のうしろを追い部屋の中へと踏み込んだ。
広いリビングのソファーを進められ、ソワソワしながらチラリと室内を見渡した。所々にダンボールが積み重なっている。
「ミルクと砂糖はいつもどおりでいい?」
「いや、要らない……」
「……そっか……コーヒー、ブラックで飲めるようになったんだね」
湯気が立つコーヒーが目の前に置かれ、ジッとカップを見ながら頷く。自分から話すことはないと言っておきながら、以前から気になっていたことを無意識に聞いていた。
「……日本にいつ……戻ったんだ」
「この間、瀬菜に会った日」
「……一時帰国? この部屋って……」
「向こうの大学は卒業したよ。この部屋は帰国してすぐに探したんだ」
「……凄いね。普通何年もかかるのに」
「勉強漬けの毎日だったけど、俺にはやらなきゃならない理由があったから。それに高校から単位を取っていたんだ。実質四年以上やっていたことにはなるかな」
いつの間にそんなことをしていたのかと驚いてしまう。
確かに一緒に居るとき、英語の本をよく読んでいた。俺には難しく理解できなかったが、それがまさか大学の教材とは思ってもいなかった。
「瀬菜は?」
「……えっ?」
「この二年間どんな風に過ごしていたの?」
「……普通だよ」
「そう……普通……か。どうして連絡先を変えたの? あのワンちゃん、瀬菜の犬だと思わなかった。確か恋人だって……それって、この間一緒に居た人? 今日の用事もそいつと会うから?」
無表情な顔で俺から視線を逸らさず、淡々と悠斗が聞いてくる。乾いた喉にゴクリと唾を飲み込み、その鋭い瞳から視線を逸らす。
言いたくなくても言わなければならない現実。震えそうになる声を騙し騙し言葉に乗せる。
「質問攻めだな。なにから話せばいいんだよ。そうだ、このあと用があってもう行かなきゃならない。だから今日は……」
「行かなきゃ? ずいぶん行きたくなさそうだね?」
「──ッそんなことっ!」
「ふふっ、顔真っ赤だよ? 瀬菜がそんなときって、だいたい嘘なんだよね」
「嘘じゃない! 本当に行かないと……困るんだ……」
「なにが困るの? 今日はそいつとの予定キャンセルしてよ。まだ沢山話したいことあるし、瀬菜すぐに逃げちゃうから次いつ会える分からないし」
「そんなことできない……ちゃんと時間作るから。今日は……今日だけは勘弁してくれ……」
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