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第23幕 モノクロ
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去年のこの日はひとりで過していた。ユウが家で待っている……そう思っても、帰らずにただあちらこちらを彷徨っていた。
今年はコンクールの作品を言い訳に思い出さないようにしていたが、マスターの言葉に確実に動揺している自分がいる。
アメリカとの時差は約十四時間。日本ではすで迎えた誕生日。あちらの悠斗は後数時間で、二十歳の誕生日を迎えようとしている。
「悠斗はまだ誕生日を迎えてないよ。……時差ってなんであるのかな。同じ人の誕生日なのに、そのせいで二回も誕生日を思い出すんだ」
「ふむ……時差とは……悠斗君は今どこに居るんじゃ?」
「……アメリカ。悠斗とは……別れたんだ」
マスターには全ては話さなかった。大学に進学してすぐの頃、悠斗がアメリカに留学することを切っ掛けに別れたということ以外は。
バイトをしていた理由など知ってしまったら、優しいマスターは関わりを持ってしまったことに罪悪感を覚えるはずだ。
「マスターがそんな悲しい顔しないでよ」
「しかしの、あんなに好き合ってた二人じゃ。どんなことがあっても仲良くしてくれていると思っていたんじゃよ?」
「俺の我儘だよ。俺がひとりで居ることに、堪えられなかっただけだ」
「ふむ……そうかの。そういうことにしておくかの」
蓄えた髭を撫でながら、マスターは遠い場所に視線を移す。そっと息を吐きながら、ポツリポツリと昔話をしてくれた。
「悠斗君が家に面接に来たとき、なぜこのオンボロな店を選んだか聞いたんじゃ。そしたらの、笑いながらこう言ったよ。自分の恋人に不安を与えたくないから……ってな。お洒落で女の子が集まる場所でバイトしたら気が気でないでしょ? とな……。まぁ、ハッキリ言う子じゃと、呆れて怒ることもできんかったし、わしゃ大笑いしたもんじゃ。優しい子じゃな~と思ったものだ。瀬菜君を見て、そうなるのも納得したんじゃよ」
悠斗がバイト先をここに選んだのは、アンティークが好きだからとばかり思っていた。でもそれは俺を思ってくれてのことだと今教えられた。
胸が……苦しい……。
堪らなく……苦しい……。
思いが……溢れる……。
「悠斗君はいつも瀬菜君でいっぱいじゃった。瀬菜君も悠斗君に負けず、優しい子じゃな。二人の優しさは、老いぼれには切なすぎるの……」
窓に顔を向けると、雨は小雨から大粒のものに変わっていた。
「おや? 雨が上がったようじゃ。……じゃが、もうしばらく雨宿りしていくといい」
散々泣き存分に写真を撮らせてもらい、納得できるものが撮れた。ずいぶん迷惑をかけてしまった気恥ずかしさはあったが、マスターは気にせずいつも通りに接してくれた。
「マスター今日はありがとう。焼き増ししたらまた来るよ」
「あぁ、楽しみに待っとるよ」
「うん!」
満面の笑みで答えるとチリンチリンとベルを鳴らし、夕暮れに染まる空を見上げた。カメラを構え雫を蓄えた緑と、晴れた空にレンズを構えた。
今年はコンクールの作品を言い訳に思い出さないようにしていたが、マスターの言葉に確実に動揺している自分がいる。
アメリカとの時差は約十四時間。日本ではすで迎えた誕生日。あちらの悠斗は後数時間で、二十歳の誕生日を迎えようとしている。
「悠斗はまだ誕生日を迎えてないよ。……時差ってなんであるのかな。同じ人の誕生日なのに、そのせいで二回も誕生日を思い出すんだ」
「ふむ……時差とは……悠斗君は今どこに居るんじゃ?」
「……アメリカ。悠斗とは……別れたんだ」
マスターには全ては話さなかった。大学に進学してすぐの頃、悠斗がアメリカに留学することを切っ掛けに別れたということ以外は。
バイトをしていた理由など知ってしまったら、優しいマスターは関わりを持ってしまったことに罪悪感を覚えるはずだ。
「マスターがそんな悲しい顔しないでよ」
「しかしの、あんなに好き合ってた二人じゃ。どんなことがあっても仲良くしてくれていると思っていたんじゃよ?」
「俺の我儘だよ。俺がひとりで居ることに、堪えられなかっただけだ」
「ふむ……そうかの。そういうことにしておくかの」
蓄えた髭を撫でながら、マスターは遠い場所に視線を移す。そっと息を吐きながら、ポツリポツリと昔話をしてくれた。
「悠斗君が家に面接に来たとき、なぜこのオンボロな店を選んだか聞いたんじゃ。そしたらの、笑いながらこう言ったよ。自分の恋人に不安を与えたくないから……ってな。お洒落で女の子が集まる場所でバイトしたら気が気でないでしょ? とな……。まぁ、ハッキリ言う子じゃと、呆れて怒ることもできんかったし、わしゃ大笑いしたもんじゃ。優しい子じゃな~と思ったものだ。瀬菜君を見て、そうなるのも納得したんじゃよ」
悠斗がバイト先をここに選んだのは、アンティークが好きだからとばかり思っていた。でもそれは俺を思ってくれてのことだと今教えられた。
胸が……苦しい……。
堪らなく……苦しい……。
思いが……溢れる……。
「悠斗君はいつも瀬菜君でいっぱいじゃった。瀬菜君も悠斗君に負けず、優しい子じゃな。二人の優しさは、老いぼれには切なすぎるの……」
窓に顔を向けると、雨は小雨から大粒のものに変わっていた。
「おや? 雨が上がったようじゃ。……じゃが、もうしばらく雨宿りしていくといい」
散々泣き存分に写真を撮らせてもらい、納得できるものが撮れた。ずいぶん迷惑をかけてしまった気恥ずかしさはあったが、マスターは気にせずいつも通りに接してくれた。
「マスター今日はありがとう。焼き増ししたらまた来るよ」
「あぁ、楽しみに待っとるよ」
「うん!」
満面の笑みで答えるとチリンチリンとベルを鳴らし、夕暮れに染まる空を見上げた。カメラを構え雫を蓄えた緑と、晴れた空にレンズを構えた。
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