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第22幕 天気予報はいつも雨 〜大学生編〜
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その足でふらふらと行く宛もなく彷徨うと、携帯ショップに入り使用中のスマホを解約した。既存のデータを新しいスマホに移すかと問われ、不要ですと断った。
アドレス帳に全く登録のない新しいスマホに、先ほどまでモヤモヤと淀んでいた気持ちがスッと薄れていった。
一からまた積み重ねてカスタマイズすればいい。
家を出るのも悪くないかもしれない。
全て心機一転変えてしまえばいいのだ。
そう言い聞かせながら、弱くて卑屈、泣き虫で我が儘な自分、今までの思い出たちに蓋をした。
ふと空を見上げると、一機の飛行機がひと筋の雲を尾に纏わせながら飛んで行くのがにじむ視界の中に映っていた──。
◇◇◇
──ポスポスと腕を何度も掻くように叩かれ、ビクッと身体を跳ねさせた。
薄っすらと瞼を上げると、テーブルに転がるひと粒の欠片が開いた瞳にぼんやりと映し出される。悠斗に返すつもりで拾い集めたが、どうしても探すことができなかったひと欠片。
家を出るときにも見つからなかったそれを持っていたのはおふくろだった。ユウを連れて来たときに、一緒に渡されたものだ。
キューブに刻まれた『S』のアルファベットは、どのスペルの頭文字だったか。なんの花でなんの意味だったか……。
「ガゥゥ~……グググゥ~……ゥ~~」
ボーッと欠片を眺めていると、ユウが袖を口に咥えてベッドのほうへと唸りながら引っ張っていた。
「あぁ……ごめん。そうだな……ベッドで寝ないと。お前、噛み過ぎだぞ? 見ろ、涎でベトベトじゃんか」
「ウゥウ~~、バゥッ!」
「へへっ、悪かったよ、一緒に寝ようって言っといて寝ちゃってて。ほら、狭いんだからもっと端に寄れよ」
ハァハァと舌を出し、お座りしながら尻尾をパタパタと布団叩きのようにベッドを叩くと、立ち上がる俺に合わせてユウも立ち上がる。
俺を見上げながら居場所を探すように、グルグル何度か回転すると、いい場所を見つけたのかその場に伏せた。その隣に横たわると、そっとモフモフな脇腹に顔を埋め抱きしめた。
「…………なぁ、ユウ……俺……ちゃんと嫌な柳瀬菜になれていたかな。もしまたみんなに会っても、同じように嫌な人間になれるかな……」
俺のひとり言に、眠そうにしながら薄っすらと片目を開き『大丈夫だよ』というように、俺の身体に尻尾をフワリと乗せてくる。それはとても暖かく、俺を宥めるようにフサフサと揺れていた。
***
「瀬菜ちゃ~ん♪ こっちこっち~」
写真研究会のサークル親睦会でよく使う居酒屋。時計を見ると、一時間ほど遅刻だ。店に入り視線を彷徨わせていると、俺の名前が店中に響いた。
サークルのメンバーは十五人ぐらいだが、今日の出席は少ないようだ。席を見ると六人程度。玉夫を見た瞬間、先輩からの言付けを思い出す。すっかり声をかけるのを忘れていた。
「瀬菜ちゃんは、俺の横! 遅かったね? 迎えに行くべきだった?」
ポンポンと座布団を叩かれ、玉夫の横に腰を下ろす。
「子供じゃあるまいし……あと大声で呼ぶな。恥ずいだろ。それと、ちゃん付けもやめろ」
「まぁまぁ、そう言わないの。なに飲む?」
「生中……」
「うわっ、そこは安定だね。もうちょい可愛い──ッ」
それ以上言わなくてもいいと、ジロリと睨みオーダーを急かさせる。
「はいはい、すみませ~ん!」
アドレス帳に全く登録のない新しいスマホに、先ほどまでモヤモヤと淀んでいた気持ちがスッと薄れていった。
一からまた積み重ねてカスタマイズすればいい。
家を出るのも悪くないかもしれない。
全て心機一転変えてしまえばいいのだ。
そう言い聞かせながら、弱くて卑屈、泣き虫で我が儘な自分、今までの思い出たちに蓋をした。
ふと空を見上げると、一機の飛行機がひと筋の雲を尾に纏わせながら飛んで行くのがにじむ視界の中に映っていた──。
◇◇◇
──ポスポスと腕を何度も掻くように叩かれ、ビクッと身体を跳ねさせた。
薄っすらと瞼を上げると、テーブルに転がるひと粒の欠片が開いた瞳にぼんやりと映し出される。悠斗に返すつもりで拾い集めたが、どうしても探すことができなかったひと欠片。
家を出るときにも見つからなかったそれを持っていたのはおふくろだった。ユウを連れて来たときに、一緒に渡されたものだ。
キューブに刻まれた『S』のアルファベットは、どのスペルの頭文字だったか。なんの花でなんの意味だったか……。
「ガゥゥ~……グググゥ~……ゥ~~」
ボーッと欠片を眺めていると、ユウが袖を口に咥えてベッドのほうへと唸りながら引っ張っていた。
「あぁ……ごめん。そうだな……ベッドで寝ないと。お前、噛み過ぎだぞ? 見ろ、涎でベトベトじゃんか」
「ウゥウ~~、バゥッ!」
「へへっ、悪かったよ、一緒に寝ようって言っといて寝ちゃってて。ほら、狭いんだからもっと端に寄れよ」
ハァハァと舌を出し、お座りしながら尻尾をパタパタと布団叩きのようにベッドを叩くと、立ち上がる俺に合わせてユウも立ち上がる。
俺を見上げながら居場所を探すように、グルグル何度か回転すると、いい場所を見つけたのかその場に伏せた。その隣に横たわると、そっとモフモフな脇腹に顔を埋め抱きしめた。
「…………なぁ、ユウ……俺……ちゃんと嫌な柳瀬菜になれていたかな。もしまたみんなに会っても、同じように嫌な人間になれるかな……」
俺のひとり言に、眠そうにしながら薄っすらと片目を開き『大丈夫だよ』というように、俺の身体に尻尾をフワリと乗せてくる。それはとても暖かく、俺を宥めるようにフサフサと揺れていた。
***
「瀬菜ちゃ~ん♪ こっちこっち~」
写真研究会のサークル親睦会でよく使う居酒屋。時計を見ると、一時間ほど遅刻だ。店に入り視線を彷徨わせていると、俺の名前が店中に響いた。
サークルのメンバーは十五人ぐらいだが、今日の出席は少ないようだ。席を見ると六人程度。玉夫を見た瞬間、先輩からの言付けを思い出す。すっかり声をかけるのを忘れていた。
「瀬菜ちゃんは、俺の横! 遅かったね? 迎えに行くべきだった?」
ポンポンと座布団を叩かれ、玉夫の横に腰を下ろす。
「子供じゃあるまいし……あと大声で呼ぶな。恥ずいだろ。それと、ちゃん付けもやめろ」
「まぁまぁ、そう言わないの。なに飲む?」
「生中……」
「うわっ、そこは安定だね。もうちょい可愛い──ッ」
それ以上言わなくてもいいと、ジロリと睨みオーダーを急かさせる。
「はいはい、すみませ~ん!」
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