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第22幕 天気予報はいつも雨 〜大学生編〜
09
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「……瀬菜、明日、十一時四十五分成田発の便に乗る。お願い……せめて最後に顔だけでも見せて? 瀬菜……お願いだよ……」
扉の向こうから、悠斗のか細い声がする。
扉に背中を預けながら、ぼんやりとその声を聞いていた。断片でしか覚えていないあの日から、悠斗が訪ねて来る度にこうして扉を挟んで会話をしていた。ここ数日は悠斗がひとり呟き、俺は無言で音楽を聴くように悠斗の声を聞いているだけだった。
『また、明日……』は今日で終わりなのかと、他人事のように感じてしまう。結局肝心な理由も聞いていない。けれどそれもどうでもよくなっていた。悠斗は明日には日本から居なくなってしまう。今さら聞く意味もなく、今さら顔を合わせる必要もない。
早く行ってくれ……。
これ以上その悲しい声を聞かせないでくれ……。
扉の向こうに無言でそう呟き、悠斗が去るのをただじっと膝に顔を埋めながら涙を零していた。
しばらくすると悠斗の気配も感じられなくなっていた。おそらく支度をする時間も十分ではなかったはずだ。
今は何時だろうかと、点滅を繰り返すスマホに手を伸ばすと、友人たちからのメッセージが沢山入っていた。ひとつのメッセージに『今から会いたい』と入力すると、意を決したように送信した。
あまりにも酷い顔色を隠すようにマスクをし、身支度を整えると辺りを見渡しながら家を出た。朝の早い時間は人通りも少なく助かった。
向かった先には早い時間にも拘わらず、来てくれた友人が静かに佇んでいた。俺の姿を黙認すると、眉を顰めながら口元を緩め、複雑そうな様子を見せていた。
「本当に……行かねぇのか?」
小さくコクリと肯定の頷きをすると、戸惑った様子で俺の頭を撫でてくれる。
「ヤナ……まだ、今から行けばフライトの時間には十分間に合う。しばらく本当に会えないんだぞ? 俺も付き合うし、一緒に空港まで行こうぜ? 後悔するよか……こっそり見送るだけでも……」
今度は大きく首を数度横に振り、行かないことを伝えた。
「……俺は……俺たちは確かにユウがこうなることを知っていた。けどよ、騙してる訳じゃねぇよ。ユウもそれは同じだ。アイツにも事情があるはずだ。だからよ、アイツのことも、みんなのことも嫌わないでくれよ」
由良りんは穏やかな声でゆっくりと丁寧に呟いた。
俺以外の全員が、ずっと前から悠斗の渡米を知っていた。悠斗の口から話すまでは、事実を口にすることができなかったのだろう。
ひとりで除け者にされ裏切られたと、最初は子供みたいに癇癪を起こしているようで、自分がとても情けなかった。今はそれ以上に複雑に、様々な悲しみだけが強く胸を刺していた。
「……由良りん、今日はありがとう。……これ、悠斗に渡して」
由良りんは俺から小さな茶色い紙袋を、躊躇いながらゆっくりと受け取る。
これで思い残すことはない。用事は済んだと、簡潔に別れの挨拶をし由良りんから背を向け立ち去ろうとした。
「ヤナッ──!」
不意に腕をガッシリと掴まれ、感情の籠もらない瞳で見つめていると由良りんに問われた。
「……次、いつ会える? ほかの奴も会いたがってる」
視線を由良りんに向けると、ニコリと瞳だけで笑みを返す。またという言葉をつけず「連絡する」と、ひと言だけに留めておいた。
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