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第15幕 変わりゆく日常
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唾液で濡れた唇をスーツの袖で拭き取ろうとする俺に、悠斗は「汚れるでしょ?」と腕を捕らえ、ふにふにと指の腹で拭われる。一々甘い状況に、俺は顔を赤らめ目を泳がせていた。
これ以上なにかされれば、挙式に集中できそうにない。
「もう、本当に行くからな!」
「はいはい。瀬菜もナンパされても付いて行かないようにね」
パチンとウインクを披露する悠斗に、その顔やめてと心の中で呟き素っ気なく部屋を出た。
悠斗のペースにすっかり絆された俺は、まだ火照る顔を落ち着かせるために、美久さんの晴れの姿を想像しながら会場へと向かった。
控え室に戻ると、丁度チャペルへの開場が始まった。バージンロードの通路を挟み、新婦側の参列の一番うしろに柳家は腰を下ろした。前方には祐一さんの姿もあり小さく手を振り挨拶を交わした。
親族っていえば……。
考え込んで居ると、背後からトントンと肩を叩かれ、間抜け顔で振り返りギョッとする。美久さんの結婚式なら、居ないほうが不自然だ。
悠斗のお祖父さんは、前回会ったときよりも清潔感があり、英国紳士のような装いだ。その姿に引けを取らない渋い声で囁いてきた。
「やあ、柳君も来ていたんだね。もう少し早く来れば良かったかな」
「こんにちは。今日はおめでとうございます。お隣のよしみで参列させてもらってます」
「そうか、お隣か……。美久も喜ぶよ」
「あっ、はい。そうだ、この間はご馳走さまでした」
「ああ、いいんだよ。楽しかったからね」
立ち上がってペコリとお辞儀をすると、顔をくしゃりと綻ばせニコッとされる。間もなく式が始まることもあり、おじいさんは長居はせず、前方の親族が集まる場所へと向かっていった。
上から下まで眺められなにか言いたそうにしていたが、俺の格好は場違いだったのだろうか……。へにゃりと腰を落としひと息つくと、親父とおふくろが不思議そうに俺を見ていた。
おふくろは前方にチラチラと視線を向け、俺に聞いてきた。
「さっきの誰? ずいぶん素敵な方ね」
「ああ、悠斗のじいちゃんだよ。この間ご馳走してもらったんだ」
「嫌だ、早く言いなさいよ。お礼しそびれちゃったじゃない。流石、立花家は美形揃いね。あんたもすっかり立花家の人間ね。将来安泰だわ」
「母さん、瀬菜はどこにもやらないよ!」
「もう黙ってよ。恥ずかしい……」
こそこそと相変わらず馬鹿話をする両親。厳かな空間には場違いだ。
壇上の神父さんがゴホンと咳払いをすると、間もなく式が始まることを知らせるスピーチで場を静めた。
チャペル内は静寂に包まれ、パイプオルガンが響き渡ると、後方の大きな扉がゆっくりと開いた。美久さんとおじさんが一礼すると、真紅のバージンロードを進んで行く。
長いベールに包まれた純白の花嫁姿に、皆感嘆の声を上げ、カメラのシャッター音をさせながらも、厳粛に盛り上がりをみせていた。
緊張した面持ちで花嫁の到着を待つ新郎。少し強面の、がっちりした誠実そうなパートナーだ。新婦の手を取ると、壇上の祭壇の前で神父さんの言葉に答え、神聖な式が進んでいった。
滞りなく式が終わり表に出ると、チャペルの前で参列者から花びらのシャワーを二人はいっぱい浴びていた。全身から嬉しい……ありがとう……と、とても幸せそうだ。
結婚式をなんのためにやるのか正直俺は分かっていなかったが、心がウキウキして幸せになれるいいものだと素直に感じていた。祝福する側は喜ばしく、祝福される側も新たな出発の決意を抱くことができる、とても大切な儀式なのかもしれない。
けど……俺は……無理だよな。
隣で泣きじゃくる親父を見ていると、俺は相当親不孝者だなと複雑な気持ちになってしまう。
これ以上なにかされれば、挙式に集中できそうにない。
「もう、本当に行くからな!」
「はいはい。瀬菜もナンパされても付いて行かないようにね」
パチンとウインクを披露する悠斗に、その顔やめてと心の中で呟き素っ気なく部屋を出た。
悠斗のペースにすっかり絆された俺は、まだ火照る顔を落ち着かせるために、美久さんの晴れの姿を想像しながら会場へと向かった。
控え室に戻ると、丁度チャペルへの開場が始まった。バージンロードの通路を挟み、新婦側の参列の一番うしろに柳家は腰を下ろした。前方には祐一さんの姿もあり小さく手を振り挨拶を交わした。
親族っていえば……。
考え込んで居ると、背後からトントンと肩を叩かれ、間抜け顔で振り返りギョッとする。美久さんの結婚式なら、居ないほうが不自然だ。
悠斗のお祖父さんは、前回会ったときよりも清潔感があり、英国紳士のような装いだ。その姿に引けを取らない渋い声で囁いてきた。
「やあ、柳君も来ていたんだね。もう少し早く来れば良かったかな」
「こんにちは。今日はおめでとうございます。お隣のよしみで参列させてもらってます」
「そうか、お隣か……。美久も喜ぶよ」
「あっ、はい。そうだ、この間はご馳走さまでした」
「ああ、いいんだよ。楽しかったからね」
立ち上がってペコリとお辞儀をすると、顔をくしゃりと綻ばせニコッとされる。間もなく式が始まることもあり、おじいさんは長居はせず、前方の親族が集まる場所へと向かっていった。
上から下まで眺められなにか言いたそうにしていたが、俺の格好は場違いだったのだろうか……。へにゃりと腰を落としひと息つくと、親父とおふくろが不思議そうに俺を見ていた。
おふくろは前方にチラチラと視線を向け、俺に聞いてきた。
「さっきの誰? ずいぶん素敵な方ね」
「ああ、悠斗のじいちゃんだよ。この間ご馳走してもらったんだ」
「嫌だ、早く言いなさいよ。お礼しそびれちゃったじゃない。流石、立花家は美形揃いね。あんたもすっかり立花家の人間ね。将来安泰だわ」
「母さん、瀬菜はどこにもやらないよ!」
「もう黙ってよ。恥ずかしい……」
こそこそと相変わらず馬鹿話をする両親。厳かな空間には場違いだ。
壇上の神父さんがゴホンと咳払いをすると、間もなく式が始まることを知らせるスピーチで場を静めた。
チャペル内は静寂に包まれ、パイプオルガンが響き渡ると、後方の大きな扉がゆっくりと開いた。美久さんとおじさんが一礼すると、真紅のバージンロードを進んで行く。
長いベールに包まれた純白の花嫁姿に、皆感嘆の声を上げ、カメラのシャッター音をさせながらも、厳粛に盛り上がりをみせていた。
緊張した面持ちで花嫁の到着を待つ新郎。少し強面の、がっちりした誠実そうなパートナーだ。新婦の手を取ると、壇上の祭壇の前で神父さんの言葉に答え、神聖な式が進んでいった。
滞りなく式が終わり表に出ると、チャペルの前で参列者から花びらのシャワーを二人はいっぱい浴びていた。全身から嬉しい……ありがとう……と、とても幸せそうだ。
結婚式をなんのためにやるのか正直俺は分かっていなかったが、心がウキウキして幸せになれるいいものだと素直に感じていた。祝福する側は喜ばしく、祝福される側も新たな出発の決意を抱くことができる、とても大切な儀式なのかもしれない。
けど……俺は……無理だよな。
隣で泣きじゃくる親父を見ていると、俺は相当親不孝者だなと複雑な気持ちになってしまう。
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