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第9幕 王子と王子
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「ククッ……、悪くないね……君のそういう顔は中々見られないから。僕のこと殴りたい?」
殴りたいに決まっている。
グッと手のひらを握り締め、俺はそれ以上言葉を発することはなかった。
「ええ……今すぐにでも殴りたくて仕方ないのに、抑えられている自分が不思議です」
つい思っている言葉が出てしまったのだろうか……。
先輩はフッと一笑すると、耳元でボソリと呟く。
「残念……時間切れだ。どうやら眠りから覚めたようだ」
乱れた長い髪を払うと、先輩は俺の頬にちゅっとキスを落とし、口元を綻ばせ視線を横に流した。
「本当に……いい加減にしてくださいよ」
ここにはないはずの声がする。
この声は俺の幻聴なのか……。
いつも俺がピンチのときに助けてくれる。
「ラビたんも、マフラーも、瀬菜も……全部返してもらいます」
その声が胸を詰まらせる。
呼びたいのに胸が苦しくて言葉が出ない。
俺を名前で呼ぶのは……。
「返す? 奪ったつもりはないけど? 君はいつもいいところで邪魔をするね?」
「そういう先輩は、いつも損な役回りですね」
「本当だよね~♪ 君達に絡むとこうなるのかな?」
「あなたがいい人過ぎるんでしょ? 狸のくせに……」
「狸より、僕は狐だと思うんだけど。まぁ、次は横から摘まれないように注意することだね~♪」
「ご忠告感謝します。けど、二度目はないですよ?」
呆然とする俺に、先輩はいつもの飄々とした様子で言う。
「姫乃ちゃん、キスご馳走さま♪ まぁ、講義料ってことで許してね♪ あぁ、でも彼が嫌になったらいつでもおいで?」
先輩はパチンとウインクをし、悠斗の肩を拳でトンと一度叩くと、そのまま俺達を残し部屋から静かに出て行った。
ぼんやりとする俺の目前で跪く悠斗は、躊躇い気味に腕を伸ばしてきた。
「──瀬菜……」
マネキン人形のように硬直し、なにも言葉を発さない俺の耳元で囁く少し震えた声。俺は悠斗に抱きしめられていた。ぬくもりが俺をゆっくりと溶かしていく。優しく温かな体温。
「……ごめん……瀬菜」
小刻みに震えている悠斗の肩。
もしかして泣いているのだろうか。
「ずっと、ひとりにして……ごめんね?」
「辛い思いさせて……ごめんね?」
「瀬菜を忘れてしまって……ごめんね?」
なにがどうして……全く理解ができない。
目の前に居るのは一体誰なのか……。
混み合った電話回線のように思考がグチャグチャだ。
「──たち、ばな……くん?」
「瀬菜ッ、その呼びかたは切ないな。それとも……もう、俺を呼ぶのは嫌?」
「だって……どうして……」
悠斗は抱擁を解くと、瞳を潤ませながら微笑み俺の頬に触れてきた。
「……どうしてかな? 瀬菜の魔法かな?」
「──本当に……ゆーと? 悠斗なの?」
「うん、そうだよ瀬菜……俺は瀬菜の知っている幼馴染で、親友で……恋人の立花悠斗だよ」
視界が歪む。
溢れる……溢れて目の前が……。
「ゆぅとぉ……おれ──ッ、おれ……っ」
「瀬菜……ごめん……もう忘れたりしない。ひとりにさせない……だから──俺を許してくれる?」
コクコクと頷き悠斗に抱きつくと、今まで我慢していた胸のつかえが爆発したように、大声を上げ泣いてしまう。悠斗は子供のように泣き叫ぶ俺をあやしながら、ずっと謝罪を繰り返していた。
聞きたいことが沢山あるのに涙が止まらない。悠斗は本当に記憶を取り戻したのだろうか。優しい悠斗だ。俺と付き合ってることを知り、悠斗を演じているのかもしれない。急展開な事態に、どうしても疑心暗鬼になってしまう。
殴りたいに決まっている。
グッと手のひらを握り締め、俺はそれ以上言葉を発することはなかった。
「ええ……今すぐにでも殴りたくて仕方ないのに、抑えられている自分が不思議です」
つい思っている言葉が出てしまったのだろうか……。
先輩はフッと一笑すると、耳元でボソリと呟く。
「残念……時間切れだ。どうやら眠りから覚めたようだ」
乱れた長い髪を払うと、先輩は俺の頬にちゅっとキスを落とし、口元を綻ばせ視線を横に流した。
「本当に……いい加減にしてくださいよ」
ここにはないはずの声がする。
この声は俺の幻聴なのか……。
いつも俺がピンチのときに助けてくれる。
「ラビたんも、マフラーも、瀬菜も……全部返してもらいます」
その声が胸を詰まらせる。
呼びたいのに胸が苦しくて言葉が出ない。
俺を名前で呼ぶのは……。
「返す? 奪ったつもりはないけど? 君はいつもいいところで邪魔をするね?」
「そういう先輩は、いつも損な役回りですね」
「本当だよね~♪ 君達に絡むとこうなるのかな?」
「あなたがいい人過ぎるんでしょ? 狸のくせに……」
「狸より、僕は狐だと思うんだけど。まぁ、次は横から摘まれないように注意することだね~♪」
「ご忠告感謝します。けど、二度目はないですよ?」
呆然とする俺に、先輩はいつもの飄々とした様子で言う。
「姫乃ちゃん、キスご馳走さま♪ まぁ、講義料ってことで許してね♪ あぁ、でも彼が嫌になったらいつでもおいで?」
先輩はパチンとウインクをし、悠斗の肩を拳でトンと一度叩くと、そのまま俺達を残し部屋から静かに出て行った。
ぼんやりとする俺の目前で跪く悠斗は、躊躇い気味に腕を伸ばしてきた。
「──瀬菜……」
マネキン人形のように硬直し、なにも言葉を発さない俺の耳元で囁く少し震えた声。俺は悠斗に抱きしめられていた。ぬくもりが俺をゆっくりと溶かしていく。優しく温かな体温。
「……ごめん……瀬菜」
小刻みに震えている悠斗の肩。
もしかして泣いているのだろうか。
「ずっと、ひとりにして……ごめんね?」
「辛い思いさせて……ごめんね?」
「瀬菜を忘れてしまって……ごめんね?」
なにがどうして……全く理解ができない。
目の前に居るのは一体誰なのか……。
混み合った電話回線のように思考がグチャグチャだ。
「──たち、ばな……くん?」
「瀬菜ッ、その呼びかたは切ないな。それとも……もう、俺を呼ぶのは嫌?」
「だって……どうして……」
悠斗は抱擁を解くと、瞳を潤ませながら微笑み俺の頬に触れてきた。
「……どうしてかな? 瀬菜の魔法かな?」
「──本当に……ゆーと? 悠斗なの?」
「うん、そうだよ瀬菜……俺は瀬菜の知っている幼馴染で、親友で……恋人の立花悠斗だよ」
視界が歪む。
溢れる……溢れて目の前が……。
「ゆぅとぉ……おれ──ッ、おれ……っ」
「瀬菜……ごめん……もう忘れたりしない。ひとりにさせない……だから──俺を許してくれる?」
コクコクと頷き悠斗に抱きつくと、今まで我慢していた胸のつかえが爆発したように、大声を上げ泣いてしまう。悠斗は子供のように泣き叫ぶ俺をあやしながら、ずっと謝罪を繰り返していた。
聞きたいことが沢山あるのに涙が止まらない。悠斗は本当に記憶を取り戻したのだろうか。優しい悠斗だ。俺と付き合ってることを知り、悠斗を演じているのかもしれない。急展開な事態に、どうしても疑心暗鬼になってしまう。
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