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第9幕 王子と王子
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担当医の診断では意識もしっかりしており、問題はないだろう……とのこと。ただし頭を強打したため何日かは入院し、再度精密検査を行うそうだ。
廊下に出るとおばさんと担当医の話しを遮り、まだ誰も知らない事実を口にした。
「先生! あの、悠斗……覚えていないんだ」
「瀬菜ちゃん?」
「瀬菜? ああ、キミ柳さんのとこの息子さんか。覚えていないってどういう意味だい?」
唇を噛み締め喉に詰まるものを押し出す。
「……俺のこと、知らないみたい。先生、悠斗は本当に問題ないの?」
おばさんは俺の話を聞き青い顔で驚きを見せていた。
「なるほど……一部のことを忘れてしまっている。解離性健忘……いわゆる記憶喪失かもしれないな。その場合、私の管轄外だ。身体的な損傷よりも、ここ……心の問題になるからね。検査項目に精神療法も追加するように打診しておくか……。教えてくれてありがとうね」
先生は最後のほうはひとり言のようにブツブツと呟き、専門用語を並べていた。それがなんなのか俺には理解ができなかった。ただ、理解できた内容もあった……。
「瀬菜ちゃん……本当に悠くんは瀬菜ちゃんのこと覚えていないの?」
「うん……俺のこと全く思い出せないって……」
「信じられない……悠くんに話せばきっとすぐに……だって悠くんは瀬菜ちゃんのこと──」
「おばさん‼」
俺を励まそうとするおばさんの気遣いが苦しい。
「ごめん大きな声出して……悠斗には俺のこと言わないで?」
「えっ、瀬菜ちゃん……でも!」
「……お願い……言わないで……お願いだよ」
おばさんは凄く辛そうで悲しみに満ちた瞳で、俺の言葉に落ち込んでいた。
「瀬菜ちゃんは、それでいいの?」
一瞬その言葉にいい訳ないよ……と声を出してしまいそうになるが、コクリと頷き微笑むとみんなにも言っておいてねと伝える。
「それじゃ、俺……学校もあるし……もう行くね!」
「あっ……瀬菜ちゃん! 待って!」
おばさんの呼び止める声も無視し、俺は駆け足で病院を立ち去った。
病院から家には戻らずに学校に直行すると、いつもより少し早く到着した。教室に入ると、村上と珍しく多澤が居た。
「……おはよう。昨日はありがとう」
「瀬菜……お前、今日は休んだらどうだ?」
「王子の容態は? 意識戻ったの?」
「うん」
簡単に返事をすると、村上は安心した様子を見せた。
「おい、瀬菜」
ごまかしたつもりだ。
多澤が俺の顔を上向かせると、鋭い視線を寄越した。
「……お前、なに隠してんだ」
「…………」
「えっ? 隠してるって……王子、やっぱり良くないの?」
視線の鋭さに俺は直視できず瞳を横に流した。
別に隠している訳ではない。それに隠したところでいずれはバレる。
細く息を吐き出すと俺は事実を口にした。
「悠斗は今朝意識が戻った。頭はまだ痛そうだったし、もう少し入院するみたい。話をしたけど普段通りだった。けど……覚えてないんだ」
「覚えていないって……落ちたときのことか?」
「それね……王子が覚えていないと、真相はあやふやになるね」
「確かにな……」
横に首を何度も振り、そうではないと無言で言葉を示す。
何度か口を開閉させ伝えようとするが中々声が出ない。
「瀬菜?」
「ちょっと、柳ちゃん! 顔真っ青」
何度も息を吸い込み、震えた声でやっとこ言葉を吐き出した。
「……ん……あ、違くて……全く……覚えてない……。名前も顔も……思い出も、なにも……覚えていない……」
廊下に出るとおばさんと担当医の話しを遮り、まだ誰も知らない事実を口にした。
「先生! あの、悠斗……覚えていないんだ」
「瀬菜ちゃん?」
「瀬菜? ああ、キミ柳さんのとこの息子さんか。覚えていないってどういう意味だい?」
唇を噛み締め喉に詰まるものを押し出す。
「……俺のこと、知らないみたい。先生、悠斗は本当に問題ないの?」
おばさんは俺の話を聞き青い顔で驚きを見せていた。
「なるほど……一部のことを忘れてしまっている。解離性健忘……いわゆる記憶喪失かもしれないな。その場合、私の管轄外だ。身体的な損傷よりも、ここ……心の問題になるからね。検査項目に精神療法も追加するように打診しておくか……。教えてくれてありがとうね」
先生は最後のほうはひとり言のようにブツブツと呟き、専門用語を並べていた。それがなんなのか俺には理解ができなかった。ただ、理解できた内容もあった……。
「瀬菜ちゃん……本当に悠くんは瀬菜ちゃんのこと覚えていないの?」
「うん……俺のこと全く思い出せないって……」
「信じられない……悠くんに話せばきっとすぐに……だって悠くんは瀬菜ちゃんのこと──」
「おばさん‼」
俺を励まそうとするおばさんの気遣いが苦しい。
「ごめん大きな声出して……悠斗には俺のこと言わないで?」
「えっ、瀬菜ちゃん……でも!」
「……お願い……言わないで……お願いだよ」
おばさんは凄く辛そうで悲しみに満ちた瞳で、俺の言葉に落ち込んでいた。
「瀬菜ちゃんは、それでいいの?」
一瞬その言葉にいい訳ないよ……と声を出してしまいそうになるが、コクリと頷き微笑むとみんなにも言っておいてねと伝える。
「それじゃ、俺……学校もあるし……もう行くね!」
「あっ……瀬菜ちゃん! 待って!」
おばさんの呼び止める声も無視し、俺は駆け足で病院を立ち去った。
病院から家には戻らずに学校に直行すると、いつもより少し早く到着した。教室に入ると、村上と珍しく多澤が居た。
「……おはよう。昨日はありがとう」
「瀬菜……お前、今日は休んだらどうだ?」
「王子の容態は? 意識戻ったの?」
「うん」
簡単に返事をすると、村上は安心した様子を見せた。
「おい、瀬菜」
ごまかしたつもりだ。
多澤が俺の顔を上向かせると、鋭い視線を寄越した。
「……お前、なに隠してんだ」
「…………」
「えっ? 隠してるって……王子、やっぱり良くないの?」
視線の鋭さに俺は直視できず瞳を横に流した。
別に隠している訳ではない。それに隠したところでいずれはバレる。
細く息を吐き出すと俺は事実を口にした。
「悠斗は今朝意識が戻った。頭はまだ痛そうだったし、もう少し入院するみたい。話をしたけど普段通りだった。けど……覚えてないんだ」
「覚えていないって……落ちたときのことか?」
「それね……王子が覚えていないと、真相はあやふやになるね」
「確かにな……」
横に首を何度も振り、そうではないと無言で言葉を示す。
何度か口を開閉させ伝えようとするが中々声が出ない。
「瀬菜?」
「ちょっと、柳ちゃん! 顔真っ青」
何度も息を吸い込み、震えた声でやっとこ言葉を吐き出した。
「……ん……あ、違くて……全く……覚えてない……。名前も顔も……思い出も、なにも……覚えていない……」
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