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人が少ない方へと逃げ回っている内にリリアはいつのまにか広場の方に近づいていた。
「ねーねーなんでこそこそしてるのー?」
めいめいに祭りを楽しんでいた大精霊達も、日が落ちてしばらくするとリリアの側に集まっていた。
「人間には人間のルールがあるんだろうさ」
「なにそれー! どういうことー?」
「どういう事かまでは知らないねぇ。ただそういうもんがあるって事だけ知ってる」
精霊からすれば煩わしい事は全て力で押し通せばいい、というのが普通の考えだ。
街一つ滅んだところで、いや国が滅んだとしても世界全体への影響はそう多くはない。
世界は常に循環し傷つきながら回復しているのだ。
種族ごと滅ぶような寒さも干上がるような暑さも乗り越えて今の生物は繁栄している。
だが生物には生物の生活や文化がある。
水の精霊ウォネロや火の精霊フォティアは人の営みを近くで見てきたからこそ、リリアの行動も理解は出来ずとも納得はしている。
ただアエラスは自由の象徴のような風精霊だ。
人のルールについては特別ピンとこないのだろう。
さらに人の世から離れていた精霊王ともなると、リリアに従うか強制的に小屋に連れ戻すかしか選択肢がなかった。
(先に小屋に戻っていていい、って言ったらすごい空気になっちゃったのよね)
「あら?」
広場の周囲に生えている木の陰から様子をうかがっているとドレスを着た女の子が飛び出してきた。
あの見覚えのあるドレスと赤毛は。
「キャロル?」
リリアは茂みから出てキャロルを追いかけ、町の人が追いかけてくるのをやめさせてもらおうと思った。
しかし次の瞬間、キャロルの言葉に耳を疑う。
「無加護が花冠を盗んだのよ!」
「何よそれ……」
あまりにもひどい内容にリリアは憤った。
「花冠なんか知らないわよ。キャロルがここまでするなんて……」
元々小さな嘘やいじわるでリリアのせいにされる事はあった。
だが、この状況で花冠を盗んだなど吹聴されると収拾がつかなくなる事は彼女にだって分かっているだろう。
(……分かっているからこそやっているのかしら)
事実、すでに周囲の村人達の気配は過熱気味だ。
花冠はおそらく大切なものなのだとリリアも流石に分かっていた。
その時すぐ近くを村の夫婦が通りすぎる。
「無加護のやつ、花冠なんか盗んでどうしようってんだ。あれは精霊に愛された証なのにな」
「そりゃあ無加護とはいえ花乙女に憧れるんだろ。私もそうだったけどね。祝福されなかったからって今更ヤケになったのかもよ。花冠だけあっても仕方ないのにね」
「手に入らないものだからいっそ……って事なのかねえ。無加護の考える事は分からんから怖いもんだよ」
リリアには気づかなかったようだが、どこまでも馬鹿にした言い方だ。
蔑みと悪意で出来た言葉の矢は、確実にリリアを貫いていた。
「リリア」
俯いたリリアの肩を抱いて頃合いだろう、とエレスが告げる。
リリアの意思を尊重したい精霊王にはどうにもできない。
(悔しい)
自分では何一つ解決できなかった。
花精霊祭は楽しかった。
リリアはこぶしを握り締める。
目元のレース一枚で変わる街の人々の陽気な優しさを知った。
そして同時にそれが永遠に手に入らないのだとも思い知った。
(このままだと、あの小屋にも人が来るかもしれない)
そうなればまた新しい住処を探さなければならない。
だがあるのだろうか、そんな都合の良い場所が。
半ばぼんやりとそう考えていると今度はまた別の声が広場に響いた。
「キャロル、おい!」
ブライアンは白くゆったりとした衣装を脱ぎ捨てながらキャロルを追いかけていた。
走ってくる想い人の姿を見たキャロルは思わず足を止めて笑う。
「ブライアン!?」
「ねーねーなんでこそこそしてるのー?」
めいめいに祭りを楽しんでいた大精霊達も、日が落ちてしばらくするとリリアの側に集まっていた。
「人間には人間のルールがあるんだろうさ」
「なにそれー! どういうことー?」
「どういう事かまでは知らないねぇ。ただそういうもんがあるって事だけ知ってる」
精霊からすれば煩わしい事は全て力で押し通せばいい、というのが普通の考えだ。
街一つ滅んだところで、いや国が滅んだとしても世界全体への影響はそう多くはない。
世界は常に循環し傷つきながら回復しているのだ。
種族ごと滅ぶような寒さも干上がるような暑さも乗り越えて今の生物は繁栄している。
だが生物には生物の生活や文化がある。
水の精霊ウォネロや火の精霊フォティアは人の営みを近くで見てきたからこそ、リリアの行動も理解は出来ずとも納得はしている。
ただアエラスは自由の象徴のような風精霊だ。
人のルールについては特別ピンとこないのだろう。
さらに人の世から離れていた精霊王ともなると、リリアに従うか強制的に小屋に連れ戻すかしか選択肢がなかった。
(先に小屋に戻っていていい、って言ったらすごい空気になっちゃったのよね)
「あら?」
広場の周囲に生えている木の陰から様子をうかがっているとドレスを着た女の子が飛び出してきた。
あの見覚えのあるドレスと赤毛は。
「キャロル?」
リリアは茂みから出てキャロルを追いかけ、町の人が追いかけてくるのをやめさせてもらおうと思った。
しかし次の瞬間、キャロルの言葉に耳を疑う。
「無加護が花冠を盗んだのよ!」
「何よそれ……」
あまりにもひどい内容にリリアは憤った。
「花冠なんか知らないわよ。キャロルがここまでするなんて……」
元々小さな嘘やいじわるでリリアのせいにされる事はあった。
だが、この状況で花冠を盗んだなど吹聴されると収拾がつかなくなる事は彼女にだって分かっているだろう。
(……分かっているからこそやっているのかしら)
事実、すでに周囲の村人達の気配は過熱気味だ。
花冠はおそらく大切なものなのだとリリアも流石に分かっていた。
その時すぐ近くを村の夫婦が通りすぎる。
「無加護のやつ、花冠なんか盗んでどうしようってんだ。あれは精霊に愛された証なのにな」
「そりゃあ無加護とはいえ花乙女に憧れるんだろ。私もそうだったけどね。祝福されなかったからって今更ヤケになったのかもよ。花冠だけあっても仕方ないのにね」
「手に入らないものだからいっそ……って事なのかねえ。無加護の考える事は分からんから怖いもんだよ」
リリアには気づかなかったようだが、どこまでも馬鹿にした言い方だ。
蔑みと悪意で出来た言葉の矢は、確実にリリアを貫いていた。
「リリア」
俯いたリリアの肩を抱いて頃合いだろう、とエレスが告げる。
リリアの意思を尊重したい精霊王にはどうにもできない。
(悔しい)
自分では何一つ解決できなかった。
花精霊祭は楽しかった。
リリアはこぶしを握り締める。
目元のレース一枚で変わる街の人々の陽気な優しさを知った。
そして同時にそれが永遠に手に入らないのだとも思い知った。
(このままだと、あの小屋にも人が来るかもしれない)
そうなればまた新しい住処を探さなければならない。
だがあるのだろうか、そんな都合の良い場所が。
半ばぼんやりとそう考えていると今度はまた別の声が広場に響いた。
「キャロル、おい!」
ブライアンは白くゆったりとした衣装を脱ぎ捨てながらキャロルを追いかけていた。
走ってくる想い人の姿を見たキャロルは思わず足を止めて笑う。
「ブライアン!?」
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