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(花精霊祭の事は正直気になるわよ。……でも、村での自分は絶対に知られたくない)

ドレスがないのは、精霊達にもリリア自身にも都合の良い言い訳だった。
精霊達はたやすく自然を操るが、丁寧に糸を重ねる刺繍やレース、石の加工は出来ない。
畑の作物を売ればお金は手に入るかもしれないが、お祭りの直前になるとどの針子も大忙しで新しい服を用立てる事は出来ないのだ。
そもそも花精霊祭は明日であり、一から仕立てるほど時間もなければ吊るしドレスも出払っているはずである。

リリアだけが小屋に残るという事になれば、エレスをはじめ精霊達が納得しないだろうとは思っていた。
だが、ドレスのようなどうしようもない理由があれば割り切って花精霊祭を楽しめるかもしれない。
そしてリリアも、自分を納得させることが出来るのだ。

静まり返った小屋の中で、怯えたように縮こまっていたブライアンが、口を開いてぽつりと呟いた。

「……ドレスなら、ある」

「え? 誰の?」

思わずリリアは聞き返してしまった。

「お前のだよ! ドレスならあるんだ。リリアのものを、用意してる。寸法はキャロルのものだけど大体同じサイズだと思うし。だから、参加するのに問題はないだろ」

リリアとエレス、精霊達は顔を見合わせる。
ブライアンがドレスを用意している理由が分からなかったからだ。

「……リリアにドレスが無いのは知ってる。俺の家は仕立て屋だから、忙しくない時期にこっそり作らせたんだよ。本当なら今年、俺とリリアが精霊として村中から祝福されるはずだったのに」

特別に仕立てたドレスでリリアを美しく着飾り、精霊王として花乙女を迎える。
祭りの最中、誰も文句など言えないだろう。

それがブライアンの計画だった。
リリアが孤児院を出ていったのも、万が一にも他の男に取られる心配がなくなってむしろ安心していたのだ。

精霊王が今更になってリリアを祝福するなんて、誰が想像できるだろう。

精霊王は世界が形作られ巡りだしたのを見届けると天空の精霊領で永き眠りについたはずだ。
少なくともブライアンはそう精霊教会で学んだし、誰もが知る一般常識だ。

こんなはずではなかったのだ。
だが、目の前の存在は精霊王としか思えないし、精霊教会の絵とも特徴は似ている。
もちろん、絵より本物の方が美しく威圧的であった。

実際今目の前にしていても気を抜くとブライアンは気を失いそうになる。
なんでリリアは平気そうにしているのか、ブライアンには全く分からない。
祝福された、と言っていたがそのせいなのだろうか。

「ドレスがあるならお祭りに行けるんじゃないかい? 私らは普通の人間には見えないように出来るし」

フォティアが苦笑しながら提案する。
アエラスを落ち着かせようとしての事だが、行けるかもしれないと分かったアエラスはむしろさらに暴れ始めた。

「行きたい行きたい行ーこーうーよー!」

小屋の中でちょっとしたつむじ風や突風が吹き荒れる。
リリアの事は精霊王が守っているのか、被害を受けているのはブライアンのみだ。

「気になるなら遠慮せずに行って来ていいのよ?」

「やだー! ボクはリリアと一緒に行きたい!」

アエラスはつぶらな瞳を潤ませてリリアを見つめる。

「お祭り楽しいよ? ボク、リリアと一緒だともっと楽しくなると思うんだ! リリアはボク達と一緒に行くのイヤ?」

今にも泣きだしそうな調子で言われるとリリアも弱い。
どうすればいいのか分からず言葉に詰まってしまう。

「ああそれと」

ウォネロがコホンを咳払いをする。

「もう食料が明日の分しかありません」

「あ」

確かに小屋にある食料はもう底をついていた。
精霊達に喜んでもらえるようにといつも作っていたものより豪勢にしていたから、食糧管理を見誤っていたのだ。
高級な果物や野にある物であればエレス達が持ってきてくれる。
だが調味料や小麦などの加工品は流石に村で調達しなければならない。

「じゃあ……買いに行かないと、いけないわね」

幸いにして花精霊祭が盛り上がるのは日暮れ後だ。
日の出ている内に村へ行って戻れば村へもあまり迷惑にならないだろう。
それに、祭の日は色々安くなったり珍しい食材が並んだりするらしいのだ。
そう考えて、リリアはついに折れた。

(決して、花精霊祭に行きたいとかじゃないわよ)

「わーい! じゃあ明日行こうよ! ねっ!」

「良かったですねえアエラス」

「その代わり目立たないようにすること。あと私の言う事は聞いてもらうわよ」

こうしてヴァスリオ王国の南の端にある村では、花精霊祭に精霊王と花乙女、そして大精霊達が参加することになったのであった。
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