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「……精霊を恨んでいるか?」

「え?」

おそらくそれがエレスの一番知りたかったことらしかった。

エレスはあくまで穏やかに微笑んだままだ。
それはリリアが素直に恨み節を吐けるようにというエレスなりの配慮なのだろう。
思う存分罵れるように。

だからリリアは素直な気持ちを口にした。

「……分からないの」

自分の境遇の原因についてエレスに明かされても、リリアにはいまいちピンとこなかった。

「私はエレスへのご馳走として無加護だったのよね。そのせいで異端視されて大変な事もあった。本当はもっと違う人生だって可能性はあったはずで、エレスの寝起きが悪いせいで危うく死ぬ所だった」

「そうだな」

エレスの美しい手はリリアの手をすっぽり覆う程大きい。
指先一つで大男をどうにでもしてしまえる手が、今はひどく不安定に思えた。

ふっとそのまま風にかき消えてしまいそうな。

リリアはエレスを繋ぎとめるように、空いている方の手をエレスの手に重ねる。
そしてリリアはエレスの目を夜空の瞳で見つめた。

覚悟を決める。


「恨まないわ」

リリアの凛とした声が丘に響く。

「なぜだ?」

この世界で最も偉大で貴ばれる精霊王、エレス。
そんな彼が断罪を待つ囚人のような顔をしている。

不遜な王のようで、素直な子犬のようで、まっすぐな精霊王はリリアを見る。

リリアは所詮、人間の一人でしかない。
精霊王が聞くなと言えば聞けないし、ちょっとした嘘をついて騙す事なんて造作もないはずだ。

だからこそ、正直に全てを話した事がリリアに対して誠実であろうとしている証だと思えた。

「確かにひどい目にあってきたと思うわよ。加護がないのは仕方ない事だと納得していたけど、どうして私だけって思ったりもしたわ。
でも、私に辛くあたったのは精霊じゃない。私が無加護なのは精霊の事情でも、それで私が大変な思いをしたのは人間の事情よ。そうでしょ?
私は精霊から何もされてないわ。まあ……それに関しては良くも悪くもって所だけど」

だから、精霊を恨んでいるかと聞かれてもリリアにはよく分からなかった。
あまりにも遠い世界の話だったものが急に目の前に現れて選択肢が出来た。

(だったら自分が苦しくない方を選びたい)

「リリアはそれでいいのか?」

「そりゃ、やろうと思えばエレス達のせいだって恨む事は出来るわ。でも加護をありがたがってるのは、それこそ人間の勝手だもの。私だって精霊の勉強してこなかったわけだし、お寝坊さんと不真面目で丁度いいと思わない?」

「リリア……」

「山賊に殺されそうなのだって、助けてくれたじゃない」

「どうして許せる。全ての原因は私たちにあると詰ってもいいんだが」

まだ思う所のありそうな精霊王に、リリアは困ったように笑う。

「こうして今エレスに会えたんだもの。私は幸福だわ。それでもご不満なら」

そこまで言って、リリアはしまった、と思った。
不安そうなエレスを元気づけようとしてつい余計な事まで口をついて出てしまいそうだった。
いやすでに半分出てしまっていたが。

「不満なら?」

だがエレスが不思議そうに見つめてくるのですう、と息を吸い込む。
覚悟を決める。

「……15年分のお釣りが来るくらい、これからの私を祝福してちょうだい」

それは今までのリリアでは考えられない程大胆なお願いだった。
だがエレスはそこでようやくほっとしたように力を抜く。

さらりとエレスの髪が流れるのを見た直後、リリアの視界がエレスの着ているローブのようなものの白色に覆われた。
エレスの腕が壊れものを扱うようにそっと背中に回るのを感じたリリアは、抱きしめられているのだとやっと理解する。

微かな甘い花の香りと、夜明けの心地良い空気に包まれているような心地だ。
だがどうしたらいいのか分からずリリアは硬直してしまう。

「私の乙女リリア。幸せにすると誓う」

耳元で炎のように熱い言葉が甘く響いた。
その熱にあてられたようにじんわりとリリアの心も温まる。

「ありがとうエレス……」

顔の熱に気づき身じろぎして丘を見る。
自分を抱き込む精霊王の隙間から、日が傾きかけてリリアの頬を赤く照らしていた。
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