上 下
22 / 77

21

しおりを挟む
「乙女の手は」

と、エレスはまたリリアの手を包み取る。

改めて見ると白くしなやかで傷一つない、芸術品のようなエレスの手に、細かい傷だらけで皮膚の厚い自分の手が収まっているのは居心地が悪かった。
ひっこめようとしたが、リリアの手を包む力は意外な程強く、全く離してくれない。

「リリアのこの小さな手は精霊を喜ばせる料理を作りだす。
……我々精霊は料理や芸術のような、いわゆる創作が大いに苦手だ。普通の精霊にはほぼ出来ないと思ってもらっても良い。種さえあれば何かを育む事は出来る。だが意思による加工や工夫は我々精霊にとって憧憬にあたる行いだ」

「でも精霊の司る自然は素晴らしい情景や奇跡を生み出していると思うわ」

「それは例えば、精霊が歩いたり集まったりした結果にすぎない。むしろ、精霊の気紛れにも美を見出す人間の感性は非常に好ましい」

「そ、そうなの?」

(とりあえずいい加減手を離してもらえないかしら)

美丈夫に手を握られて熱っぽく見つめられると、とにかくドキドキして気持ちの座りが悪い。
触れ合いに対する免疫が無さすぎて情けなくなるリリアだ。

「リリアの料理は優しい気持ちに溢れている。誰かの為にと創意工夫した思いやりの気持ちを感じた。私を思い浮かべて作ってくれたのだろう。祈りの想いが伝わってくる」

「何を考えて作っていたのかも分かるの?」

エレスの事を考えて作っていました、と白状したようなものだがリリアは気づかなかった。
勿論、とエレスは肯定する。

「それに食材も大切にしてきたんだろう。料理の全てが喜びに溢れ美しく輝いていた」

うっとりと、エレスは低い声で歌うようにリリアに告げる。
リリアからしてみれば普通の料理だ。
王宮料理人どころか酒場の主が作ったわけでもなんでもない、ただの無加護の小娘の料理だ。
美しく輝いているとすればむしろ目の前のエレス自体だけれど、と訝しむ。

「リリアには見えないかもしれないが、さっきの料理につられてここに精霊が集まろうとしていた。
小さな精霊だったが、もしあのまま食べずに眺めていたら大精霊も来ていたかもしれんな」

エレスの言葉にチクリとリリアの胸が痛む。

「……それっておかしいわ」

「何がだ?」

胸の痛みがそのまま口に出てしまった。

「だって私、無加護なのよ?もしエレスの言うように、その、精霊に気に入ってもらえるような料理が作れるのなら、どうして……」

(どうして今まで祝福されなかったの?)

最後の言葉はトゲだらけで、リリアを傷つけながら喉に詰まって言えなかった。
代わりに目に涙がにじむ。

ずっと加護さえあればと思い続けていた。
辛いのもひどい目にあうのも、精霊に愛されないから、嫌われているから仕方ない仕打ちなのだと。

それなのに今更愛されていると聞かされても全く信じられなかった。

「……そうだな」

エレスは切なく瞬く瞳を伏せ、立ちあがって繋いだ手でリリアを優しく外へ誘導する。
強い力ではなかったが穏やかな春の日差しに誘われるようで抗えない。

泣き顔を見られないようにうつむいて、導かれるままリリアは外に出た。

「精霊は基本的にどこにでもいてどこにもいない。精霊王や大精霊という例外はあるがな」

二人は手を握ったまま森を進む。

「我々精霊は常に微睡んでいるようなものだ。眠りながら時折新しい命の輝きに誘われ、気が向けば祝福をする。
祝福は一度だけ。魂は真っ白な布が染められるように、最初に口づけた精霊の加護を得る」

リリアの気持ちと裏腹に森は心地良かった。
水気を含んだひんやりした空気とちらちらと揺れる暖かな木漏れ日。
ふかふかした土は足を乗せる度に僅かに沈んで身体を受け止めてくれる。
そしてエレスの穏やかで低い声が、風に乗って響いていた。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

処理中です...