上 下
12 / 77

11

しおりを挟む
今日はもう寝てしまおう。

精霊王からその言葉が出た時、リリアはなんとも不思議な心地がした。

「精霊様も睡眠を必要とされるのですね」

「精霊体の時はそうでもない。だが今は人の形をとっているからな」

そういうものなのだろうか。

もしかしたらそういう事も精霊教会で学ぶのかもしれないが、リリアには分からない事だった。

そんな事より問題は。

ベッドはあれ一つね……。

リリアはこっそり頭を抱えた。

木製の簡素な一人用ベッドは小屋より後に持ち込まれたのか、まだ使える状態だった。
運んできたシーツや布団を敷けば問題なく眠れるだろう。

勿論リリアが使うわけにはいかない。
床で眠るのに慣れていて良かったとリリアは思う。

だが一般的なサイズのベッドは長身の精霊王にとってもギリギリのように思える。

大きめのベッドを用意しなくちゃね。

早くもリリアのスローライフの目標が出来たのだった。



持ってきた寝具は簡素なもので、孤児院で散々してきたベッドメイキングはすぐに終わった。

「それでは私は床で寝ますね」

灯りが多いおかげで小屋の中はほんのり暖かい。これなら凍えて眠る事もないだろう。
それにリリアは凍えてでも眠らなければならない時がある事を知っているので何の問題もなかった。

「なぜだ?人間はベッドで寝るだろう」

「精霊王を床で寝かせるわけにはいきません!」

「なるほど。床の方が良い、というわけではないのだな」

「はい。私はどこでも眠れますので」

「どこでも、か」

にやりと精霊王は笑う。
そしてゆっくりとリリアに近づき腰を取った。

「へっ?」

あっと思う間もなくリリアは後ろから抱き留められベッドへ横になっていた。


「えっ?ええっ!?」

美貌の精霊王はしなやかですらりと細身な印象だったが、抱きしめられると力強い腕をしている事が分かる。
誰かに抱きしめられたことなどなかったリリアはただただ混乱した。
心臓がバクバクと、信じられないくらい暴れている。

(どういう状況なの、これ……!?)

横向きに寝かされたリリアは後ろから抱きしめられていた。

「どこでもいいのなら、私の腕の中でも文句はないな」

「そんなっ……!」

背中から高めの体温を感じる。
呼吸を忘れていたのか急に苦しくなり、慌てて息を吐いて吸い込むとふわりと甘い花の香りがした。

精霊王は固まってしまったリリアにお構いなしだ。
後ろから腕を回しリリアの手に自分の手を重ねる。

どんな状態でも眠れるリリアだったが、今日は眠れる気がしなかった。

婚前に男性と眠るなんてそんな、こんなところを見られたらふしだらな女だって思われる!

冷静に考えてみれば、この状況を見るような人はいないから問題はない。
だがこの国の貞操観念はリリアにもしっかりと根付いていた。
戸惑いと混乱に襲われる。

今まで煌々と灯っていた灯りがすっと消えた。精霊王だろう。
視界が闇に包まれると、今まで意識していなかった森のざわめきや鳥の声が改めて聞こえた。

そもそもなぜ精霊王に抱かれ、同じベッドにいるのだろう。
リリアは考えたくなくて他の事を考え出す。

孤児院ではいつも人の気配がしていたのね。

夜遅くに院長の目を盗んで行われる子供たちのイタズラや話し声。
酔っ払ったおじさん達が道を間違えて孤児院まで来ては奥さんに怒られながら一緒に帰っていく様子。
それらをリリアは屋根裏で聞いていた。

喧騒の中にいると気づかなかったが、一人でいる事はこんなにも静かなのだ。

(いえ、一人じゃないわね)

自分を軽々と抱き上げた腕を改めて意識する。
腕はまだリリアをしっかりと抱きしめて少しの身じろぎ程度では解けそうにない。

リリアが落ち着くのを待っていたのか、精霊王が背中から語りかける。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

処理中です...