84 / 89
頼もしい腕
しおりを挟む
そこにはフランシスがいた。
さっきまでイヴェットを殺そうとしていた男の頭と手を踏んで動きを抑えている。
「くっ」
状況を理解したのか、もう一人の男は逃げ出そうとした。
フランシスは即座に小さなナイフを取り出し、その背に投げつける。
「いでええっ!」
フランシスの手から放たれたナイフは見事に男の肩口に命中した。
男はのたうち回り、這うように距離を取ろうとしている。
しかし無駄な抵抗だろう。
騒ぎを聞きつけた神殿護衛官やフランシスと一緒に待機していたのだろう近衛騎士たちがあっという間に駆けつけて取り押さえた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとうございます……」
男を引き渡したフランシスがイヴェットのもとに駆け寄る。
気遣われて初めて、詰めていた息を吐いた。どっと疲れと安堵に襲われてくらりとめまいがする。
ぎゅうぎゅうに集まっていた頭の血流が一気に解放されたかのような急激な変化だった。
足に力が入らず倒れ込みかけたところで、力強い手に腰を添えられた。
「大丈夫ですか?」
「あ……」
手の主はフランシスだった。
腕一本でイヴェットを見事にイヴェットを支えている。
爽やかな容姿とスマートな振舞いから想像もしていなかった力強さだ。
思いがけない一面にイヴェットは思わず頬が熱くなるのを感じた。
(フランシス様って、意外と力があるのね)
現役近衛騎士隊長に対する感想ではないのだが、イヴェットの周囲にいた男性といえば穏やかな父やあのヘクターである。
逞しい腕など、存在は知っていてもまったく触れてこなかったのだ。
結果、強さに対しての想像力は乏しく、腕1つで己が倒れずに済んだことに純粋に驚いたのだ。
胸が弾んだ気がしたが、イヴェットは気のせいだと思う事にした。
(はじめての事で驚いてしまったのね。私もまだまだだわ)
「大丈夫ですわ。重ね重ねありがとうございます」
震える足をなんとか叱咤し、フランシスの腕から逃れる。
周囲では悪漢を取り押さえ終え、移送についての相談をしていた。
「被害者の方は……」
護衛官がイヴェットに事情を聞こうとイヴェットに話しかける。
イヴェットは正直なところ、今すぐ帰って安心したかった。とはいえそうもいかない。
「はい、私で……」
口を開いたイヴェットをフランシスが優しく眼差しで制した。
「被害者は彼女だ。しかし今日の神聖裁判が終わった直後にこのような事が起こって消耗している」
「あ、ああそういえば」
「申し遅れたが私は近衛騎士団長フランシス・コルボーン。向こうにいる騎士団員に聞けば分かるはずだ。まずは彼女を休ませたい。落ち着き次第仔細は追ってそちらに送る。いいな?」
「は、はい」
団長モードのフランシスはそのまま何があったかを説明し聴取がイヴェットに向かないようにした。
身分の確認も取れたので解放されたらしく新しく呼び寄せた街馬車に共に乗り込む。
その間イヴェットはぼんやりとしていた。
(2回目で分かったけれど、殺されるときって本当に現実味がないのね。……そんなこと知りたくなかったわ)
揺れる馬車の中で外を見ながら考える。
両親が生きていれば思い切り抱きついてわんわん泣いてしまいたいくらいだが、両親はいない。
それどころか今はイヴェットが当主だ。
(これで挫けずにしっかりしないと)
「今日はせめて、念のため今までの離宮で過ごしてほしいのですがどうでしょうか」
「離宮に……?」
「はい」
さっきまでイヴェットを殺そうとしていた男の頭と手を踏んで動きを抑えている。
「くっ」
状況を理解したのか、もう一人の男は逃げ出そうとした。
フランシスは即座に小さなナイフを取り出し、その背に投げつける。
「いでええっ!」
フランシスの手から放たれたナイフは見事に男の肩口に命中した。
男はのたうち回り、這うように距離を取ろうとしている。
しかし無駄な抵抗だろう。
騒ぎを聞きつけた神殿護衛官やフランシスと一緒に待機していたのだろう近衛騎士たちがあっという間に駆けつけて取り押さえた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとうございます……」
男を引き渡したフランシスがイヴェットのもとに駆け寄る。
気遣われて初めて、詰めていた息を吐いた。どっと疲れと安堵に襲われてくらりとめまいがする。
ぎゅうぎゅうに集まっていた頭の血流が一気に解放されたかのような急激な変化だった。
足に力が入らず倒れ込みかけたところで、力強い手に腰を添えられた。
「大丈夫ですか?」
「あ……」
手の主はフランシスだった。
腕一本でイヴェットを見事にイヴェットを支えている。
爽やかな容姿とスマートな振舞いから想像もしていなかった力強さだ。
思いがけない一面にイヴェットは思わず頬が熱くなるのを感じた。
(フランシス様って、意外と力があるのね)
現役近衛騎士隊長に対する感想ではないのだが、イヴェットの周囲にいた男性といえば穏やかな父やあのヘクターである。
逞しい腕など、存在は知っていてもまったく触れてこなかったのだ。
結果、強さに対しての想像力は乏しく、腕1つで己が倒れずに済んだことに純粋に驚いたのだ。
胸が弾んだ気がしたが、イヴェットは気のせいだと思う事にした。
(はじめての事で驚いてしまったのね。私もまだまだだわ)
「大丈夫ですわ。重ね重ねありがとうございます」
震える足をなんとか叱咤し、フランシスの腕から逃れる。
周囲では悪漢を取り押さえ終え、移送についての相談をしていた。
「被害者の方は……」
護衛官がイヴェットに事情を聞こうとイヴェットに話しかける。
イヴェットは正直なところ、今すぐ帰って安心したかった。とはいえそうもいかない。
「はい、私で……」
口を開いたイヴェットをフランシスが優しく眼差しで制した。
「被害者は彼女だ。しかし今日の神聖裁判が終わった直後にこのような事が起こって消耗している」
「あ、ああそういえば」
「申し遅れたが私は近衛騎士団長フランシス・コルボーン。向こうにいる騎士団員に聞けば分かるはずだ。まずは彼女を休ませたい。落ち着き次第仔細は追ってそちらに送る。いいな?」
「は、はい」
団長モードのフランシスはそのまま何があったかを説明し聴取がイヴェットに向かないようにした。
身分の確認も取れたので解放されたらしく新しく呼び寄せた街馬車に共に乗り込む。
その間イヴェットはぼんやりとしていた。
(2回目で分かったけれど、殺されるときって本当に現実味がないのね。……そんなこと知りたくなかったわ)
揺れる馬車の中で外を見ながら考える。
両親が生きていれば思い切り抱きついてわんわん泣いてしまいたいくらいだが、両親はいない。
それどころか今はイヴェットが当主だ。
(これで挫けずにしっかりしないと)
「今日はせめて、念のため今までの離宮で過ごしてほしいのですがどうでしょうか」
「離宮に……?」
「はい」
12
お気に入りに追加
1,109
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる