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ピスカートルを去りぬ
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帰りには通りをトレイシーと共に歩く。
使用人たちへのお土産をそれぞれ見繕っていた。
ダーリーン達がいなくなったので荷物を想定より多く積めるのは幸運かもしれない。
露店を眺めていると声をかけられた。
「イヴェット様……」
「フランシス様。ごきげんよう」
若干息が切れて額にうっすら汗がにじんでいる。
(もしかして追いかけてきてくださったのかしら)
何か忘れものでもしただろうか。
しかしフランシスは特に何かを持っている様子でもない。
「明日ここを発つのだと教えてもらいました」
そういえばさっきそんな世間話をしたような気がする。騎士団も討伐が早めに終わったから自由にしているだけで本来の予定であればもう少しで帰るとの事らしい。
「この地で最後の星満ちる夜を、私と共に過ごして頂けませんか」
これでもかというくらい爽やかな笑顔と共に手が差し出される。
(なんだか眩しい方だわ……)
商会員の真面目な(言い換えれば地味な)恰好を見慣れているからだろうか。
それとも身の回りの男性がヘクターや父親だからだろうか。
華やかな隊服に身を包んで、陽光をも味方にしたかのように輝く騎士は別世界の人にも見える。
(きっと彼と歩くピスカートルも楽しいのでしょうね)
だがイヴェットはまだオーダム伯爵夫人だ。
舞踏会やお見舞いといった特殊な場以外で男性と二人きりになるのは気が引けた。
友人と言い張っても傍目から見ればそうは取られない可能性がある。
旅先でも行商人や旅人の目があるかもしれない。
それにイヴェット自身があいまいな線引きを好まないのだ。
「お誘いありがとうございます。でもごめんなさい。今日はもう休む事にしておりますの」
「そう、ですか」
見るからにフランシスは気落ちしていた。
大型犬を思わせる分かりやすさだ。
しかし途中で自分の発言の問題に気付いたのか逆に一人で慌て始める。
「難しい時期のイヴェット様が不利になりそうな状況を作りかけていました。協力すると言ったのに面目ありません……」
「お誘いは嬉しかったですわ。色々と落ち着いた時にまた散策する機会もあると思います。よければその時に」
「フランシス様は絶対イヴェット様に気があると思います!」
帰りの馬車の中でトレイシーは何度もその事を力説していた。
「そんな事ないと思うわ。彼は私に同情しているのよ」
フランシスは優しい人だ。
さらに伯爵家に生まれ育てられている。
貴族の義務として社会的責任の遂行は心身に沁み込んでいる事だろう。
今は騎士として、イヴェットの置かれた状況を哀れんで気にかけてくれるのだ。
それで助けてくれるのだからイヴェットにとっては幸運だった。
騎士団は常に忙しく、正規に手続きを踏んでもそれが議題に上がるのにどれほどかかっただろうか。
心底恐ろしい目にはあったが命の危機という証拠を提示し、それが発言力のある団長に繋がるのであれば色々と省略できる。
フランシスの事は好ましい青年だと思うと同時に打算もあるのだ。
彼の方もイヴェットを気に入っているのだろうがその裏には騎士団長としての責務がある。
(だから好意なんかないのよ)
帰り道はとても平和だった。
御者に道中の名産品を聞けば色々と教えてくれたので素直に体験してみたのだ。
村の隠れた名ワインを楽しんだり少しだけ寄り道して絶景ポイントから景色を楽しむ。
風を浴びて高台から遠くに見える緩やかな海岸線を見ながら、腕に手を重ねる。
掴まれた腕のあざは恐怖の象徴のようにまだ消えないが、ゆっくりと薄くなっていってくれるだろうか。
使用人たちへのお土産をそれぞれ見繕っていた。
ダーリーン達がいなくなったので荷物を想定より多く積めるのは幸運かもしれない。
露店を眺めていると声をかけられた。
「イヴェット様……」
「フランシス様。ごきげんよう」
若干息が切れて額にうっすら汗がにじんでいる。
(もしかして追いかけてきてくださったのかしら)
何か忘れものでもしただろうか。
しかしフランシスは特に何かを持っている様子でもない。
「明日ここを発つのだと教えてもらいました」
そういえばさっきそんな世間話をしたような気がする。騎士団も討伐が早めに終わったから自由にしているだけで本来の予定であればもう少しで帰るとの事らしい。
「この地で最後の星満ちる夜を、私と共に過ごして頂けませんか」
これでもかというくらい爽やかな笑顔と共に手が差し出される。
(なんだか眩しい方だわ……)
商会員の真面目な(言い換えれば地味な)恰好を見慣れているからだろうか。
それとも身の回りの男性がヘクターや父親だからだろうか。
華やかな隊服に身を包んで、陽光をも味方にしたかのように輝く騎士は別世界の人にも見える。
(きっと彼と歩くピスカートルも楽しいのでしょうね)
だがイヴェットはまだオーダム伯爵夫人だ。
舞踏会やお見舞いといった特殊な場以外で男性と二人きりになるのは気が引けた。
友人と言い張っても傍目から見ればそうは取られない可能性がある。
旅先でも行商人や旅人の目があるかもしれない。
それにイヴェット自身があいまいな線引きを好まないのだ。
「お誘いありがとうございます。でもごめんなさい。今日はもう休む事にしておりますの」
「そう、ですか」
見るからにフランシスは気落ちしていた。
大型犬を思わせる分かりやすさだ。
しかし途中で自分の発言の問題に気付いたのか逆に一人で慌て始める。
「難しい時期のイヴェット様が不利になりそうな状況を作りかけていました。協力すると言ったのに面目ありません……」
「お誘いは嬉しかったですわ。色々と落ち着いた時にまた散策する機会もあると思います。よければその時に」
「フランシス様は絶対イヴェット様に気があると思います!」
帰りの馬車の中でトレイシーは何度もその事を力説していた。
「そんな事ないと思うわ。彼は私に同情しているのよ」
フランシスは優しい人だ。
さらに伯爵家に生まれ育てられている。
貴族の義務として社会的責任の遂行は心身に沁み込んでいる事だろう。
今は騎士として、イヴェットの置かれた状況を哀れんで気にかけてくれるのだ。
それで助けてくれるのだからイヴェットにとっては幸運だった。
騎士団は常に忙しく、正規に手続きを踏んでもそれが議題に上がるのにどれほどかかっただろうか。
心底恐ろしい目にはあったが命の危機という証拠を提示し、それが発言力のある団長に繋がるのであれば色々と省略できる。
フランシスの事は好ましい青年だと思うと同時に打算もあるのだ。
彼の方もイヴェットを気に入っているのだろうがその裏には騎士団長としての責務がある。
(だから好意なんかないのよ)
帰り道はとても平和だった。
御者に道中の名産品を聞けば色々と教えてくれたので素直に体験してみたのだ。
村の隠れた名ワインを楽しんだり少しだけ寄り道して絶景ポイントから景色を楽しむ。
風を浴びて高台から遠くに見える緩やかな海岸線を見ながら、腕に手を重ねる。
掴まれた腕のあざは恐怖の象徴のようにまだ消えないが、ゆっくりと薄くなっていってくれるだろうか。
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