黄金竜のいるセカイ

にぎた

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結・黄金竜神物語

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「敵は?」
「中に追い詰めた。一気に攻め入るぞ」
「カウントダウンだ。3、2、1……」
「突入!」

 タイミングを合わせて走り出した子どもたち。
 手には木の枝と、藁で作ったおもちゃの盾。

「いけえ!」
「負けるかー! 応戦だ!」

 乱れる幼き集団。
 勢いのついた棒がひとりの子どもの頭を叩くと、あまりの痛さに彼は泣き出してしまった。

 活気溢れる竜の里セイリンにて、子どもたちが「戦争ごっこ」をして遊んでいる。中には黄色い目をした少年もいた。

「ごめん! 大丈夫!?」
「痛いよぅ……ひどいよぅ」

 打たれた子どもはさらに大きな声で泣き、棒を持った子どもも、「やってしまった」とあたふたしていた。

「どうしたの!?」

 騒ぎを聞き付けてやってきたのは、黄色い目をした銀髪の少女カリンダであった。

「遊んでたら、頭に当たっちゃって……」
「痛いよぅ」

 カリンダは「もう!」と言って、泣いている子どもの頭に手を当ててやった。すると。

「あれ! 痛くない!」

 子どもたちに笑顔が戻る。棒を持っていた少年も、安心したかのように頬を緩ませた。

「もう大丈夫よ。あんたたちも遊ぶのは良いけど、ヤンチャしすぎないようにね」
「はーい!」

 子どもたちは切り替えが早い。無事だと分かった途端、性懲りもなくまた駆け出した。

「たくっ……」

 腰に手を当てて、子どもたちの小さな背中を見つめるカリンダ。

 ただでさえ今日は忙しいのに。



「ただいま参りました」
「姉ちゃん!」

 出迎えてくれたのは、丸っこい鼻をした少年バルと、老師ネムだ。

「遅かったですね」
「途中で子どもたちに会ったんです」
「子ども?」
「遊んでいたら怪我をしてしまったみたいで」
「なるほど。癒してあげていらしたのですね」
「ええ、もちろん叱ってもおきましたよ」

 怖い怖い、とネムが笑い、カリンダも笑ってみせた。
 老師の胸にはもう賢者はいない。あの日以来、綺麗に消えてしまったようで。

「バル、あんたもちゃんと子どもたちを見張っててるのよ」
「えー、僕はもう子どもじゃないのに」
「子どもじゃないからよ。大人が守らないといけないの」

 はーい、とバルが拗ねたような返事をする。

「それよかお姉ちゃん! あれ出来上がったよ!」
「また作ってたの? どうせ今度もボロボロなんでしょ?」
「違うもん! 今度はちゃんも動くもん!」

 意地になってカリンダの腕を掴むバル。彼もまだまだ子どもなのだ。

「分かった分かった。終わったら見に行くから」
「うん! 待ってるね」

 そういうと、そそくさとバルは部屋へ戻っていった。

 竜の里セイリンの大社。パピーたちを匿ったこの建物は、今も家なき者たちの住処となっている。バルもその内のひとりだ。

「皆様は?」
「お揃いです」
「兄も?」

 ネムが頭を振る。
 ウインのことだ。今日はちゃんと出席するように言ったのに。

「ウイン様は、今日も鳥籠に行かれた見たいです」
「はぁ、兄も懲りないわね」
「ご自分でもおっしゃってましたよ。こっちの方が性に合う、と」
「今さら探しても、何も見つからないのに」

 トゲのある言い方をするカリンダを尻目に、老師ネムが大広間のドアを開ける。

 中には6人の老若男女が座っていた。
 各国のトップ。中には女隊長リーや、パピーの王エバーの姿もあった。

「お待たせしました。これで皆揃いましたね」
「ウイン殿は?」
「宝探しさ」

 エバーの問いには、部屋の隅で立っていたブリーゲルが答えた。鎧は着けていない。彼もまた、セイリンを代表する者のひとり。

 ウインも本来はここにいるべき人間なのだ。しかし、彼は頑なに出席をしない。むしろ、セイリンにいることの方が稀だった。

 身体中に着けていた「器」たちも外したのだ。一部の凶悪犯を残し、ほぼすべての魂を解放した。意外にも、パッチが一番名残惜しそうにしていた。カリンダもパッチには助けられた。炎を纏った小熊。結局「寂しくなるぜ」と唾を吐いて、元の体に戻っていったのだけれど。

 黄金竜はかつての姿に戻った。

 崇拝される姿として。しかし、残した爪痕は大きすぎる。憎しみを持ったままの者も大勢いる。そのことを知ってか、黄金竜は身を隠し、人前に現れることはほとんど無くなった。

 そんな竜の痕跡があるのかと、ウインは毎日どこかへ出掛けていく。だが、カリンダは知っていた。探し物は黄金竜ではなく、その先にきっといる、あるひとりの青年なのだということを。

「さぁ、始めましょう」

 今日は月に一度の各国会議だ。

 セカイを再建するために、過去は忘れて手を取り合いましょうと始めたこの会議も、今では復興の進捗と、あくびが出るような各国の自慢話くらいしかなかった。

 大きな天窓を小鳥たちがつつく。

 暖かな青空が広がるずっと遠くの方で、今日も黄金竜は飛んでいるのだろう。



 バルの部屋の扉を叩くと、すぐに「はーい!」と返事があった。

「お待たせ」
「もう終わったの?」
「ええ、みんな帰ったわ」
「ちぇっ、エバーと遊びたかったのに……」
「エバー様でしょう」

 ペチンとバルの額を叩くと、「はーい」とまた拗ねてみせた。

「それで? 完成したんでしょう?」
「そうだ! そうだ!」

 尖らせていた口を綻ばせて、バルは机にあったそれをカリンダに見せた。

 金色に輝く懐中時計。

 実は黄金竜は、一度だけ鱗を落としたことがあった。それが、この懐中時計だった。それも完成版の。元々の心臓だった物だ。

 落ちた衝撃なのか、原型は留めておらず辺りに細かな破片が散らばっていた。

 回収したものの、カリンダたちにはそれが何かわからなかった。しかし、バルだけは知っていた。大都市オルストンへ続く草原で、一度だけ見せてもらったから。

 似ている。「あの人」が持っていた物と。

 バルは皆の反対をおしきって、自分が動かせるようにすると持ち帰ったのだ。カリンダもそれを認めた。みんなには秘密にする、という約束で。

 バルは暇さえあれば懐中時計を組み立てていた。部品もそうだが、器具もない。だから工具を自作しては、「あの人」に見せてもらった解体作業を思い出しながら、試行錯誤していたのだ。

 時には、ノリータに帰ってしまったアンデッドの親友ウタにも手伝ってもらった。ウタは手先が器用だったから。

 そして、これが七回目の完成であった。

「でも動かないじゃない?」
「あれ? さっきは動いてたのに」

 決して良い出来ではないものの、かろうじて時計と判別がつくくらいには形は整っていた。

「また失敗ね」

 元気だしな、とカリンダがバルの肩を叩く。

「ちぇっ……」

 それから、バルは懐中時計をしばらく見つめた後、罰が悪そうにカリンダから目をそらして呟いた。

「姉ちゃんのそれを見せてくれたら、何か分かるかもしれないのに……」

 バルの指差す先は、カリンダの左腕――綺麗な青色をした、腕時計だった。

「だめよ! これは……」

 カリンダはとっさに腕時計を隠した。

 これは、「あの人」が――ヒカルがくれた大切な物だから。

 ヒカル。君は帰っちゃった。本当にもう会えない……のよね。

 神妙な顔で俯くカリンダを前に、バルは「同じ原理だと思うんだけどなぁ」と懐中時計を耳元で軽く振ってみた。

 中でカランカランと音が聞こえる。やはり部品がまだ足りないのか……と、時計を机に置こうとしたその時――。

 カチリ、と音が聞こえた。

「あ! 動いたよ!」

 とっさに、カリンダも顔をあげる。

 見つめる先の懐中時計。

 ひび割れた文字盤グラスの中で、チクチクと小気味の良い音をたてながら、時計の針はゆっくりと動き出したのだ。



(「黄金竜のいるセカイ」おわり――)
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