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終章 セカイに光あれ
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黄金竜の中核部メインルームは、まるで試練の泉のように神秘的な部屋であった。
部屋には白く輝く光玉が四方八方を飛び回っている。その中央には、浮かぶように白く光る黄金竜の懐中時計。飛び回る黄色い光玉とぶつかると、白い火花がビリリと成った。
「あれが……」
「完成した、本物の懐中時計よ」
ヒカルの問いに答えた声の主はカリンダの母であった。
「よくぞ、ここまで来たな……」
もちろん、カリンダの母の器を宿した誰か。
「誰よあんた! お母さんの体を勝手に使って!」
敵意丸出しのカリンダとは違い、ヒカルは冷静に相手の出どころを伺っていた。
「どいてくれ」
「そういうわけにもいかぬ」
「時計を外せば、黄金竜は止まるんだろ?」
「そうだ」
カリンダの母はすんなりと認めた。
完成版の懐中時計はヒカルのもつプロトタイプと同様、金色に輝いていた。
「どうだ? お前たちも魂を竜に預け、平和なセカイへ旅立たないか?」
勧誘。どうやら、カリンダの母はヒカルたちとあまり争うつもりはないらしい。理由は分からない。リオンがただ単に攻撃的だったのか、戦いたくないわけがあるのか。
「そうもいかない。俺たちは竜を止めに来たんだ。ミイラ獲りがミイラになるのはごめんだ」
「竜を止めても浄化は止められぬ」
カリンダの母の叱りつけるような言葉が、中核部に小さくこだました。
「浄化の光はすでに竜の胎内に満ちた。時計を外したところで竜は止まっても浄化は止められん。卵も落とされた。まもなくセカイは再び光に包まれるであろう」
リオンと同じ言葉。無駄だ。浄化は始まっているのだと、彼女も言った。
ならどうするのか。
「なら、どうしたらその浄化ってやつは止められるんだ?」
「止まらぬと言ってるだろうが!」
カリンダの母は、何をそんなに危惧してきるのか。ヒカルは彼女が自分のもつ黄金の懐中時計をチラと見たところを見逃さなかった。
「仕方ない……この体は気に入っていたのだが」
ため息をひとつ。すると、彼女の体が光に包まれ始めた。見たことのある色――金色こんじきの体。
変形。
カリンダの母の体が変形していく。黄金の体――羽の生えたこれはまるで女王蜂、鱗だ。
この体は気に入っていたのだが。先の言葉がヒカルとカリンダの頭に反芻した。
「もう止まらぬ、止まらぬぞ」
四枚の羽とお尻の針。顔には二本の触覚が伸びていた。
「ヒカル、危ない!」
カリンダに背中を押され、寸前で避けることができた。特大の針が地面に刺さる。
「ありがとう、カリンダ」
「ここは私が引き受けるわ」
「え?」
「だから君は――」
言い終わらぬうちに、二人の間にまた針が飛んできた。
「私があれを倒す。お母さんの体を勝手に使って、頭に来た!」
闘志満々。彼女のボルテージは頂上にまで満ちていた。
「だから早く!」
「は、はい!」
ヒカルは尻でも蹴られたように、慌てて立ち上がる。
「トマラヌ、トマラヌゾ……」
女王蜂は変わらず針を飛ばし続けていく。それを、カリンダは魔法で拵えた盾と槍をもって落としていく。
中核部メインルームの中心で浮かぶ、完成版の黄金の懐中時計を、ヒカルはあらためて見つめた。
あれを外せば竜は止まる――しかし浄化は止まらぬ。
どうすれば? ええい、ままよ!
飛んできた針をひとつ避け、ヒカルは自分の懐中時計の「赤い」装飾を押した。
カチ――。
〇
黄金竜がオルストンに帰って来た。
再び地面に降り立ったものの、眠るわけではなく、ただ、両目を真っ白に光らせたまま。
その金色の竜に見つめられた先。女隊長リーは、ついに剣を手放してしまった。
猿は倒した。しかし、その後に待ち受けていたワニには太刀打ちが出来なかったのだ。
体力も底を尽きた。彼女が立っていられるのは、信念と気力のほかならない。ワニは速いのだ。そのワニが今、彼女にとどめを刺そうと、助走をとっている。
目の前には黄金竜がいる。憎むべき竜。全てを奪い、全てを壊した忌まわしき存在が、目を輝かせているのだ。
いまでは、ワニさえもぼやけて見える。
それでもリーは、落とした剣を拾おうと、苦痛と疲労を押しきって手を伸ばす。
だが、剣の柄を掴むと、剣の重さに引っ張られて、倒れてしまった。
ああ、これでは駄目だ。なにが、討伐軍隊隊長だ。なにが、竜を討つだ。
叱咤むなしく、しかし、体に力が入らない。そればかりか、腹の底が冷えてきたではないか。
いかん! まだ死ねん! あの竜を倒さない限り……。
ワニに焦点が合った。助走もやめ、まさに走りだそうとしている。
その時。
コツン――。
何かがワニの黄金の体に当たった。
小石だ。でも、いったい誰が?
「おい、ワニの化物め! 今度は僕が相手だ!」
瓦礫に堂々と立つ少年と、彼を必死に止めようとするもう一人の少年。
何をやっている!
リーは声を出すことさえ出来なかった。ただ、その少年たちに目を大きくするだけ。
二度も三度も「逃げろ」と言ったのに。バカ者が……。
◯
止まった時間の中で、ヒカルはついに掴んだ。竜の心臓――完成版の黄金の懐中時計を。
ついにここまで来た。
これで竜を――争いを止められる!
勢いよく完成版を掴み取ると、溢れんばかりの真っ白な光がヒカルを包んだ。そして、まるで共鳴するかのように、ヒカルの持つプロトタイプも黄色く光りはじめる。
――大槻ヒカル様。
真っ白な光の中で、ヒカルの頭の中に声が聞こえてくる。どこか懐かしさを内在した、女性の声であった。
「私たちもついています」
そうだ。この声は、黄金竜の過去で見た、柊ティアナの声だ。
かつて、ヒカルの子孫である大槻ノゾムと共に竜の最初の浄化を見守り、そしてヒカルのいる過去の時代へやってきたのだ。
――中で待っています。大槻ヒカル様。
ヒカルをこのセカイへ送るために。黄金竜を止めるための望みの光として、この未来のセカイに誘ったのだ。
彼らは今、どうしているのか。
完成版とプロトタイプの光が混じあい、次第に溶けていく。今度は、金色こんじきの光がヒカルを包んだ。
眩しい世界の中で、大槻ノゾムと柊ティアナはいた。
それから、肉体だけの、自分自信の姿も。
ノゾムの体が綻び始める。指先から手首へ、腕から肩へと、まるで煙のように消えていく。
(あとは頼んだよ)
(ええ……)
ティアナが優しく頷く。口元にはうっすらと笑みを浮かべながら。
ヒカルの持つ、プロトタイプの懐中時計にヒビが入った。
ノゾムの「器」はこの懐中時計だった。そして、今はヒカルの器がこの懐中時計なのだ。ノゾムの帰るべき肉体は、竜の光によって消滅している。ならば、これが壊れるとどうなるのか。
ヒカルは、いつの日か旧ジャスパー街道でウインから聞いた、召喚の「器」についてを思い出した。
もし、帰るべき「器」や元の「肉体」が無ければ?
――さ迷うのさ。新しい器を見つけるか、魂が尽きるまで。
「なるほど……そういうことか」
分かったよ。俺がどうしてここにいるのか。どうしたら元の世界に帰れるのかも。
右手で完成版を、左手にプロトタイプの懐中時計を持つヒカル。
混じりあった金色の光が収束していく。しかし、中枢部メインルームに蔓延する白い光は収まっていない。
完成版を――心臓を取り外しても、竜は止まらない!
――浄化はもう始まっている。
「くそ! どうすれば……」
つと、手に何かが触れた気がして振り替える。
(はじめまして)
「あ、あなたは!?」
止まったはずの時間の中で、ヒカルの目の前にカリンダの母が笑顔で立っていた。いや、きっとこっちがホンモノなのだろう……。
カリンダの笑った顔と、そっくりだから。
部屋には白く輝く光玉が四方八方を飛び回っている。その中央には、浮かぶように白く光る黄金竜の懐中時計。飛び回る黄色い光玉とぶつかると、白い火花がビリリと成った。
「あれが……」
「完成した、本物の懐中時計よ」
ヒカルの問いに答えた声の主はカリンダの母であった。
「よくぞ、ここまで来たな……」
もちろん、カリンダの母の器を宿した誰か。
「誰よあんた! お母さんの体を勝手に使って!」
敵意丸出しのカリンダとは違い、ヒカルは冷静に相手の出どころを伺っていた。
「どいてくれ」
「そういうわけにもいかぬ」
「時計を外せば、黄金竜は止まるんだろ?」
「そうだ」
カリンダの母はすんなりと認めた。
完成版の懐中時計はヒカルのもつプロトタイプと同様、金色に輝いていた。
「どうだ? お前たちも魂を竜に預け、平和なセカイへ旅立たないか?」
勧誘。どうやら、カリンダの母はヒカルたちとあまり争うつもりはないらしい。理由は分からない。リオンがただ単に攻撃的だったのか、戦いたくないわけがあるのか。
「そうもいかない。俺たちは竜を止めに来たんだ。ミイラ獲りがミイラになるのはごめんだ」
「竜を止めても浄化は止められぬ」
カリンダの母の叱りつけるような言葉が、中核部に小さくこだました。
「浄化の光はすでに竜の胎内に満ちた。時計を外したところで竜は止まっても浄化は止められん。卵も落とされた。まもなくセカイは再び光に包まれるであろう」
リオンと同じ言葉。無駄だ。浄化は始まっているのだと、彼女も言った。
ならどうするのか。
「なら、どうしたらその浄化ってやつは止められるんだ?」
「止まらぬと言ってるだろうが!」
カリンダの母は、何をそんなに危惧してきるのか。ヒカルは彼女が自分のもつ黄金の懐中時計をチラと見たところを見逃さなかった。
「仕方ない……この体は気に入っていたのだが」
ため息をひとつ。すると、彼女の体が光に包まれ始めた。見たことのある色――金色こんじきの体。
変形。
カリンダの母の体が変形していく。黄金の体――羽の生えたこれはまるで女王蜂、鱗だ。
この体は気に入っていたのだが。先の言葉がヒカルとカリンダの頭に反芻した。
「もう止まらぬ、止まらぬぞ」
四枚の羽とお尻の針。顔には二本の触覚が伸びていた。
「ヒカル、危ない!」
カリンダに背中を押され、寸前で避けることができた。特大の針が地面に刺さる。
「ありがとう、カリンダ」
「ここは私が引き受けるわ」
「え?」
「だから君は――」
言い終わらぬうちに、二人の間にまた針が飛んできた。
「私があれを倒す。お母さんの体を勝手に使って、頭に来た!」
闘志満々。彼女のボルテージは頂上にまで満ちていた。
「だから早く!」
「は、はい!」
ヒカルは尻でも蹴られたように、慌てて立ち上がる。
「トマラヌ、トマラヌゾ……」
女王蜂は変わらず針を飛ばし続けていく。それを、カリンダは魔法で拵えた盾と槍をもって落としていく。
中核部メインルームの中心で浮かぶ、完成版の黄金の懐中時計を、ヒカルはあらためて見つめた。
あれを外せば竜は止まる――しかし浄化は止まらぬ。
どうすれば? ええい、ままよ!
飛んできた針をひとつ避け、ヒカルは自分の懐中時計の「赤い」装飾を押した。
カチ――。
〇
黄金竜がオルストンに帰って来た。
再び地面に降り立ったものの、眠るわけではなく、ただ、両目を真っ白に光らせたまま。
その金色の竜に見つめられた先。女隊長リーは、ついに剣を手放してしまった。
猿は倒した。しかし、その後に待ち受けていたワニには太刀打ちが出来なかったのだ。
体力も底を尽きた。彼女が立っていられるのは、信念と気力のほかならない。ワニは速いのだ。そのワニが今、彼女にとどめを刺そうと、助走をとっている。
目の前には黄金竜がいる。憎むべき竜。全てを奪い、全てを壊した忌まわしき存在が、目を輝かせているのだ。
いまでは、ワニさえもぼやけて見える。
それでもリーは、落とした剣を拾おうと、苦痛と疲労を押しきって手を伸ばす。
だが、剣の柄を掴むと、剣の重さに引っ張られて、倒れてしまった。
ああ、これでは駄目だ。なにが、討伐軍隊隊長だ。なにが、竜を討つだ。
叱咤むなしく、しかし、体に力が入らない。そればかりか、腹の底が冷えてきたではないか。
いかん! まだ死ねん! あの竜を倒さない限り……。
ワニに焦点が合った。助走もやめ、まさに走りだそうとしている。
その時。
コツン――。
何かがワニの黄金の体に当たった。
小石だ。でも、いったい誰が?
「おい、ワニの化物め! 今度は僕が相手だ!」
瓦礫に堂々と立つ少年と、彼を必死に止めようとするもう一人の少年。
何をやっている!
リーは声を出すことさえ出来なかった。ただ、その少年たちに目を大きくするだけ。
二度も三度も「逃げろ」と言ったのに。バカ者が……。
◯
止まった時間の中で、ヒカルはついに掴んだ。竜の心臓――完成版の黄金の懐中時計を。
ついにここまで来た。
これで竜を――争いを止められる!
勢いよく完成版を掴み取ると、溢れんばかりの真っ白な光がヒカルを包んだ。そして、まるで共鳴するかのように、ヒカルの持つプロトタイプも黄色く光りはじめる。
――大槻ヒカル様。
真っ白な光の中で、ヒカルの頭の中に声が聞こえてくる。どこか懐かしさを内在した、女性の声であった。
「私たちもついています」
そうだ。この声は、黄金竜の過去で見た、柊ティアナの声だ。
かつて、ヒカルの子孫である大槻ノゾムと共に竜の最初の浄化を見守り、そしてヒカルのいる過去の時代へやってきたのだ。
――中で待っています。大槻ヒカル様。
ヒカルをこのセカイへ送るために。黄金竜を止めるための望みの光として、この未来のセカイに誘ったのだ。
彼らは今、どうしているのか。
完成版とプロトタイプの光が混じあい、次第に溶けていく。今度は、金色こんじきの光がヒカルを包んだ。
眩しい世界の中で、大槻ノゾムと柊ティアナはいた。
それから、肉体だけの、自分自信の姿も。
ノゾムの体が綻び始める。指先から手首へ、腕から肩へと、まるで煙のように消えていく。
(あとは頼んだよ)
(ええ……)
ティアナが優しく頷く。口元にはうっすらと笑みを浮かべながら。
ヒカルの持つ、プロトタイプの懐中時計にヒビが入った。
ノゾムの「器」はこの懐中時計だった。そして、今はヒカルの器がこの懐中時計なのだ。ノゾムの帰るべき肉体は、竜の光によって消滅している。ならば、これが壊れるとどうなるのか。
ヒカルは、いつの日か旧ジャスパー街道でウインから聞いた、召喚の「器」についてを思い出した。
もし、帰るべき「器」や元の「肉体」が無ければ?
――さ迷うのさ。新しい器を見つけるか、魂が尽きるまで。
「なるほど……そういうことか」
分かったよ。俺がどうしてここにいるのか。どうしたら元の世界に帰れるのかも。
右手で完成版を、左手にプロトタイプの懐中時計を持つヒカル。
混じりあった金色の光が収束していく。しかし、中枢部メインルームに蔓延する白い光は収まっていない。
完成版を――心臓を取り外しても、竜は止まらない!
――浄化はもう始まっている。
「くそ! どうすれば……」
つと、手に何かが触れた気がして振り替える。
(はじめまして)
「あ、あなたは!?」
止まったはずの時間の中で、ヒカルの目の前にカリンダの母が笑顔で立っていた。いや、きっとこっちがホンモノなのだろう……。
カリンダの笑った顔と、そっくりだから。
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※本作品までのあらすじを第1話に掲載していますので、本編からでもお読みいただけます。
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(第1部は主人公の過去話のため、必読ではありません)
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