黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第十一章 運命の輪の中心に

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 二度目の矢を放った後、火薬を背負った4頭の馬が、保護派たちに向かって走り始めた。

「火の用意!」

 2人の騎兵をしっかりと討った腕無し軍曹が前線に帰ってくると、弓兵にそう告げた。

「放て!」

 火を灯した矢が、馬の荷台に向かって飛ぶ。そして――ドン! と4台すべてが爆発した。

 双方の間に火と煙の壁ができた。
 爆撃を受け、保護派兵たちの進撃は多少は緩まったものの、黒煙を抜けてやってくる兵士がひとり、またひとりと増えてきた。

「構えろ!」

 前線に並ぶ兵士たちは、隙間なく盾を構え、隙間から長槍を突き出す。

「一匹たりとも通すな! すべてはこのセカイのためだ! 竜の支配から再び我々のセカイを取り戻すぞ!」

 兵士たちが雄叫びを上げる。
 竜に食われた仲間が、家族がいる。計り知れない憎悪や苦悩がこの命で終わらせるのであれば、喜んで差しそうではないか。

 衝突――!
 槍を突き、喰らう兵士。槍をかわし、盾にぶつかる兵士たち。 
 空に分厚い鉛色の雲が広がった頃、こうして西の砦村グラダにおいて、討伐派と保護派の争いが始まった。



 「オニ」の目覚めは近い。

 その小屋には、ローブをまとったアンデッドたちが数人――オニが眠る大きな器を前にして、その目覚めを待っていた。

 机の上のガラスコップが揺れる。爆撃の音が聞こえ、ついに保護派との衝突が始まったのだと、彼らは唾を飲んだ。

 オニの発見は、実は黄金竜が牙を剥くずっと前からこのグラダの地でされていた。三メートルは超える巨体の鋼の人形だ。その体には、合計6つの「器」が備わっており、6つの魂が独立して納められるのではなく、それぞれが「オニ」の中で融合され、強大な力が発揮されるのだった。

 オニは6つの魂が納められると目を覚ます大きな器。この小屋にいるアンデッドたちは、みな本物の「技術者」なのだ。

 オニが目覚めたのは一度だけ。オルストンがノリータを鎮圧した過去の戦争の時であったが、そのことはオルストンとノリータの間の秘密であった。
 オニの力は強大すぎて、オルストン側にも手が余った。見境なく人々を襲った。国中の技術者を集め、ようやく魂が解放でき止めることができたのだけれど、決して二度使うことは禁止されていた。

 だが、そのオニが今、再び目覚めようとしている。同じ鉄は踏まない。魂を厳選し、コントロールするための研究を続け、ついに5つの魂がオニに込められたのだ。

 残るはあと1つ。慢心も驕りもない。あるのは恐怖と希望のみ。
 すべては黄金竜を討伐するために。すべてはこのセカイの平和のために。



 西の砦村グラダのオルストンへ続く後方門には、分厚いローブを纏った見張り兵が2人――槍を持って立っていた。

 岩影から様子を伺う隊長ブリーゲルは、門番に向けて弓矢を構えた。呼吸を整え、狙いを定める。ビュンと風を切る音と共に、放たれた矢はひとりの門番兵が羽織るローブをかすめ取った。

 アンデッドは2度死なない。日光に当たる以外は。
 日光を浴び、消滅していくアンデッド兵。何事かと、周囲を見渡すもうひとりのアンデッド。彼もまた、ブリーゲルが放った矢によってローブを奪われ悲鳴をあげた。

 見事に門番を突破したブリーゲル一行は、周囲を警戒しつつグラダへと入っていく。

 ポカリと口を開けた門に、アンデッドのローブ2枚がヒラヒラを風を受けて揺らめく。突如、そのうちの1枚が炎に包まれた。
 紫色がかった煙が細く立ち上る。ローブに隠された右腕は、最期の力を振り絞って仲間に知らせたのだ。

 侵入者がいるぞ、と。



 残矢が枯れた隊長ブリーゲルは、弓を放り投げ、腰の剣を抜いて応戦した。

 グラダを早急に落とすべく、挟み討ちを試みたものの、保護派と討伐派が衝突するグラダの前線にはまだ遠い。村の中で隠れていた伏兵たちが彼らの足を止めたのだ。

「くそ……」

 紫の煙を見て、前線からも応戦に兵士たちがやってきた。

 ブリーゲルたち一行は20弱。しかし、相手はひとり、またひとりと増えてきた。

「仕方ない。目立ちたくはなかったけれど、もう気付かれているのだ」

 ウイン! 頼む。
 ブリーゲルが声をかけると、彼は素早く呪文を口ずさみ、炎の小熊パッチを召喚した。

「ようよう、今度はどんなやつを倒せばいいんだ?」
「討伐派たちだ」
「なんだよ、人間かよ……」

 つまんね、とパッチは両腕にめいいっぱいの炎を宿すと、火炎放射器の如く、向かってくる討伐派兵たちに放った。

 特大の炎は、向かってくる兵士たちだけでなく、グラダの村の家々までをも無情に包んだ。

「開始早々、全力だな」
「へっ、サボテン岩では不完全燃焼に終わったからよ。イライラが溜まってるんだ」

 体が燃え逃げ惑う兵士たち。ウインは彼らをひややかな目で見ていた。

「なら、とっとと終わらせてきなよ」
「なんだよ、看守殿。久々にキレてるのかよ?」
「無駄口は良い……」

 いつもと違うウインの様子に、パッチでさえも戸惑いを持った。でも、も獣なのだ。暴れて良いと煽られて、萎縮する柄じゃない。

「そう。なら遠慮なく……」

 再び、パッチの両手に炎が宿り始める。
 その時、燃え盛る一軒の小屋から出てくる小さな人影が見えた。

「ゲホゲホ! せっかくバクゲキから逃げたのに、今度は何さ!」
「わからない……ゲホッゲホッ。やば! ローブに火がついてる!」

 少年2人は、ローブについたボヤを一所懸命に消すと、目の前で燃える小熊を見つけた。

「ぎゃー! 熊だ!」
「おい! でも燃えてるよ」

 突然のことにパッチも目を丸くした。両腕の炎が揺らぐ。助け(何の助けかは分からないけれど)を求め、ウインをチラと見るけれど、彼もまた突然の少年たちに肩をすかせてしまったようだ。

 あの子は……。

 丸い鼻とクセ毛の少年――ウインはその少年を見たことがあった。まだ旅に出る前の村で、牢屋越しに手を当てたある人の記憶の中で。

 えらく汚れてはいるけれど、「友達」と仲良く元気にしているじゃないか。
 どうしてか、ウインは自然と笑みがこぼれた。

「どうする? 保護するか?」

 剣を納めたブリーゲルが語りかける。

「いや、ちょっと待ってて」

 少年2人に近づくと、彼らは露骨に警戒心を露あらわにした。特に記憶の中で見た少年は、今にも噛みつきそうな子犬のようだった。

「大丈夫。僕は君を知っているよ」
「え?」
「正確に言うと、君が知ってるある人をよく知ってるってとこかな?」

 バルはしばらく考えたのち、この人が何を言っているのか分かった。

「ヒカルを知ってるの!?」

 うん、とウインは優しく言った。

「元気なの? 今、どこで何をしているの!?」
「元気……だと思うよ」

 いいかい? ウインは膝をついて、少年に目線を合わせた。

「ここは戦場だ。どういう経緯でここにいるのかは分からないけれど、君たちがいるような場所じゃない。分かるよね?」

 少年はゆっくりと頷いてくれた。素直で、良い子だ。

「ヒカルのところに送ってあげるよ」
「ほんとに!?」

 ウインは立ち上がると、呪文を呟いて少年たちの前に白い渦を作った。

「この向こうにヒカルはいるの?」
「そうさ。君にヒカルが必要なくらい、きっと、ヒカルにも君が必要なんだよ」

 行ってあげて。そして――。

「ヒカルによろしく伝えてくれ」

 こくん、バルは頷いた。そして、ウインの言った通り、恐る恐る白い渦の中に這入る。
 この向こう側にヒカルはいる。ようやく、ようやく再開できるのだ。
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