黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第十一章 運命の輪の中心に

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「ねぇ、本当にオルストンなんかに行くの?」
「しっ! 誰か来た!」

 バルとウタは、馬車の中で息を潜め、兵士の足音を聞いた。

 討伐派の基地――グラダを離れ、避難場所である砦に向かう……はずだったが、バルのわがままのせいで、少年2人はすす臭い馬車の荷台に隠れているのだ。

「行ったみたいだね」
「ふぅ……」

 緊張の糸を解いて、バルはウタに向き直った。

「僕も隊長たちとオルストンに行くんだ。あそこで待たなきゃならない人がいるから」

 女隊長のリーは、黄金竜がいるというオルストンに向かう。鱗に対して猛威を振るった伝説の剣を手に入れ、オルストンに鎮座する黄金竜を討つためだ。
 ならば、リーたちと一緒にオルストン行きの馬車に紛れ込めば良かった。

 かつての大都市オルストンにてはぐれてしまった。だからバルはオルストンで待つ。ヒカルの帰還を。

 それに、あの乗り物もまだあそこに置いたままだ。

「僕は嫌だなぁ……オルストンに行くのは」
「なら、無理に来なければ良いだろ」

 心配なのか世話好きなのか、「良いのに」と言ってもウタはバルについてきた。

「そもそも、ウタはどうしてそんなにオルストンを毛嫌いするのさ?」

 バルがため息をつくと、黒いすすがウタの顔にかかった。
 黄金竜がいるからではなく――瓦礫の山の廃墟になったからではなく、ウタはオルストンという大国を嫌っているようだった。

 「だって、オルストンは僕たちに戦争を仕掛けてきたから……」

 顔にかかったすすなどお構いなしに、アンデッドのウタは弱々しく答えた。
 戦争――という言葉を聞いて、バルは露骨に嫌な顔をしてみせる。

「でも、今はなかよしじゃないか」
「うん――良くしてくれるからね。僕たちアンデッドに対しても」
「はぁ? オルストンは嫌いって言ったじゃないか」

 ウタはマイペースだった。トゲのある言葉も手応えはない。心までが「アンデッド」なのか、バルは苛立ちを通り越して呆れることもあった。

「僕が嫌いなのはあくまでも昔のオルストンの人たちだよ?」
「昔も今も変わらない。同じオルストン人じゃないか」
「そんなことないよ。今の人たちが戦争を起こしたんじゃない。それに、今のオルストンの人たちは親切さ。強くてカッコいいって思うこともある」

 でも――。
 飄々としていたバルの顔が曇る。

「瓦礫になったとは言え、オルストンという場所は昔も今も変わらない。だからオルストンに行けば、嫌な思い出がよみがえっちゃうんだ」

 人は変わる。場所は変わらない。
 憎いのは戦争を仕掛けてきた昔のオルストンだ、とウタは言う。

「昔、ノリータでは人とアンデッドは上手くいっていたんだよ。オルストンが戦争を仕掛けてくるまでは」

 ノリータは昔から呪術的な国家であった。
 人は魂の消滅をもって「死」を迎える。例え肉体が滅んでも、魂だけの――アンデッドとして生きていた。
 大国ノリータは1つの大きな「器」であった。「器」の中ではアンデッドが不自由なく生きられるが、「器」を出ると消滅してしまう。太陽の光が彼らを迎えにくるのだ。だから、アンデッドはノリータの外では分厚いローブを身に纏っていた。

「死んだ人が蘇る。食べ物も要らない。休みも要らない。人は二度は死ねないけど、ノリータでは人と同じかそれ以上に大切に扱ってくれていたよ」

 でも戦争が大きく変えた。不死のアンデッドは、戦争にとって強力な武器になったから。

 ウタの告白を、バルはじっと聞いていた。
 「昔」のオルストン人がノリータに戦争を仕掛けてきて、アンデッドが戦争の武器として使われるようになったこと。
 だから、ウタは「昔」のオルストンが嫌いなのだ、と。

「今も憎くないの? オルストンの人たちが」
「どうして? 今のオルストンの人たちが戦争を起こした訳じゃないでしょ?」
「それは、そうだけれども……」

 それは心底の声だろう。バルは、やはりウタとは気が合わないと思った。

 兵士が嫌い。大っキライ。

 バルは戦争で家族や村人たちを殺された。例えそれが「昔」の人であっても、全くの「無関係」だと思うことは出来なかったのだ。生活のすべてが奪われて、地面を這いずりまわってその日の食べ物を探した。雨に濡れて寒い思いをした。声が枯れるまで泣き叫んだ。

 そして、ヒカルと出会ったのだ。

 一縷の希望――。彼はきっと帰ってきてくれる。だからこそ、瓦礫となったオルストンに行かねばならない。

「無理についてこなくていいのに。僕は一人でもオルストンに行くよ」

 避難しろと言われたけれど、バルは隊長の馬車に隠れた。黄金竜を討つリーたちと共に、オルストンへ向かうために。

 ウタはバルから目を反らすと、少しだけ間をおいて答えた。

「友だちが欲しかったから……」

 その言葉が、バルの心にのしかかる。少しだけ、ほんの少しだけ、バルは嬉しく思った。

 はぁ、とため息をつくと、ウタの顔に再び黒いすすがかかる。もう真っ黒になったウタの顔を見て、バルは思わず笑ってしまった。ウタもつられて笑う。
 秘密基地のような馬車の中で、無邪気な笑みがしばらく続いた。



 西の砦グラダでは、これから来る「保護派」との衝突に向けて、着々と準備を進めていた。

 こちらの兵力は五〇弱。相手はその倍以上だ。

「盾を持て! 盾を信じろ! 己ではなく国を……世界を守るための!」

 分厚いローブを纏う腕無し兵士が、準備に勤しむ兵士たちに渇を入れる。

「数は多くとも、我々は幾度となく死線を乗り越えてきた! 我々には誇がある! 我々は闘いの神に愛された精鋭たちなのだ!」

 武具の準備は整った。歴戦を生き残った兵士たちの盾には幾数もの傷がある。

 勝つ戦いではなく、時間稼ぎの保守。オルストンへ向かう保護派軍の足止めの砦。

 一陣の強い風が吹いた。砂ぼこりを含んだ風に煽られても、全線に整列する兵士たちは、瞬きもせず、じっと地平線を睨み付けていた。

「オニの復活を急げ! セカイを救うための希望なのだ!」

 腕無し兵士は、近くにいた弓兵の肩を叩く。

「火薬の準備も整えろ」
「はい!」



「静かになったね……」

 馬車の荷台から顔だけを覗かせるウタが呟いた。

「まだ出発しないのかな?」

 床に散らばった黒いすすをなぞりながら、バルも心配になってきた。

「さぁ……さっき隊長を見かけたけど、それっきり」
「え!?」

 バルが思わず立ち上がる。

「見かけたの!? いつ!?」
「いつって……僕が見張り役に交代したくらいかな?」
「君は何のために見張っていたの!?」
「えっと……兵士たちにバレないようにと、隊長がいつ戻ってくるのかを――」
「もう戻ってこないよ! きっともう出発したんだよ!」

 何やってんだよ! とバルはウタを攻めた。ウタはようやく状況を把握したようで、「すす」の被った顔で申し訳ないような表情をしてみせた。

「君が言ったんでしょ? この馬車は隊長専用のだから、オルストンにもきっとこの馬車を使うって!」
「ご、ごめん……」

 もう! と、バルが床を叩いた。

 沈黙を破ったのは、外からの兵士たちの声であった。
 バルとウタはとっさに物陰に身を隠す。

「隊長の馬車も使うのか?」
「ああ、軍曹の命令だ。火薬はもう積めてある」

 そして、ガチャリと音がすると、馬の蹄の足音と一緒に、馬車がゆっくりと動き出した。

 何がなんだか分からないバルの肩を、ウタが弱々しく叩いた。

「どうしよう? これ、爆撃馬だ……」

 床に散らばった黒い「すす」。ウタの顔を黒くしたそれらは、爆撃用の火薬であった。
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