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第十一章 運命の輪の中心に
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ノゾムは、傾いた「ひかり時計株式会社」へと向かった。
無人のビルで、階段をひたすらかけ登り、保管しておいた懐中時計のプロトタイプを引っ張りだす。
その時、大窓から竜の姿が見えた。空を舞う巨大な竜。平和なセカイへと導くが、まるで脱皮をするかのように、口元から黄金おうごん色へと変わっていく。
「いよいよ始まります」
竜はタマゴのような丸い何かを落としはじめた。
「あれが羽化すると、世界は光に包まれて浄化します」
いちいち説明してくれるのはありがたいけれど、要は時間がないのだ。
ノゾムはティアナの肩をぐっと掴み、その黄色い瞳を見つめた。
「これに魔法を吹き込んでくれ。それから――」
竜があちこちに「卵」。内からくる光りが外に漏れ始める。そしてついに耐えきれず、卵は割れて真っ白な光が拡散した。
呼応してひとつ、また一つと「卵」が浮かしていく。
白は「未来」――まだ見ぬ白紙。
「卵」から孵った白い光は、触れるもの全てを飲み込んでいく。
白は「浄化」――争いのない平和なセカイへ。
光に飲み込まれらビルが灰となる。木々たちが、車が、そして逃げ惑う人々が消えていく。
白い光は「ひかり時計株式会社」をも飲み込む。中にいた大槻ノゾムの肉体も一緒に消えていった。
◯
眩しい光を払い除け、ゆっくりと目を開ける。
通勤ラッシュで騒がしい駅前の喧騒が、微かに漏れてくる。
どこか懐かしい、ひっそりとした小さな工房――ひかり時計工房。
すこし傾いた看板。色褪せたグレーのトタン屋根。埃のたかったショーウインドウには、指で絵が描けるくらい。
全てはここから始まった。
「良かったのですか?」
ノゾムの隣にはティアナがいた。タイムスリップか出来るのは一人だけ。ティアナは肉体と一緒にこの時代へやってきたけれど、ノゾムは精神だけだ。
「うん。巻き込むんでしまうのは気が退けれど」
そうこうしている内に、原付バイクの音が聞こえてきた。大槻ヒカルだ。彼は工房の前にバイクを停めると、気だるそうに仕事場へと入っていく。
その時、彼は店の扉に貼られたメモを見つけた。
「ご依頼。今日の午前11時に、駅前の公園に来てください。大槻ヒカル様」
ヒカルはそのメモを不審に思いながらも、工房の中のホワイトボードに貼り付けた。
「ティアナ。それじゃあ頼むよ」
〇
プロトタイプの懐中時計を小箱に入れると、ノゾムは帽子を深く被ってヒカルが現れるのを待った。
ティアナには別のことを頼んでいる。今頃、ノゾムが指定した郊外の廃墟に向かっているはずだ。
午前11時。原付バイクの音が聞こえてきた。頭上の青空には、雲を引き連れた飛行機が飛んでいる。
そして、ノゾムはヒカルと対面した。
正直、何度かためらいもあった。本当にこれで良いのか。あの竜を止めるために、彼を使ってよいのか、と。
「あの……?」
声をかけられ、我にかえる。ノゾムは思わず涙を流しそうになった。
全てを打ち明けたい。「ひかり時計工房」は立派な会社になったこと。自分は貴方の子孫であること。しかし、それは決して叶えられない。
ぐっと息を飲み込んで、ノゾムは持っていた小箱をヒカルに渡してやる。
「これをとある場所まで持っていって欲しい。その原付バイクに乗って」
「……わかりました」
やや時間があって、ヒカルは小箱を受け取ってくれた。そしてノゾムは彼の背中が見えなくなるまで、原付バイクの音が聞こえなくなるまでその場に立ちすくんでいた。
◯
廃墟に着くと、埃の被った廊下には、二人分の足跡がついていた。
ひとつはヒカル。もうひとつは先に待っていたティアナのものだろう。「中で待っています。大槻ヒカル様」というメモも見つけた。きっと成功したのだろう。
廊下を抜け和室に入ると、そこにはティアナと横たわるヒカルの姿があった。
「彼は?」
「懐中時計は黄金に――無事に送り届けました」
ならば、横たわるヒカルは肉体だけなのだろう。
ノゾムもほっと息をついて、ティアナの横に座った。
「彼ならきっと竜を止めてくれる」
「これで良かったのですか? 貴方の肉体は竜の光に飲み込まれました。もう戻る場所はありません。不滅の精神だけなのですよ?」
「俺は平気さ。これしかないんだ。でも、彼には同じカルマを背負わせたくない。彼の精神が戻ってくるまでは、ここで守ってあげないと……」
ヒカルはティアナによって「未来」のセカイへ送られた。肉体ではなく精神だけ。懐中時計という器に魂を込められ、未来のセカイで召喚されるように仕向けたのだ。
「もし帰ってこなければ?」
「それでもここにいるよ。俺には他に帰るところもないからね」
皮肉を込めて笑ったけれど、ティアナは何も言わなかった。
この廃墟がある辺りは、もうすこし時代が経つと区画整理される郊外だ。電車が通り、やがては大都市へと発展する。
そして、この廃墟の跡地こそ、「ひかり時計株式会社」のビルが建つのだ。
「君こそ良かったの? 竜を止める手伝いをさせちゃって」
「私はノゾム様に仕えるよう造られました。ノゾム様が時計を造られたことで役目も終わり、浄化の光で消される運命でした」
――それに。
「ノゾム様と出会ってから、私も未来のセカイに希望を持ちました。竜によって支配されるセカイではなく、人間が真の平和をきっとつくってくれるのだと」
ティアナが微かに笑った。
魂だけのノゾムと、タイムスリップしてきたティアナ。彼らの使命はヒカルの肉体を守ることだ。
「すこし疲れた……」
「時間ならたっぷりありますよ」
ヒカルは魂となって、未来のセカイで召喚される。器は懐中時計だ。過去の「青」と未来の「白」は使ってしまった。でも、きっと見つけてくれるはず。
きっと、未来のセカイを支配する竜を止めてくれるだろう。
無人のビルで、階段をひたすらかけ登り、保管しておいた懐中時計のプロトタイプを引っ張りだす。
その時、大窓から竜の姿が見えた。空を舞う巨大な竜。平和なセカイへと導くが、まるで脱皮をするかのように、口元から黄金おうごん色へと変わっていく。
「いよいよ始まります」
竜はタマゴのような丸い何かを落としはじめた。
「あれが羽化すると、世界は光に包まれて浄化します」
いちいち説明してくれるのはありがたいけれど、要は時間がないのだ。
ノゾムはティアナの肩をぐっと掴み、その黄色い瞳を見つめた。
「これに魔法を吹き込んでくれ。それから――」
竜があちこちに「卵」。内からくる光りが外に漏れ始める。そしてついに耐えきれず、卵は割れて真っ白な光が拡散した。
呼応してひとつ、また一つと「卵」が浮かしていく。
白は「未来」――まだ見ぬ白紙。
「卵」から孵った白い光は、触れるもの全てを飲み込んでいく。
白は「浄化」――争いのない平和なセカイへ。
光に飲み込まれらビルが灰となる。木々たちが、車が、そして逃げ惑う人々が消えていく。
白い光は「ひかり時計株式会社」をも飲み込む。中にいた大槻ノゾムの肉体も一緒に消えていった。
◯
眩しい光を払い除け、ゆっくりと目を開ける。
通勤ラッシュで騒がしい駅前の喧騒が、微かに漏れてくる。
どこか懐かしい、ひっそりとした小さな工房――ひかり時計工房。
すこし傾いた看板。色褪せたグレーのトタン屋根。埃のたかったショーウインドウには、指で絵が描けるくらい。
全てはここから始まった。
「良かったのですか?」
ノゾムの隣にはティアナがいた。タイムスリップか出来るのは一人だけ。ティアナは肉体と一緒にこの時代へやってきたけれど、ノゾムは精神だけだ。
「うん。巻き込むんでしまうのは気が退けれど」
そうこうしている内に、原付バイクの音が聞こえてきた。大槻ヒカルだ。彼は工房の前にバイクを停めると、気だるそうに仕事場へと入っていく。
その時、彼は店の扉に貼られたメモを見つけた。
「ご依頼。今日の午前11時に、駅前の公園に来てください。大槻ヒカル様」
ヒカルはそのメモを不審に思いながらも、工房の中のホワイトボードに貼り付けた。
「ティアナ。それじゃあ頼むよ」
〇
プロトタイプの懐中時計を小箱に入れると、ノゾムは帽子を深く被ってヒカルが現れるのを待った。
ティアナには別のことを頼んでいる。今頃、ノゾムが指定した郊外の廃墟に向かっているはずだ。
午前11時。原付バイクの音が聞こえてきた。頭上の青空には、雲を引き連れた飛行機が飛んでいる。
そして、ノゾムはヒカルと対面した。
正直、何度かためらいもあった。本当にこれで良いのか。あの竜を止めるために、彼を使ってよいのか、と。
「あの……?」
声をかけられ、我にかえる。ノゾムは思わず涙を流しそうになった。
全てを打ち明けたい。「ひかり時計工房」は立派な会社になったこと。自分は貴方の子孫であること。しかし、それは決して叶えられない。
ぐっと息を飲み込んで、ノゾムは持っていた小箱をヒカルに渡してやる。
「これをとある場所まで持っていって欲しい。その原付バイクに乗って」
「……わかりました」
やや時間があって、ヒカルは小箱を受け取ってくれた。そしてノゾムは彼の背中が見えなくなるまで、原付バイクの音が聞こえなくなるまでその場に立ちすくんでいた。
◯
廃墟に着くと、埃の被った廊下には、二人分の足跡がついていた。
ひとつはヒカル。もうひとつは先に待っていたティアナのものだろう。「中で待っています。大槻ヒカル様」というメモも見つけた。きっと成功したのだろう。
廊下を抜け和室に入ると、そこにはティアナと横たわるヒカルの姿があった。
「彼は?」
「懐中時計は黄金に――無事に送り届けました」
ならば、横たわるヒカルは肉体だけなのだろう。
ノゾムもほっと息をついて、ティアナの横に座った。
「彼ならきっと竜を止めてくれる」
「これで良かったのですか? 貴方の肉体は竜の光に飲み込まれました。もう戻る場所はありません。不滅の精神だけなのですよ?」
「俺は平気さ。これしかないんだ。でも、彼には同じカルマを背負わせたくない。彼の精神が戻ってくるまでは、ここで守ってあげないと……」
ヒカルはティアナによって「未来」のセカイへ送られた。肉体ではなく精神だけ。懐中時計という器に魂を込められ、未来のセカイで召喚されるように仕向けたのだ。
「もし帰ってこなければ?」
「それでもここにいるよ。俺には他に帰るところもないからね」
皮肉を込めて笑ったけれど、ティアナは何も言わなかった。
この廃墟がある辺りは、もうすこし時代が経つと区画整理される郊外だ。電車が通り、やがては大都市へと発展する。
そして、この廃墟の跡地こそ、「ひかり時計株式会社」のビルが建つのだ。
「君こそ良かったの? 竜を止める手伝いをさせちゃって」
「私はノゾム様に仕えるよう造られました。ノゾム様が時計を造られたことで役目も終わり、浄化の光で消される運命でした」
――それに。
「ノゾム様と出会ってから、私も未来のセカイに希望を持ちました。竜によって支配されるセカイではなく、人間が真の平和をきっとつくってくれるのだと」
ティアナが微かに笑った。
魂だけのノゾムと、タイムスリップしてきたティアナ。彼らの使命はヒカルの肉体を守ることだ。
「すこし疲れた……」
「時間ならたっぷりありますよ」
ヒカルは魂となって、未来のセカイで召喚される。器は懐中時計だ。過去の「青」と未来の「白」は使ってしまった。でも、きっと見つけてくれるはず。
きっと、未来のセカイを支配する竜を止めてくれるだろう。
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