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第十一章 運命の輪の中心に
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目映い光の中で目を開けると、荒廃した世界が広がっていた。
――ここは……。
崩壊したビルからは煙が立ち上る。アスファルトの道路の上には、信号機や道路標識が落ちていた。
分厚い鉛色の雲が空を覆い、砂埃を纏った荒風が通りすぎていく。
そんなひび割れた道路の上に、「ひかり時計株式会社」の代表取締役社長である大槻ノゾムが膝をついていた。
「そんな……」
絶望――。
竜によって、世界を平和に導くと謳ったAllStone協会。ノゾムは彼らに利用されたのだ。
懐中時計を造って欲しいと依頼を受け、ノゾムは同意した。まるでおとぎ話のような夢物語でも、実際に魔法やら竜を目の前にして、ノゾムは心底信じきっていたのだ。
竜は方舟。戦争によって汚染されたこの世界から戦争のない未来へ人々を導くタイムマシンであった。そのメインシステムの中核が懐中時計なのだ。
試作品が出来る度に渡邉老人と会い、ティアナによって魔法を吹き込まれた。懐中時計に彫られた3つの窪みのうち2つに、赤と青の光が込められていく。
赤は「現在」、青は「過去」の記憶を司り、白は「未来」の記憶――「白紙」なのだとか。白は懐中時計が完成した時のみ、埋め込まれるのだ。
渡邉老人は言った。黄金竜は方舟なのだと。
戦争がどれほどこの世界に驚異を与えたいるのか、テレビやネットでは真の危惧を伝えきれていない。
大気汚染。資源枯渇。人口増加。百年も前から上げつづけている地球の悲鳴は、あと10年もすれば聞こえなくなる。すなわち、星が死んでしまうのだ。
ならばどうするか?
一度、この世界をリセットしなければならない、と渡邉老人は答えた。
汚染が浄化されるころ、資源が再び実るころに、我々は再び目覚めるのです。
地球には治療が必要だ。休ませなければならない。
平和な時代を待つのではありません。時代へ「行く」のです。タイムスリップという言葉はご存知ですよね? この竜はいわばタイムマシン。争いの無い未来のセカイへ「行く」のですよ。それこそ、魔法を使って……。
にわかには信じがたい、いや信じたくないおとぎ話。なのに、ノゾムは妙に説得されてしまった。
今でも渡邉老人の言葉が聡明に蘇る。
時計とは記憶。未来や過去と言った時間という概念を表す指標なのです。時計を見ただけで、人々は時間の記憶の中で、未来へも過去へも行くことができます。今夜は何時からデートだとか、先週のこの時間に電話をかけたとか。我々はその時計をもっと具体的に、魔法をもって記憶を具現化するのですよ。
ノゾムも何度か「過去」へ渡った。
毎晩思い続けた「ひかり時計工房」を、実際に自分の目で見ることができたのだ。
そして竜は飛び立った。
渡邉老人の言葉の通り、その内にごく一部の人々の魂を宿し、世界を一度浄化――壊滅させ、争いのない平和なセカイへ旅立つために。
項垂うなだれるノゾムの元へ、赤毛の少女――柊ヒイラギティアナがやってきた。
「はじまりました。これから竜はこの世界を浄化の光に包むのです」
「どうしたら止められる?」
「浄化を? それとも渡航?」
「……どちらも」
「時計を壊さなければなりません。しかしすでに始まっております」
時計が完成し竜が始動すると、渡邉老人を含めたAllStone協会の面子は、白い光となって竜に吸い込まれていった。
ノゾムの秘書であった河井も同じく、意識を失ったかのようにして、突然パタリと倒れたのだ。
「竜には何万もの器があります。そこに魂を逃がして、新たなセカイで新たな肉体を手にいれるのです」
「この世界に残された他の人々は?」
「みんな死ぬ。竜は止まりません。争いに反応し、その都度世界をリセットさせるのですから」
ノゾムは、はじめて後ろを振り返り、ティアナの顔を見た。
「なら君は?」
ティアナは竜に吸い込まれていない。
「私はノゾム様のために造られました。時計が完成し、私の役目は終わったのです」
人形のような無表情のティアナ。彼女の目はわずかに黄色く光っていた。
「造られた?」
「はい。私たちはAllStone協会によって造られた召喚呪術師でございます」
「召喚……?」
「魂を司り、器から出し入れする力です。砂糖入れを動かした魔法も、貴方を懐中時計の力で過去の光景を見せたのも、人々の魂を竜の器へ移したのも、私たちの召喚呪術の力でございます」
はぁ……、ノゾムはため息をついた。
どうしてこうなった? 俺はどこで間違った。
竜やら魔法やらが、自分の夢であってほしい。飛び出してきた絵本へと帰ってほしいと、ノゾムは懇願した。
しかし、世界は崩壊へと迫っている。
未来へ飛び立つ竜の体内には、「ひかり時計」が造った懐中時計がある。
ノゾムは見た。時計に拵えた3つの窪みに赤、青、そして白の魔法の光が宿った時、時計は黄金の色へと変わる瞬間を。
赤は「現在」、青は「過去」。そしてまだ見ぬ真っ白な「未来」は、反面に世界を白紙へと戻す浄化の力が宿っている。
「その力で竜はこの世界を滅ぼし、未来へ行くのか……」
「滅ぼすのではございません。浄化させるのです」
どっちでも良い――どのみち、この世界はまもなく滅びるのだ。
「俺に技術者としての力があれば……」
「技術者?」
ティアナが首を傾げる。
ビジネスの力ではなく、時計を造る力があれば、とノゾムは己を呪った。時計技術者の知恵があれば、竜を止められる。
「でも、もう遅いか……」
――技術者?
ただの傍観者であったヒカルがポツリと呟いた。
ヒカルは黄金の懐中時計を見た。青く光る装飾は「過去」。すなわち、知りたい過去を見ることができるのだ。しかし、やってきたのは自分が元々暮らしていた世界の「未来」。その未来では、黄金竜のいるセカイと同じく戦争が起きていて、争いを止めるために竜を造られた。
ヒカルの頭の中で、様々な声が聞こえてくる。その中にはいつからか聞こえるようになった心の声もあった。「竜を止められる。俺なら止められる!」と。
――俺を使え! 俺を呼んでくれ!
ヒカルは叫ぶ。絶望などしなくとも、ノゾムの耳には届かないはずなのに。
――黄金竜は止まらない! いや、黄金竜でも止められない! 争いはどのセカイでも続いているんだ!
黄金竜がタイムスリップしたセカイでも、争いは起きていたではないか。大国オールストンとノリータの戦争。それに呼応して黄金竜は牙を剥いたのだ。
平和のため、争いを止めねば、と――。
――俺なら止められる! だから過去へ行って俺を呼べ!
ノゾムはすでに諦めていた。この世界が滅びようと、もし未来で平和なセカイが訪れるのならば、それも良いではないか、と。
――俺を呼べ! 呼んでくれ!
だが、ノゾムは立ち上がった。脳裏に過よぎったのは、はるか未来の平和なセカイではなく、いつの日か見た展示工房の開いた引き出しであった。
「ティアナ。力を貸してくれ」
呼ばれたティアナの目が黄色く輝く。
「なんなりと……」
「竜を止めるぞ」
――ここは……。
崩壊したビルからは煙が立ち上る。アスファルトの道路の上には、信号機や道路標識が落ちていた。
分厚い鉛色の雲が空を覆い、砂埃を纏った荒風が通りすぎていく。
そんなひび割れた道路の上に、「ひかり時計株式会社」の代表取締役社長である大槻ノゾムが膝をついていた。
「そんな……」
絶望――。
竜によって、世界を平和に導くと謳ったAllStone協会。ノゾムは彼らに利用されたのだ。
懐中時計を造って欲しいと依頼を受け、ノゾムは同意した。まるでおとぎ話のような夢物語でも、実際に魔法やら竜を目の前にして、ノゾムは心底信じきっていたのだ。
竜は方舟。戦争によって汚染されたこの世界から戦争のない未来へ人々を導くタイムマシンであった。そのメインシステムの中核が懐中時計なのだ。
試作品が出来る度に渡邉老人と会い、ティアナによって魔法を吹き込まれた。懐中時計に彫られた3つの窪みのうち2つに、赤と青の光が込められていく。
赤は「現在」、青は「過去」の記憶を司り、白は「未来」の記憶――「白紙」なのだとか。白は懐中時計が完成した時のみ、埋め込まれるのだ。
渡邉老人は言った。黄金竜は方舟なのだと。
戦争がどれほどこの世界に驚異を与えたいるのか、テレビやネットでは真の危惧を伝えきれていない。
大気汚染。資源枯渇。人口増加。百年も前から上げつづけている地球の悲鳴は、あと10年もすれば聞こえなくなる。すなわち、星が死んでしまうのだ。
ならばどうするか?
一度、この世界をリセットしなければならない、と渡邉老人は答えた。
汚染が浄化されるころ、資源が再び実るころに、我々は再び目覚めるのです。
地球には治療が必要だ。休ませなければならない。
平和な時代を待つのではありません。時代へ「行く」のです。タイムスリップという言葉はご存知ですよね? この竜はいわばタイムマシン。争いの無い未来のセカイへ「行く」のですよ。それこそ、魔法を使って……。
にわかには信じがたい、いや信じたくないおとぎ話。なのに、ノゾムは妙に説得されてしまった。
今でも渡邉老人の言葉が聡明に蘇る。
時計とは記憶。未来や過去と言った時間という概念を表す指標なのです。時計を見ただけで、人々は時間の記憶の中で、未来へも過去へも行くことができます。今夜は何時からデートだとか、先週のこの時間に電話をかけたとか。我々はその時計をもっと具体的に、魔法をもって記憶を具現化するのですよ。
ノゾムも何度か「過去」へ渡った。
毎晩思い続けた「ひかり時計工房」を、実際に自分の目で見ることができたのだ。
そして竜は飛び立った。
渡邉老人の言葉の通り、その内にごく一部の人々の魂を宿し、世界を一度浄化――壊滅させ、争いのない平和なセカイへ旅立つために。
項垂うなだれるノゾムの元へ、赤毛の少女――柊ヒイラギティアナがやってきた。
「はじまりました。これから竜はこの世界を浄化の光に包むのです」
「どうしたら止められる?」
「浄化を? それとも渡航?」
「……どちらも」
「時計を壊さなければなりません。しかしすでに始まっております」
時計が完成し竜が始動すると、渡邉老人を含めたAllStone協会の面子は、白い光となって竜に吸い込まれていった。
ノゾムの秘書であった河井も同じく、意識を失ったかのようにして、突然パタリと倒れたのだ。
「竜には何万もの器があります。そこに魂を逃がして、新たなセカイで新たな肉体を手にいれるのです」
「この世界に残された他の人々は?」
「みんな死ぬ。竜は止まりません。争いに反応し、その都度世界をリセットさせるのですから」
ノゾムは、はじめて後ろを振り返り、ティアナの顔を見た。
「なら君は?」
ティアナは竜に吸い込まれていない。
「私はノゾム様のために造られました。時計が完成し、私の役目は終わったのです」
人形のような無表情のティアナ。彼女の目はわずかに黄色く光っていた。
「造られた?」
「はい。私たちはAllStone協会によって造られた召喚呪術師でございます」
「召喚……?」
「魂を司り、器から出し入れする力です。砂糖入れを動かした魔法も、貴方を懐中時計の力で過去の光景を見せたのも、人々の魂を竜の器へ移したのも、私たちの召喚呪術の力でございます」
はぁ……、ノゾムはため息をついた。
どうしてこうなった? 俺はどこで間違った。
竜やら魔法やらが、自分の夢であってほしい。飛び出してきた絵本へと帰ってほしいと、ノゾムは懇願した。
しかし、世界は崩壊へと迫っている。
未来へ飛び立つ竜の体内には、「ひかり時計」が造った懐中時計がある。
ノゾムは見た。時計に拵えた3つの窪みに赤、青、そして白の魔法の光が宿った時、時計は黄金の色へと変わる瞬間を。
赤は「現在」、青は「過去」。そしてまだ見ぬ真っ白な「未来」は、反面に世界を白紙へと戻す浄化の力が宿っている。
「その力で竜はこの世界を滅ぼし、未来へ行くのか……」
「滅ぼすのではございません。浄化させるのです」
どっちでも良い――どのみち、この世界はまもなく滅びるのだ。
「俺に技術者としての力があれば……」
「技術者?」
ティアナが首を傾げる。
ビジネスの力ではなく、時計を造る力があれば、とノゾムは己を呪った。時計技術者の知恵があれば、竜を止められる。
「でも、もう遅いか……」
――技術者?
ただの傍観者であったヒカルがポツリと呟いた。
ヒカルは黄金の懐中時計を見た。青く光る装飾は「過去」。すなわち、知りたい過去を見ることができるのだ。しかし、やってきたのは自分が元々暮らしていた世界の「未来」。その未来では、黄金竜のいるセカイと同じく戦争が起きていて、争いを止めるために竜を造られた。
ヒカルの頭の中で、様々な声が聞こえてくる。その中にはいつからか聞こえるようになった心の声もあった。「竜を止められる。俺なら止められる!」と。
――俺を使え! 俺を呼んでくれ!
ヒカルは叫ぶ。絶望などしなくとも、ノゾムの耳には届かないはずなのに。
――黄金竜は止まらない! いや、黄金竜でも止められない! 争いはどのセカイでも続いているんだ!
黄金竜がタイムスリップしたセカイでも、争いは起きていたではないか。大国オールストンとノリータの戦争。それに呼応して黄金竜は牙を剥いたのだ。
平和のため、争いを止めねば、と――。
――俺なら止められる! だから過去へ行って俺を呼べ!
ノゾムはすでに諦めていた。この世界が滅びようと、もし未来で平和なセカイが訪れるのならば、それも良いではないか、と。
――俺を呼べ! 呼んでくれ!
だが、ノゾムは立ち上がった。脳裏に過よぎったのは、はるか未来の平和なセカイではなく、いつの日か見た展示工房の開いた引き出しであった。
「ティアナ。力を貸してくれ」
呼ばれたティアナの目が黄色く輝く。
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