黄金竜のいるセカイ

にぎた

文字の大きさ
上 下
69 / 94
第十章 黄金竜の正体

しおりを挟む
 目を開けると、ヒカルは見慣れた場所に立っていた。

「ここは……」

 六畳ほどの閑散とした部屋。真ん中に置かれた机には、時計を作るための工具が散らばっている。

「まさか……」

 ヒカルは机の引き出しを乱暴に開けてみた。けれど、そこには自分の知っているピンセットや、受注ファイルは無く空っぽであった。

「誰だ!」

 振り替えると、懐中電灯を持つスーツ姿の男が1人。彼はもちろんヒカルのことは見えていないのだけれど、突然空いた引き出しを怪しみ、くりぬかれた「ひかり時計工房」の隅から隅まで照らし出した。

 誰も居ないことを察した男は「KEEP OUT」のプレートがさがるロープを跨ぐと、もう一度ぐるりと周囲を見渡してから、ヒカルの開けた引き出しをそっと閉めた。

 そして、工房の前に掲げられた「展示」という看板の僅かな傾きを整えると、コツコツと固い音をたてながら廊下を歩いて行った。

 ポツリとひとり残されたヒカル。

 男の背中が見えなくなってしばらくすると、廊下の電気が消えて、真っ暗になった。
 黄金の懐中時計を使い、黄金竜の過去を知るためにタイムスリップした場所は、彼の元職場の模型であったのだ。



 朝になると、今度は高級マンションの一室でヒカルは目を開けた。

  広々としたリビングの真ん中には、ガラスのテーブルとL字の革ソファ。南向きの天井まである大窓からは、その部屋よりも低いビル群が見える。

 大型の液晶テレビからは、アナウンサーがずっと戦争の話をしていた。

「今月で半世紀となる大戦では、各国の死者は一億にも達する見込みで――」
「先月の核爆弾投下により、激しさは増す一向で――」
「23世紀の今、史上最大の大戦は――」

 ヒカルの目に入る風景は見慣れたものでも、耳に飛び込む情報はまるで異世界のものであった。
 戦争、核――ましてや23世紀の現代。いったいこれが黄金竜にどんな関係があるのか、と、ヒカルは懐中時計を手に取った。

 そのとき、ソファで寝ていた男が、あくびをしながら起き上がった。

「しまった……」

 どうやらシャツを着たまま寝落ちしてしまっていたらしい。眠気眼でテーブルに広げられた資料を眺めつつ、男はボリボリと頭を掻いた。

 その男は、昨夜(ヒカルにとっては先ほどだけれども)ひかり時計工房で出会ったスーツの男であった。

 彼はゆっくり立ち上がると、シワシワのシャツを脱ぎ、シャワー室へ向かった。

 ヒカルは聞きたくもないシャワーの音を聞きながら、テーブルに広げられた資料を見る。

 それは時計の設計図であった。

 どれもが精巧に描かれていて、ヒカルは魅了されていた。図案を見ただけで分かる。きっとこれは、滑らかに、そして綺麗に動く腕時計なのだ、と。

 シャワーを浴び終えた男が帰ってくると、彼はテーブルの資料をかき集めて鞄に放り込んだ。
 そしてスーツに着替えると、半渇きの髪もそのままに、そそくさと飛び出して行った。

 ヒカルも後を追う。男が消し忘れたテレビからは、アナウンサーが相変わらず戦争の話をしている。

「呪術的な信仰を行う国もいるとか。専門家の方に来て頂きました――」



 男が入っていったのは、オフィス街のビルであった。

――ひかり時計……株式会社?

 ビルの正面玄関に掲げられた立派な表札。ヒカルはそれを目にして驚きを隠せなかった。

――い、いつから俺の工房は株式会社に?

 六畳一間の狭苦しい工房が、こんな立派な大会社に? あやうく男を見失いそうになり、ヒカルは後ろ髪をひかれる思いで、一緒にビルに入っていく。

 正面玄関を入ったロビーには、分厚い絨毯が敷かれていて、カウンターにはモデルのような女性が二人。男の顔を見たとたん、退屈そうな彼女たちはニコリと笑って挨拶をした。

「おはようございます! 社長」

――社長!?

 その後も、すれ違う社員たちが次々と男に挨拶をしていく。ビルには何十、何百もの社員がいた。

――大会社じゃないか……。

 茫然と、そしてほんの少し恍惚としていたヒカルは、エレベーターを乗り継いで、気がつけばビルの最上階から二つ下のフロアーに来ていた。

 下の階とは違って、すこぶる静かであった。エレベーター横の窓からは、綺麗な青空と、都会のビルに埋もれた森林公園が見えた。

「社長!」

 ヒカルたちを迎えるように、ひとりの男が駆け寄ってくる。少し背が低い中年男。笑うと左頬にだけえくぼができる。
 ヒカルはどこかでその顔を見た気がしたけれど、首に提げたネームバッチの「秘書 河井」という文字に心当たりはなかった。

「おはようございます」
「おはよう」
「今日も寝不足ですか?」

 クマができてますよ、と河井は笑ってみせた。

「うん。昨日も数字とにらめっこだ」
「そんなことは私たちがしますよ。それに、当社は順調です」
「ありがとう。でも、ちゃんと自分の目で見たいんだ」
「いつか体を壊しますよ」

 河井がドアを開けた部屋は社長室であった。ひかり時計工房がすっぽり入るくらいの大部屋。立派な机と、革のソファー。大窓からは、ここからも森林公園が見える。

「13時から定例会議があります。お迎えにあがりますので、それまでにお食事は済ませてくださいね」
「分かった。公会堂だろ?」
「はい。それが?」
「……いや、世間は戦争の最中だ。しょうもない連中に囲まれないかと思って」
「車で向かいますから大丈夫ですよ」

 河井はコーヒーをいれると、机に置いてやった。

「あまり深くお考えにならないでくださいね」
「ああ。しかし、うちの技術を何かに役にたてられないだろうか?」
「昨日も数字を見ていたと言って、どうせそんなことばかり考えていたんでしょう?」

 河井が意地悪く笑うと、男はバツが悪そうに頭をかいた。

「そうだ。昨夜、展示工房の引き出しが開いていたぞ」

 ヒカルが開けた机の引き出しのことだ。

「また工房にいらしたんですか? 本当にお好きなのですね」
「いいじゃないか。それよりセキュリティをしっかりしてくれよ」
「かしこまりました。カメラもチェックします」

 ペコリと頭を下げて、河井は社長室を後にした。残された社長はコーヒーをひと啜りすると、壁面に並べられた本棚から、大きなファイルを一つ抜き出す。

 時計の設計資料だ。ヒカルも覗きこむと、目次には「大槻ヒカル作」の文字が並ぶほか、大槻という名前が続く。

 ひとり驚くヒカルの声は、男には聞こえない。男は大きなため息をつくと、窓の外に視線を逃がした。反射する窓には男がひとりだけ。

 立派な会社に立派な部屋。立派な机に立派な資料――。

  そして、ヒカルはようやく気がついた。

――大槻……ノゾム!?

 机に散らばる名刺や資料には、どれも「取締役社長 大槻ノゾム」とある。

  目の前でため息をつく、社長と呼ばれるこの男は、ヒカルの子孫なのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

処理中です...