黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第八章 サボテン岩の戦い

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「すべて聞きました。昔、パピーがボルボルの棲み家であるこの土地を侵略し、我が物顔で生活をしていること。そのせいでボルボルたちはサボテン岩で暮らすことになってしまったこと。……そして、この真実を、今のパピーたちのほとんどは知らないことを」

 ヤジが少しだけで静かになる。
 このパピーはいったい何を言っているのか。我々は侵略者なのか? この地は譲って貰ったのではないのか? と。

 そして、ヒカルは頭を深くさげた。

「すべてを許してくれとは言いません! ただ、こんな争いはもう止めて、お互いが平穏に暮らせるようにしたい。パピーの罪は認めます。でも、今はここで暮らしたい――本当にすみませんでした!」

 その声は、ちょうどサボテン岩から降りてきたエバーの耳にもちゃんと聞こえていた。
 ボルボル少女の隣で、岩影から見つめる彼は、ヒカルのその姿に何を感じているのだろうか。

 ボルボル代表者のドンも、見知らぬパピーの予期せぬ申し出に驚いたのか、出す言葉を選ぶことも出来なかった。

「危ないっ!」

 カリンダの叫び声が聞こえたかと思うと、すぐ目の前にパッチの姿があった。

 パッチが握りしめる一本の矢。
 矢が飛んできた――。
 寸でのところでパッチが遮ってくれたのだ。
 パッチはそれを力任せに折り捨てると、群衆に向かって叫んでくれた。

「後輩の話が聞けねぇってのか!? 戦いの邪魔をされてイライラしてんのはお前らにだけじゃねぇ。なんなら、俺様が相手してやろうか?」

 小さな手のひらに残った矢の木屑が、ボロボロと灰になって落ちる。

「おい、リリー! お前も出て来てるんだろ? 手を貸せ!」

 問いかけに、パピー兵の中から大きな返事がした。
 ヒカルを含めた皆が声の方を向くと、そこには今のヒカルに瓜二つの奴隷パピーが一人。

「パッチの兄貴! お久しぶりです!」
「よお、リリー。さっそくだが、さっきの矢の持ち主が誰か分かるか?」
「へへへ……ちゃんと見てましたよ。俺のすぐそばにいる偉そうなこいつですぜ!」

 リリーの指差した先には、眼帯をした年老いたパピー――エバーの父であり、エバーを追放したバルトがいる。

「なんだ貴様は!? 奴隷の分際で!」
「おい、リリー! そいつをしっかり抑えておいてくれや。そいつの矢を俺様がうっかり燃やしちまったんだ。あとでちゃんとお詫びしなきゃならねえからよ」

 へい! と、大きな返事をしたリリーは、他のパピーたちの間をぬっていき、バルトの目の前で止まった。
 側近部隊のパピーたちも、事態の困惑と、パッチの威嚇に怯えているのか、ぬけぬけとリリーを現王の前まで通してしまった。

「貴様はいったい何者だ! 何を企んでおる!」
「悪いね。パッチの兄貴の頼みとあっては、断れねから」

 さっきまでパピーの姿だったリリーが、巨大な大蛇に姿へみるみる変わっていく。そして、そのままバルトにとぐろを巻いてしまった。

「は、離せ! 化け物! おい、お前たちも手伝わんか!」
「やめといた方がいいぜ。一人でも妙な動きをしたら、こいつの体はぺちゃんこだ」

 もがけばもがくほど、バルトの体は締め付けられいく。苦痛の叫び声をあげる現王を目の前に、側近のパピーたちも手が出せない。

 見ていたヒカルは、「ありがとう」とだけ言うと、パッチは「けっ、早くしろや」と返事をしてくれた。

 再び、氷壁を挟んでドンに向き直る。
 その時、今度は群衆の中から、一人のパピーがゆっくりと向かってきた。

 パッチも身構えたけれど、バルトとは違って敵意は無いようで、ヒカルも彼の顔を見たことがあった。

「失礼――私は王族親衛隊総統括元帥ボルサネーロ・トランス。貴公らの話を詳しく聞きたい。ボルネと呼んでくれたまえ」



 氷壁が揺れる。巨人ディアンブロスの一撃一撃に。

 ボルネと名乗った兵士は、今朝ヒカルが出会った紳士パピーであった。
 ヒカルとパッチに一礼すると、彼は敵将であるドンに顔を向ける。
 ヒカルの告げたパピーとボルボルの歴史についての真偽を問うと、ドンは静かに頷いた。

 ボルネは、捕らえられたバルトへ恐る恐る視線を投げる。だが、現王は受けとることなく、目を背ける。

 その反応は、答えとしては充分だった。

「我々は大変なことをしてしまったのか……」

 ボルネの呟きは、サボテン岩にいた全員の心に入っていったのだろうか。
 悪態だけのヤジは止み、ザワザワとした真実の揺れる声があちこちから聞こえた。

 ボルネと目があった。彼も、未だに真実を完全には受け入れられてない様子だ。

「そなたの勇気に感謝する――」

 ヒカルはこくんと頷くと、ボルネと一緒にボルボルたちへ姿勢を正した。

「我々の非を認める! 争いからも手を引く!」

 降伏する――。
 ボルネがドンに向かって頭を下げた。ヒカルも、彼に続いて深く頭を下げる。

 その時、未だに揺れる声たちが、一段と大きくなった。
 エバーが岩影から出てきたのだ。
 追放された王家の跡取り息子。彼の後ろには、ボルボルの少女ザラと、カリンダも追いかけてきた。

「ちょっと! 危ないよ!」

 カリンダの忠告も無視して、エバーとザラも二人に並ぶ。

「パピーの過ちを、我々の先祖が犯した罪をここで終えたい。償いはします。我々はただ、平穏に暮らしたいだけなのだ」

 エバーが頭を下げると、見よう見真似でザラも続く。

 ボルボルたちは、しばらくは何も言わなかった。憎しみを抱き、剣を交えた相手に頭を下げられても、簡単に返事は出来ない。

 ディアンブロスは未だに氷壁を打っている。岩影に残ったウインは、ヒカルたちを見守りながら、その場に腰をおろす。

 額から一筋の赤い血が、頬を伝って落ちた。
 どうにもこうにも早くしてくれ……よ。

 ヒカルは、ボルボルたちに向き直った。

「エバーに……王子様にも聞きました。どうしてパピーがこの地にやってきたのかも。でも、黄金竜は必ず止めます! このセカイから争いを無くして、元の平和なセカイにもど――」

 コツン――。

 氷壁に何かが当たった。
 石ころだ。跳ね返ったそれは、ドンの足元まで転がって止まった。

「黙って聞いていたら、何を今さらノコノコと現れて!」

 ボルボルの兵士たちが声を上げる。

「許して欲しいだと!? そんな都合の良い話があるか!」

 コツン、コツン――。

「深い傷を負わせておいて!」
「負け犬たちめ!」

 コツン、コツン、コツコツコツ――コツン。

 今度はヒカルの足元まで石ころが転がってきた。

「負け犬だと!? 侵略を許しておいて、どの口が言っているんだ!」
「そもそも侵略などしてない! 一人の嘘を信じるつもりか!」
「我々だって、お前たちにどれほどの友人や家族を殺されたか!」

 双方飛び交う石の雨が、隔てる氷壁を打ち合う。
 ヒカルは、頭上を飛び交う石つぶての中で、黄金の懐中時計に、そっと手を添えた。
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