黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第七章 パピー一族

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 リリーのやつが夜通しぺちゃくちゃ喋り続けやがったせいで、充分に睡眠が取れなかった三人は、目を真っ赤にして朝を迎えた。

「早くエバーを見つけよう……」
「そうだね……」

 目を擦りながら、カリンダもこくと頷く。
 心なしか、彼女がヒカルの言葉に反応してくれることが多くなった気がする。
 単に眠たいだけかもしれないけれど。

 朝日は痛いくらい眩しかった。

「まだ俺は透明なの?」
「うん……たぶん」
「たぶんって……」

 パピーの朝は早い。日が登ってどれくらい経ったのか分からないけれど、町は多くのパピーで賑わっていた。

 大都市オルストンほどではないけれど、小さな市場もあって、パピーたちの活気が漏れている。

「おや? 人間がいるなんて珍しい」
「と言うより、初めてなんじゃないかしら?」

 振り向くと、二人のパピーがいた。仲良さげに腕組みなんかしながら。

「どうやってこの場所へ?」

 イギリス紳士のように髭を整えたパピーが言う。きっとシルクハットがよく似合うのだろう。

「パピーの料理は人間の口に合うのかしら」

 今度は、長い睫毛をしたパピーが言う。こちらはきっとフリフリのドレスがよく似合うのかしら。

 「ご機嫌よう、お二方。今日も良いお天気で散歩日和でございますね」

 ウインの営業トークにもすっかり慣れた。爽やかな営業スマイルに、二人のパピーも心底嬉しそうに見えた。

 お、こいつはパピーへの礼儀をきちんとわかってるな、と。

「実は私たちはあり方を探しておりまして……。王家ロンド・グレイン・エバーグレース様をお見かけしませんでしたか?」

 ヒカルをパピーの姿に変えた張本人だ。
 彼に会えば、元の姿に戻れる答え、もしくはヒントが貰えるかもしれない。彼の「王家」という肩書きが本当ならば、この町に住むパピーは知っているはず。

 だが、エバーの名前を聞いた途端、二人のパピーからあからさまに笑顔がひいた。

「エ、エバー様は、そこいらをお散歩されていんじゃなくって?」
「そ、そうだね。君の言った通り、今日は天気も良いんだし」

 早口で言い終えると、「では」と、二人はそそくさと行ってしまった。
 まるで逃げるかのようにして。まるで、関わってはいけない、とばかりに。

「なんなんだ?」

 昨日の王族の反応にしかり、さっきの夫婦(?)の反応にしかり、「エバー」という名前はタブーのように感じられる。

「カリンダ? そう言えば、黄金竜の気配はまだ感じるの?」

 ヒカルがカリンダの足をつん、と突いた。
 透明になってはいるけど、ウインとカリンダには見えているはずだ。

 カリンダは黄色い瞳を閉じて、すー、と深呼吸をした。よく見ると睫毛も眉毛も銀色だ。色素の薄い肌に銀色の影が落ちる。

「……感じる。近くに」
「ウイン、先にそっちを探してみてはどう?」
「そっちって、竜神様のことかい?」
「うん」

 急にどうしたのさ? と、ウインとカリンダがヒカルに目を向ける。

「探し物は探すことを止めると見つかる」

 ウインとカリンダの二人は、パピー姿のヒカルの言葉に反論はしなかった。
 根拠の無い言葉なのに、妙に説得力のある言葉。
 ただ、この台詞を言いたかっただけだということを、ヒカルは胸の奥にしまうことにした。



 黄金竜の気配をすぐ近くに感じる。
 黄色い目をした少女カリンダは、黄金竜の気配を感じとることが出来るのだ。
 カリンダの兄であるウインと隊長ブリーゲルもそうだが、二人の瞳は黄色ではない。
 カリンダは気配を感じるだけではなく、共鳴が出来るのだ、とウインは言った。

――竜の子なんだ。

 このセカイで初めて出会ったリオンも黄色い目をしていた。彼女もまた、天から落ちてきた鱗である黄金ワニの襲来を予期したのだ。

 元々、ウインたちの旅の目的は黄金竜を見つけることにあった。よそ者であるヒカルの姿なんて関係ない。
 見つけて何をするのか。ヒカルはそこまで把握はしていないが、彼らについていくことを決めた。結果、このセカイから争いを無くすという、大いなる目的を掲げたのだ。

 黄色い目をした銀髪の少女カリンダ。彼女は黄金竜の気配をすぐ近くに感じると言った。
 共鳴――。

「でも、本当にこんなところに黄金竜はいるのかな?」
「もし……もしもの話だよ? この山は竜神様の棲家だったかは、魔の鳥籠って言われているんじゃないのだろうか」

 魔の鳥籠と言われる人禁制の山の中腹。そこには、絶滅を危惧されていたパピーの町が築かれていた。
 平和に見えるこの町に、果たして災いを降り注ぐ黄金竜がいるのだろうか。
 気配に共鳴し、ウインとヒカルを案内していたカリンダが立ち止まった。
 町外れの草原の中にポツリと、他のパピー建築とは全く違う、木造の建物があった。

 滑らかに磨かれた木材に、綺麗にコーティングされた塗料。屋根もカンパニュラ型ではなく、藁と石で固定された三角屋根だ。

「もしかして……ここから感じるの?」

 ヒカルの問いに、カリンダはこくん、と頷く。黄色い目の視線は、鋭くその建物の中へと注がれている。

「入ってみよう」

 ウインが木の引き戸をゆっくりと開けた。朝日の降り注ぐ外の世界とはうって変わって薄暗い涼しい影が落ちている。

「まるで神社みたい」
「じんじゃ?」

 何それ? といったウインの言葉をヒカルは無視した。
 いや、反応出来なかったのだ。

 霊感厳かなる神妙な雰囲気は、元の世界にあった八百万の神様たちを祭る神社にそっくりだ。この建物が木造なことも助長している。

 要するに、ヒカルは感銘を受けていたのだ。神社を参拝する人たちは、皆、神聖な気持ちになれるのだ。

「……いる」

 カリンダの白くて細い腕が伸ばす先――屋内の暗闇に目が慣れたその先にあったのは、金色に光る竜の金像であった。
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