47 / 94
第七章 パピー一族
4
しおりを挟む
リリーのやつが夜通しぺちゃくちゃ喋り続けやがったせいで、充分に睡眠が取れなかった三人は、目を真っ赤にして朝を迎えた。
「早くエバーを見つけよう……」
「そうだね……」
目を擦りながら、カリンダもこくと頷く。
心なしか、彼女がヒカルの言葉に反応してくれることが多くなった気がする。
単に眠たいだけかもしれないけれど。
朝日は痛いくらい眩しかった。
「まだ俺は透明なの?」
「うん……たぶん」
「たぶんって……」
パピーの朝は早い。日が登ってどれくらい経ったのか分からないけれど、町は多くのパピーで賑わっていた。
大都市オルストンほどではないけれど、小さな市場もあって、パピーたちの活気が漏れている。
「おや? 人間がいるなんて珍しい」
「と言うより、初めてなんじゃないかしら?」
振り向くと、二人のパピーがいた。仲良さげに腕組みなんかしながら。
「どうやってこの場所へ?」
イギリス紳士のように髭を整えたパピーが言う。きっとシルクハットがよく似合うのだろう。
「パピーの料理は人間の口に合うのかしら」
今度は、長い睫毛をしたパピーが言う。こちらはきっとフリフリのドレスがよく似合うのかしら。
「ご機嫌よう、お二方。今日も良いお天気で散歩日和でございますね」
ウインの営業トークにもすっかり慣れた。爽やかな営業スマイルに、二人のパピーも心底嬉しそうに見えた。
お、こいつはパピーへの礼儀をきちんとわかってるな、と。
「実は私たちはあり方を探しておりまして……。王家ロンド・グレイン・エバーグレース様をお見かけしませんでしたか?」
ヒカルをパピーの姿に変えた張本人だ。
彼に会えば、元の姿に戻れる答え、もしくはヒントが貰えるかもしれない。彼の「王家」という肩書きが本当ならば、この町に住むパピーは知っているはず。
だが、エバーの名前を聞いた途端、二人のパピーからあからさまに笑顔がひいた。
「エ、エバー様は、そこいらをお散歩されていんじゃなくって?」
「そ、そうだね。君の言った通り、今日は天気も良いんだし」
早口で言い終えると、「では」と、二人はそそくさと行ってしまった。
まるで逃げるかのようにして。まるで、関わってはいけない、とばかりに。
「なんなんだ?」
昨日の王族の反応にしかり、さっきの夫婦(?)の反応にしかり、「エバー」という名前はタブーのように感じられる。
「カリンダ? そう言えば、黄金竜の気配はまだ感じるの?」
ヒカルがカリンダの足をつん、と突いた。
透明になってはいるけど、ウインとカリンダには見えているはずだ。
カリンダは黄色い瞳を閉じて、すー、と深呼吸をした。よく見ると睫毛も眉毛も銀色だ。色素の薄い肌に銀色の影が落ちる。
「……感じる。近くに」
「ウイン、先にそっちを探してみてはどう?」
「そっちって、竜神様のことかい?」
「うん」
急にどうしたのさ? と、ウインとカリンダがヒカルに目を向ける。
「探し物は探すことを止めると見つかる」
ウインとカリンダの二人は、パピー姿のヒカルの言葉に反論はしなかった。
根拠の無い言葉なのに、妙に説得力のある言葉。
ただ、この台詞を言いたかっただけだということを、ヒカルは胸の奥にしまうことにした。
〇
黄金竜の気配をすぐ近くに感じる。
黄色い目をした少女カリンダは、黄金竜の気配を感じとることが出来るのだ。
カリンダの兄であるウインと隊長ブリーゲルもそうだが、二人の瞳は黄色ではない。
カリンダは気配を感じるだけではなく、共鳴が出来るのだ、とウインは言った。
――竜の子なんだ。
このセカイで初めて出会ったリオンも黄色い目をしていた。彼女もまた、天から落ちてきた鱗である黄金ワニの襲来を予期したのだ。
元々、ウインたちの旅の目的は黄金竜を見つけることにあった。よそ者であるヒカルの姿なんて関係ない。
見つけて何をするのか。ヒカルはそこまで把握はしていないが、彼らについていくことを決めた。結果、このセカイから争いを無くすという、大いなる目的を掲げたのだ。
黄色い目をした銀髪の少女カリンダ。彼女は黄金竜の気配をすぐ近くに感じると言った。
共鳴――。
「でも、本当にこんなところに黄金竜はいるのかな?」
「もし……もしもの話だよ? この山は竜神様の棲家だったかは、魔の鳥籠って言われているんじゃないのだろうか」
魔の鳥籠と言われる人禁制の山の中腹。そこには、絶滅を危惧されていたパピーの町が築かれていた。
平和に見えるこの町に、果たして災いを降り注ぐ黄金竜がいるのだろうか。
気配に共鳴し、ウインとヒカルを案内していたカリンダが立ち止まった。
町外れの草原の中にポツリと、他のパピー建築とは全く違う、木造の建物があった。
滑らかに磨かれた木材に、綺麗にコーティングされた塗料。屋根もカンパニュラ型ではなく、藁と石で固定された三角屋根だ。
「もしかして……ここから感じるの?」
ヒカルの問いに、カリンダはこくん、と頷く。黄色い目の視線は、鋭くその建物の中へと注がれている。
「入ってみよう」
ウインが木の引き戸をゆっくりと開けた。朝日の降り注ぐ外の世界とはうって変わって薄暗い涼しい影が落ちている。
「まるで神社みたい」
「じんじゃ?」
何それ? といったウインの言葉をヒカルは無視した。
いや、反応出来なかったのだ。
霊感厳かなる神妙な雰囲気は、元の世界にあった八百万の神様たちを祭る神社にそっくりだ。この建物が木造なことも助長している。
要するに、ヒカルは感銘を受けていたのだ。神社を参拝する人たちは、皆、神聖な気持ちになれるのだ。
「……いる」
カリンダの白くて細い腕が伸ばす先――屋内の暗闇に目が慣れたその先にあったのは、金色に光る竜の金像であった。
「早くエバーを見つけよう……」
「そうだね……」
目を擦りながら、カリンダもこくと頷く。
心なしか、彼女がヒカルの言葉に反応してくれることが多くなった気がする。
単に眠たいだけかもしれないけれど。
朝日は痛いくらい眩しかった。
「まだ俺は透明なの?」
「うん……たぶん」
「たぶんって……」
パピーの朝は早い。日が登ってどれくらい経ったのか分からないけれど、町は多くのパピーで賑わっていた。
大都市オルストンほどではないけれど、小さな市場もあって、パピーたちの活気が漏れている。
「おや? 人間がいるなんて珍しい」
「と言うより、初めてなんじゃないかしら?」
振り向くと、二人のパピーがいた。仲良さげに腕組みなんかしながら。
「どうやってこの場所へ?」
イギリス紳士のように髭を整えたパピーが言う。きっとシルクハットがよく似合うのだろう。
「パピーの料理は人間の口に合うのかしら」
今度は、長い睫毛をしたパピーが言う。こちらはきっとフリフリのドレスがよく似合うのかしら。
「ご機嫌よう、お二方。今日も良いお天気で散歩日和でございますね」
ウインの営業トークにもすっかり慣れた。爽やかな営業スマイルに、二人のパピーも心底嬉しそうに見えた。
お、こいつはパピーへの礼儀をきちんとわかってるな、と。
「実は私たちはあり方を探しておりまして……。王家ロンド・グレイン・エバーグレース様をお見かけしませんでしたか?」
ヒカルをパピーの姿に変えた張本人だ。
彼に会えば、元の姿に戻れる答え、もしくはヒントが貰えるかもしれない。彼の「王家」という肩書きが本当ならば、この町に住むパピーは知っているはず。
だが、エバーの名前を聞いた途端、二人のパピーからあからさまに笑顔がひいた。
「エ、エバー様は、そこいらをお散歩されていんじゃなくって?」
「そ、そうだね。君の言った通り、今日は天気も良いんだし」
早口で言い終えると、「では」と、二人はそそくさと行ってしまった。
まるで逃げるかのようにして。まるで、関わってはいけない、とばかりに。
「なんなんだ?」
昨日の王族の反応にしかり、さっきの夫婦(?)の反応にしかり、「エバー」という名前はタブーのように感じられる。
「カリンダ? そう言えば、黄金竜の気配はまだ感じるの?」
ヒカルがカリンダの足をつん、と突いた。
透明になってはいるけど、ウインとカリンダには見えているはずだ。
カリンダは黄色い瞳を閉じて、すー、と深呼吸をした。よく見ると睫毛も眉毛も銀色だ。色素の薄い肌に銀色の影が落ちる。
「……感じる。近くに」
「ウイン、先にそっちを探してみてはどう?」
「そっちって、竜神様のことかい?」
「うん」
急にどうしたのさ? と、ウインとカリンダがヒカルに目を向ける。
「探し物は探すことを止めると見つかる」
ウインとカリンダの二人は、パピー姿のヒカルの言葉に反論はしなかった。
根拠の無い言葉なのに、妙に説得力のある言葉。
ただ、この台詞を言いたかっただけだということを、ヒカルは胸の奥にしまうことにした。
〇
黄金竜の気配をすぐ近くに感じる。
黄色い目をした少女カリンダは、黄金竜の気配を感じとることが出来るのだ。
カリンダの兄であるウインと隊長ブリーゲルもそうだが、二人の瞳は黄色ではない。
カリンダは気配を感じるだけではなく、共鳴が出来るのだ、とウインは言った。
――竜の子なんだ。
このセカイで初めて出会ったリオンも黄色い目をしていた。彼女もまた、天から落ちてきた鱗である黄金ワニの襲来を予期したのだ。
元々、ウインたちの旅の目的は黄金竜を見つけることにあった。よそ者であるヒカルの姿なんて関係ない。
見つけて何をするのか。ヒカルはそこまで把握はしていないが、彼らについていくことを決めた。結果、このセカイから争いを無くすという、大いなる目的を掲げたのだ。
黄色い目をした銀髪の少女カリンダ。彼女は黄金竜の気配をすぐ近くに感じると言った。
共鳴――。
「でも、本当にこんなところに黄金竜はいるのかな?」
「もし……もしもの話だよ? この山は竜神様の棲家だったかは、魔の鳥籠って言われているんじゃないのだろうか」
魔の鳥籠と言われる人禁制の山の中腹。そこには、絶滅を危惧されていたパピーの町が築かれていた。
平和に見えるこの町に、果たして災いを降り注ぐ黄金竜がいるのだろうか。
気配に共鳴し、ウインとヒカルを案内していたカリンダが立ち止まった。
町外れの草原の中にポツリと、他のパピー建築とは全く違う、木造の建物があった。
滑らかに磨かれた木材に、綺麗にコーティングされた塗料。屋根もカンパニュラ型ではなく、藁と石で固定された三角屋根だ。
「もしかして……ここから感じるの?」
ヒカルの問いに、カリンダはこくん、と頷く。黄色い目の視線は、鋭くその建物の中へと注がれている。
「入ってみよう」
ウインが木の引き戸をゆっくりと開けた。朝日の降り注ぐ外の世界とはうって変わって薄暗い涼しい影が落ちている。
「まるで神社みたい」
「じんじゃ?」
何それ? といったウインの言葉をヒカルは無視した。
いや、反応出来なかったのだ。
霊感厳かなる神妙な雰囲気は、元の世界にあった八百万の神様たちを祭る神社にそっくりだ。この建物が木造なことも助長している。
要するに、ヒカルは感銘を受けていたのだ。神社を参拝する人たちは、皆、神聖な気持ちになれるのだ。
「……いる」
カリンダの白くて細い腕が伸ばす先――屋内の暗闇に目が慣れたその先にあったのは、金色に光る竜の金像であった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる