黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第六章 鉛色の空

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 走り出した脳みそ兵士に対して、虫たちは壁を作った。

 何十匹もの黄金虫が連なった、強固で巨大な黄金の壁だ。

「そんなもの――!」

 だが、一振り目で壁に穴が空き、二振り目で砕かれた。脳みそ兵士の突進は止まらない。右腕を無くした黄金猿へ一直線だ。

  猿が左腕を振りかぶると、瓦礫の山へ突き下ろす。大きな衝撃は地面を砕き、瓦礫の破片たちが周囲へ飛び散った。

 脳みそ兵士は勢いを保ちつつ、目の前に飛んでくる破片たちを見事に捌いていく。

 虫たちが再び壁を作ろうと集まるが、脳みそ兵士はそれを許さなかった。

「逃げるだけか? 鱗たちよ!」

 彼の後には黄金の山が出来ていた。いつの間にか夜が明けていた。雲の上の陽が空に空いた穴から射し込み、黄金の山をキラキラと照らして見せた。

 兵士たちはワニを壊し、脳みそ兵士は猿に斬りかかる。瓦礫の隙間に隠れるバルは、逃げ出すことも忘れてただただその衝突に見いっていた。

 脳みそ兵士の振り落とす剣は、確実に黄金猿を捉えていた。

 しかし、バルは気付いてしまったのだ。
 自分の……否、自分たちの頭上にある鉛色の空の異変を。
 黄金ワニに攻め掛かっていた兵士たちが手足を止める。

「そんな……まさか」

 脳みそ兵士の切っ先が、黄金猿の一寸先で止まった。彼もまた、異変に気付いたのだ。

「ぐああああ!」

 兵士たちの雄叫びがあちこちから聞こえてきた。

「皆日陰を探せ! 陽が出たぞ!!」

 分厚い雲にずっと覆われていた大都市オルストン。鱗たちの襲来を前にして突然空いた穴から、いつの間にか絶えてしまった太陽の陽が、瓦礫の山をみるみると照らし始めたのだ。
 脳みそ兵士の号令に、ワニに集っていた兵士たちが一斉に走り出す。彼もまた、手負いの黄金猿を目の前にして、剣を納め駆け出した。

――なんだ!?

 瓦礫の隙間で見ていたバルには、現状が全く掴めなかった。ただ、兵士たちが煙となって消えていく様子だけが目に写る。

 瓦礫の山に反射する日光は、次第に陰を喰らっていく。陰の上を走る兵士たちは次から次へと煙に変わっていった。

「急げ! 瓦礫でもどこでも良い! 身を隠すのだ!」

 日光に追われ、日陰を走る兵士たち。だが、脳みそ兵士の号令は虚しく、兵士たちは瞬く間に陽の光に飲み込まれた。

 バルたちの頭上の小さな穴――空を覆う分厚い雲たちが一気に散ったのだ。

 鉛色の空は一変し、懐かしい青天が広がった。
 その大空の中――バルの遥か頭上では、日光を浴びて真っ白に輝く黄金竜が、その大きな翼を広げて気高く舞っていた。



 空が晴れたせいで、お化け兵士たちは次々に煙となって消えていった。

 バルの目の前――脳みそ兵士が膝をつく。

 鬱々つしていた鉛色の空をしたオルストンとは違い、陽が容赦なく差し込む今では、瓦礫の山に陽炎が立っている。

 瓦礫の隙間から、脳みそ兵士と目が合った。口を動かし、こちらへ手を伸ばす。

 いくら黄金の鱗たちを蹂躙したところで、彼もまた例に漏れず日光によって(?)体が煙へと変わっていく。

 何が言いたいのか。バルは彼から目を離せずにいた。
 何を言っているのかわからないけれど、助けを乞うている訳ではないことはバルにも分かった。まさしく必死に何かを伝えたいのだ。

 きっと「逃げろ」と。

 煙に消えながらも、力いっぱい手を伸ばす脳みそ兵士の後ろから、陽炎に揺れる黄金猿がゆっくりと歩みよってくる。
 そして、猿の振り下ろした左手は、無情にも脳みそ兵士を散り散りに砕いていった。
 分厚い雲を晴らし優雅に舞う黄金竜は、空の青が良く似合った。

 瓦礫の隙間から見上げるバルは、その美しさに心を奪われた。燦々と日光を照り返す、黄金色の体は、何人にも犯されざる神聖なものを感じられる。

 バサバサと音を立てながら、竜はオルストンの瓦礫の山に降り立った。

 巨大で雄大――。

 瓦礫の山に座したその姿は、この世を統べる王のような威厳があった。
 翼を閉じ、降り立った黄金竜の周りに、ワニや猿や虫たちが集まってくる。

「まるで守ってるみたいだね」

 突然の声に驚いて、バルは頭を瓦礫に強く打ってしまった。

「ごめんね。驚かすつもりは無かったんだ……」

 痛い頭に涙目のバルが振り向くと、そこには分厚い絨毯を頭から纏った子どもがいた。
 元々はバルの住まいの屋根で、原付バイクを奪還するために彼が被っていた絨毯だ。

「僕はウタ。君は?」

――ぼ、僕は……。

 絨毯の間から見える顔は、脳みそ兵士たちのようなお化けのものではなく、綺麗に整った少年の顔だ。けれど、握手のために差し出された手は、氷の様に冷たかった。

 彼もまた、日の光に当たると煙になって消えてしまうのだろうか。

 バルはまだ声が出なかった。
 それを察してくれたのか、ウタと名乗った少年は、それ以上聞かずにいてくれた。

「あれ見てよ」

 代わりに、黄金竜たちの方を指差す。
 地に降り立った竜は、一寸も動かず沈黙を続けている。その周りを囲む鱗たちは、少年の言うとおり「守っている」様に見えた。

「何がなんだか分からないけれど、とにかくここから逃げようよ。それに、竜がここに来たことをはやく知らせないと」

 きっと今がチャンスなんだ。

 そう言った彼の手には、先ほどまで脳みそ兵士が持っていた剣が握りしめられていた。

 黄金の鱗を圧倒した剣だ。どこで拾ったのか分からないけれど、確かにこれがあればあの竜でさて討ち取れるのかもしれない。

 正直バルは一人でも逃げてしまいたかったのだけれど、自分と同世代の少年が仲間になってくれるのかもしれないとなると、心底嫌気という訳ではなかったのだ。

「竜が大人しい内になんとかしないと……」

 ウタが瓦礫の隙間からバルを引っ張り出す。
 晴天の空の下。
 分厚い絨毯にくるまれた少年ウタ。バルは大人しくなった竜たちを背にして、瓦礫の山オルストンと別れを告げる。


(第七章へ続く――)
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