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第五章 i・s・a・h
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「ウインは何でも出来るんだね」
「そんなことないさ。治癒魔法だって、昔から一番苦手な分野だったんだから」
ヒカルの両手は見事に治った。痛みもない。腫れもない。火傷どころか、ささくれ一つ無くなっていた。
ウインは、今度はカリンダの両手を治癒している。これほどまで綺麗に治してくれるのに、一番の苦手分野と言うのだ。
勉強もスポーツも冴えないヒカルにとって、嫌味にすら聞こえてくる。
心の波は大きく。それでいて収まる気配はなかった。
「パッチがやられて、爪が二人に向き合ったときに思ったよ。パッチを利用しようってね」
よし――。カリンダの治癒を終えたウインが、額の汗を脱ぐって腰をおろした。
暗く、冷えた理科室の中まで、溶岩の音が微かに聞こえてくる。
それが余計に、この部屋の寂しさを助長していた。
祭り囃子が自分の部屋の開いた窓から聞こえてくるような。もの寂しい哀愁の音。
「僕じゃ爪には勝てない。だから傷だらけのパッチを治してもう一度戦えるようにした」
卑怯でしょ?
暗くてウインの顔が見えないけれど、笑っているような気がした。卑怯者だと自分自身を嘲笑しているのだ。
「卑怯者なんかじゃないよ。ウインは」
返事はない。
暗い理科室の中では、お互いの心が触れあえる気がした。
沈黙は嫌だ。何も考えたくない。考えれば考えるほど、心の波が大きくなって、飲み込まれそうになる。
元いた世界? 魔法? 黄金竜?
ここは……俺は……。
帽子を深く被った男に荷物を届けるように依頼された。指定された場所は廃棄だった。でも、俺は強引に入っていったんだ。
そして……。
「とびら……」
「え?」
振り替えると、壁際に立つカリンダがぼんやりと見えた。銀色の長髪に透き通るような白い肌が、ぼんやりと闇の中に浮いている。
白くて、線の細い腕が伸びた先――カリンダの指差す方向には、剥がれた壁に埋まる鉄の扉があった。
鱗の衝撃でその扉が現れたのであろう。
扉は扉だが、これもまた、ヒカルにとっては見覚えのあるものであった。
「ドアだ……」
ヒカルは扉とは言わなかった。理由はない。それを見て、思い浮かんだ言葉が「ドア」だっただけ。
ひんやりとした鉄の冷たさを思わせるような、愛想無い無地のドア。ドアノブも、強く握ると落っこちてしまうような危うさがあった。
学校や役場、会社の中の一部にピタリとはまるようなそのドアは、この洞窟の中では極めて異質な存在なのだ。
ガチャガチャ……。
「鍵が掛かってるみたいだね」
ウインがため息混じりに呟いた。
ドアノブにある鍵穴。ヒカルはリュックから工具箱を取り出した。バラバラになった懐中時計の部品がこぼれないよう気を付けながら。
「任せて」
「何するの?」
工具場から取り出した小さなバネを、指先で伸ばしていく。針金の出来上がりだ。
「大丈夫……。手先は器用な方だからさ」
「そんなことないさ。治癒魔法だって、昔から一番苦手な分野だったんだから」
ヒカルの両手は見事に治った。痛みもない。腫れもない。火傷どころか、ささくれ一つ無くなっていた。
ウインは、今度はカリンダの両手を治癒している。これほどまで綺麗に治してくれるのに、一番の苦手分野と言うのだ。
勉強もスポーツも冴えないヒカルにとって、嫌味にすら聞こえてくる。
心の波は大きく。それでいて収まる気配はなかった。
「パッチがやられて、爪が二人に向き合ったときに思ったよ。パッチを利用しようってね」
よし――。カリンダの治癒を終えたウインが、額の汗を脱ぐって腰をおろした。
暗く、冷えた理科室の中まで、溶岩の音が微かに聞こえてくる。
それが余計に、この部屋の寂しさを助長していた。
祭り囃子が自分の部屋の開いた窓から聞こえてくるような。もの寂しい哀愁の音。
「僕じゃ爪には勝てない。だから傷だらけのパッチを治してもう一度戦えるようにした」
卑怯でしょ?
暗くてウインの顔が見えないけれど、笑っているような気がした。卑怯者だと自分自身を嘲笑しているのだ。
「卑怯者なんかじゃないよ。ウインは」
返事はない。
暗い理科室の中では、お互いの心が触れあえる気がした。
沈黙は嫌だ。何も考えたくない。考えれば考えるほど、心の波が大きくなって、飲み込まれそうになる。
元いた世界? 魔法? 黄金竜?
ここは……俺は……。
帽子を深く被った男に荷物を届けるように依頼された。指定された場所は廃棄だった。でも、俺は強引に入っていったんだ。
そして……。
「とびら……」
「え?」
振り替えると、壁際に立つカリンダがぼんやりと見えた。銀色の長髪に透き通るような白い肌が、ぼんやりと闇の中に浮いている。
白くて、線の細い腕が伸びた先――カリンダの指差す方向には、剥がれた壁に埋まる鉄の扉があった。
鱗の衝撃でその扉が現れたのであろう。
扉は扉だが、これもまた、ヒカルにとっては見覚えのあるものであった。
「ドアだ……」
ヒカルは扉とは言わなかった。理由はない。それを見て、思い浮かんだ言葉が「ドア」だっただけ。
ひんやりとした鉄の冷たさを思わせるような、愛想無い無地のドア。ドアノブも、強く握ると落っこちてしまうような危うさがあった。
学校や役場、会社の中の一部にピタリとはまるようなそのドアは、この洞窟の中では極めて異質な存在なのだ。
ガチャガチャ……。
「鍵が掛かってるみたいだね」
ウインがため息混じりに呟いた。
ドアノブにある鍵穴。ヒカルはリュックから工具箱を取り出した。バラバラになった懐中時計の部品がこぼれないよう気を付けながら。
「任せて」
「何するの?」
工具場から取り出した小さなバネを、指先で伸ばしていく。針金の出来上がりだ。
「大丈夫……。手先は器用な方だからさ」
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