黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第五章 i・s・a・h

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 ヒカル、ウイン、パッチ、そしてカリンダが逃げ込んだ先は、今までの広間とは違っていた。

「ここは……」

 今までとは違う雰囲気。なぜなら、彼らのいる部屋は、むしろヒカルの方が見慣れた場所だった。

 並べられた事務机と椅子。
 分厚いファイルが詰まった壁一面の本棚。
 タイルに敷かれた絨毯の上には、埃の被ったビーカーや割れたフラスコが散乱している。

「理科室……?」

 なんだここは?
 どうしてこの世界にこんなものがあるんだ?
 この部屋は、ヒカルの記憶にある元の世界の光景そのものだった。

「おいっ! 感傷に浸ってる暇なんてないぜ!」

 ドン! ドン!
 そうだ。ヒカルたちは今は追われているのだ。黄金竜の鱗である巨大な土竜に。
 逃げ込んだ入り口から、土竜の鼻先が見えた。回転しているドリルは、嫌な音を立てて、入り口を広げていく。

「確かに……あいつをどうにかしないとね」
「に……逃げよう!」

 すがり付くヒカルを無視して、ウインは「ふぅ」と息を吐いた。

「パッチ、頼んだよ」
「おう……」

 ドリルに真っ向から対峙するウインとパッチ。
 土竜の衝撃で本棚が倒れ、書類が床に散らばった。

「来るよ」
「分かってらぁ」

 地面が大きく揺れる。
 黄金の土竜は遂にこの理科室に入ってきた!

「さて、いっちょやりますか」
「お許しください竜神様。我々には使命がございます故」

 小熊パッチ対巨大なドリルの土竜。
 先に仕掛けたのはパッチだった。

「おおおお!」

 雄叫びを上げ、土竜に突撃する。見えない程早く、それはまるで光のような突撃だった。

 ゴオン! っと、金属にぶつかる鈍い音が響いた。
 ウインの足元に、パッチがコロコロと転がってきた。
 頭から血が一筋流れ落ちる。

「そんなもんじゃないだろ?」
「簡単に何でも言いやがって……」

 再び、パッチが光となって突撃を仕掛ける。一度ではなく何度も、黄金の土竜にぶつかっていく。

 だが――。

「やっぱり硬えな」
「さすがは竜神様のお鱗だね」

 いつの間にか、パッチはウインのそばに戻っていた。
 全身が傷だらけなのが分かる。きっと立っているのが精一杯なのだろう。
 土竜は四つん這いになり、お返しとばかりにドリルの回転を早めていく。

「来るぞ」
「だから分かってるって!」

 今度は同時に走り出した。
 土竜と小熊がぶつかる。

「うおおおお!」

 なんと、小熊が巨大土竜の突撃を止めてみせた。
 回転するドリルを避け、雄叫びを上げながら押し勝っているパッチ。
 徐々にではあるが、土竜が後退し始めた。

 キィーン。
 ドリルの回転音が嫌な音を立てる。

 激突を前に、ヒカルは後悔していた。
 もし、ここに黄金の懐中時計があったら?
 もし、黄金の懐中時計をちゃんと組み立てていれば?
 もし、懐中時計の魔力にとり憑かれていなければ?

 こんな危機など、簡単に脱出出来るのに、と。

「うおおおお!」

 雄叫びと共に、パッチの猛進がさらに大きくなった。
 やがて、土竜の体が地面から離れ、石橋のあった岸まで追いやっている。

「くたばりやがれ!」

 カキン!
 土竜の鼻であるドリルが折れた。
 もうすぐだ。もうすぐで土竜を……。

 ドボン、と音がして、土竜は溶岩に沈んで行った。

「ハアハア……」

 上がってこない。
 溶岩の運河を崖から見下ろすパッチの後ろ姿は、まさしく絶望の中を照らす希望の光だ。

 なのに……。

「終わったぜ」

 パッチが振り返る。戦いのキズがあちこちに見える。

 危機を脱してくれた証。
 なのに、ヒカルの心は落ち着かない。

「なかなか手こずった……」

 なぜか? 希望とはここまで静かな物だったのか?

 静寂――。
 そして、絶望へ。

 溶岩に沈んだはずの土竜。
 パッチの足が何かに捕まれる。

「なんだ!?」

 土竜は確かに倒した。パッチの足を掴んだもの、それは土竜の爪だけであった。

 絶望は希望に、そして希望は絶望へ。
 闇があるから光がある。光があるから闇がある。

「ぐわあ!」

 パッチの両足に、黄金の爪が食い込む。
 前の部屋で見た遺跡の爪痕は、こいつのものだったのだ。

 はたして爪だけで動くことができるのか。だがしかし、まさに今黄金の爪が希望の光を裂かんとしているではないか。

「パッチ!」

 行く先は溶岩だ。心中を狙っているかのように、黄金の爪はパッチを引きずり込もうとしている。

 その一瞬――ヒカルの頭は真っ白だった。
 ヒカルは駆け出していた。
 パッチの腕を掴み、思いっきり踏ん張る。

「パッチ!」
「や、やめろ!」
「暑っ!!?」

 パッチは小さな太陽だ。
 生身の人間が生身で触るとなると、火傷を免れない。火傷ですめば良いものだ。

「ぐああああ」

 熱しられた鉄。
 ヒカルの掌の隙間から煙が上がる。皮膚が、肉が焦げるのが分かる。
 だが、ヒカルはパッチを離さなかった。

「パッチ! 戻れ! 還ってこい!」

 そう言って、ウインは左手を差し出した。中指に光る指輪。パッチが突然現れた時にも輝いていた指輪だ。

「だめだ! 足を捕まれてる!」

 パッチの足に食い込んだ黄金の爪は、どんどん重さを増していく。

「ぐうううう」

 手のひらが焼ける。熱さで意識が飛びそうになる。

「おい新人……。辛いだろ? 痛いだろ? とっとと離しちまいな。どのみち俺は助からねぇよ」
「……うるさい」
「あ?」
「もう……懲りごりなんだよ」

 パッチと目が合う。
 ヒカルの手に力が籠る。

 ああ、こいつもこんなに綺麗な目をしたいたのか。

「誰かが……誰かが犠牲になるのを見るだけなのは……もう嫌なんだよ!」

 熱さに耐え、恐怖に耐え、いかに絶望に耐えても、じりじりと溶岩へ引っ張られていく。

「うおおおお!!」

 汗が目に入る。代わりに涙が溢れた。
 その時――黄金の爪に引っ張られ、ずり落ちるパッチが一瞬止まった。

「う……うぅ」
「カリンダ!?」

 なんと銀髪の少女カリンダが、ヒカルと一緒になってパッチの燃える腕を掴んでいるではないか。
 か細いく、そのまま溶けてしまいしそうな白い手から、煙があがる。
 苦痛で顔が歪んでいるのが分かった。

「ぐっ……。全く、無茶する奴らめ」

 ウインも駆け寄ってきて、ヒカルとカリンダの間に入った。

「お、お前ら」

 ヒカル、カリンダ、ウインの三人が、溶岩に落ち行くパッチの腕にしがみつく。

 パッチの体がようやく止まった!
 離したくなるほど熱いのに、三人の手には力が込められていく。

「うおおおお!」
「うう……」
「ぐうう!」

 落としてなるものか。
 風船のように軽いはずのパッチが、まるで巨大な岩ように感じた。

 黄金の爪の力は強大だった。それでも、徐々にではあるが、パッチの体が引き上げられていく。

 もうすぐだ。もうすぐで、パッチを救える。

 パッチの体が充分に岸まで登ってくると、その足に食い込む黄金の爪が見えてきた。
 ノコギリのような細かい歯が、パッチの足を離すまいと、深く食い込んでいる。

「お前ら! もう離せよ!」
「「「うるさい!!!」」」

 三人は力を緩めない。負けてなるものか、と歯を食い縛る。

 その時であった。
 突如として、何かが、パッチの体を両断した。
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