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第四章 迷い山の地下神殿
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「マフラー」さんは黄金竜を見なかった。
偵察の振りをして、自分たちを魔の鳥籠であるこの山の中に誘った。
見事に計画は的中。来た道は瓦礫で塞がれた。閉じ込められたのだ!
「ちょっと待って」
ヒカルが世界に足を踏み入れる。
「マフラー」さんの計画が成功するには、彼の行動だけでは不完全だ。思えば、人の立ち入りを禁じていたこの山に入ることになったのは、黄金竜が居るという大義名分があるからなのだ。
でも……。
「マフラー……その人は黄金竜を見ていない。でも俺たちは黄金竜が居ると信じて、いや、知ってるからこそこの不気味な山の中を進んできたよね?」
それを証明するものが「マフラー」さんの虚偽の報告。
そして黄金竜と共鳴が出来るカリンダの存在だ。
「そもそもが可笑しいんだよ。だって俺たちは山の中の地下深くにいる。ここまで来るのだって、狭い道を進んできたじゃないか」
「何が言いたいの?」
ウインに睨み付けられたけれど、ヒカルは怯まなかった。たとえ、「マフラー」さんに向いていた氷の剣がこちらに向けられていたとしても。
「巨大な黄金竜がこんな狭い地下の洞窟に居るわけがないってこと」
――カリンダは嘘をついている。
ヒカルはそう信じていた。そう言ったつもりだった。
当のカリンダは表情一つ変えず(前髪で目は見えないけれども)、自分を疑っているヒカルではなく倒れた「マフラー」さんを見つめていた。
「なるほど……カリンダが間違っているって言いたいんだね?」
「もしくは、その人と裏で通じあっていたのか」
ヒカルはウインをキッと睨み返した。いつしか牢屋を挟んで睨みあっていたあの時のように。
ヒカルだからこそ分かることがある。記憶喪失擬きの部外者にしか分からないことがある。
この世界に悪者はいない――。
保護派も討伐派も、黄金竜だって悪ではない。
黄金竜を中心にこの世界は回っている。
争いが渦を巻き、振り落とされないように必死にしがみついているのだ。
生まれてからすぐに与えられる善悪の価値観のお陰で、客観的な目を失ってしまう。
そんな世界に落とされたヒカルという滴が、静かに波紋を広げていく。
「おい! 新入り! はっきり言えよ!」
ウインの後ろからぴょこぴょこと燃える小熊のパッチが近づいてきた。
――カリンダは嘘をついている。
世界にさらなる大きな波紋を作ってしまう言葉。口から、まさに声が零れそうになったその時、渦中である銀髪の少女カリンダが、突然口を開いた。
「と」
「……と?」
その場にいた隊長、ウイン、ヒカル、そしてパッチでさえも、各々が持っていた一触即発の刃を手放した。
「昨日の問題……」
「昨日の……問題?」
「弟に二つあって、妹には一つしかないもの……」
ヒカルは思わず「あ」と言ってしまった。
他の皆は面白い具合にポカン、と口を開けている。
いったい何のことだ?
知るか。俺に聞くなよ。
ヒカルはカリンダがこちらを見つめていることに気がついた。まるで「合ってる?」と聞かんばりに。その黄色く光る眼で。
昨日の夜。ジャスパー街道の廃墟の中で、ヒカルがカリンダに仕掛けたイタズラだ。
彼女は今の今まで、こんな状況の中でも考えてたと言うのだろうか。
そう思うと、ヒカルはすっかり牙を抜かれてしまった気がした。もともと牙なんて無いのだけれも……。
「正解だよ」
「お、おい! なんだよ? とって!?」
パッチがヒカルに詰め寄ってくる。自分の知らないことが気に食わないのだ。
可愛らしい……。やっぱり小熊は小熊だ。
「カリンダは嘘なんか着いていないよ」
そう言いながら、ウインは気を失っている「マフラー」さんの前で膝を折った。
「楽にしてあげます」
ウインが何かを呟くと、両手を「マフラー」さんにかざす。その掌は、仄かに光っているようにも見えた。
「カリンダは竜の子だ。そして、僕の妹でもある」
「え?」
カリンダはウインの妹。ならば……。
「マフラー」さんの体が優しい色の炎に包まれていく。そして不思議なことに、彼の体が煙になって消えていくではないか。
熱さで叫び声をあげることもなく、むしろ、幸せそうな笑みを浮かべながら。
「すべては竜神様の御心に」
ブリーゲル、カリンダ、それから周囲の兵士たちも、消え行く「マフラー」さんを囲んで、ウインと同じように膝を折り、目を閉じていた。
――すべては竜神様の御心に。
そして、消えた。
裏切り者である「マフラー」さんが跡形もなく。敵側であるはずの兵士たちに見送られながら。
「さて、と」
ウインが立ち上がると、ヒカルの方へ優しい笑みを向けた。いつものウインの笑顔だ。
「カリンダほどてはないけれど、僕にも微かながら竜神様の気配を感じることができる。当然、兄である隊長もね」
「で、でも……」
ウインは目が黄色くない。ブリーゲルだって。
「彼女が特別なだけなんだ。共鳴にも強弱があってね。選ばれた者のみ持つことができる黄色い瞳。まさしく竜の子の証さ」
――選ばれた者。
――竜の子の証。
ヒカルはリオンを思い出した。ならば彼女もまた、選ばれし竜の子なのだろうか。
「じゃ、じゃあウインも隊長も、黄金竜の気配を感じていたからこそ、こんなところまで進んで来たってこと」
「そうだ」
ウインの代わりに今度はブリーゲルが答えた。
黄色い甲冑の大男。彼もまた、黄金竜と共鳴が出来るのだと言う。だからこそカリンダを信じていた。だからこそ裏切り者を見抜けなかった。
ウインがジャラジャラと腕輪を振って見せた。
「この下には、必ず竜神様が、もしくはそれに値する何かがいる」
黄金竜と共鳴が出来る三人の兄妹。
ヒカルはまっすぐ彼らの視線を受け止める。
「分かったなら進もう」
――竜神様の元へ。
ウインがヒカルの肩をポンと叩いて通りすぎていった。
ゴゴゴゴ……。
余震。爆発の余波かしら?
ヒカルの横をカリンダも通りすぎていく。華奢な骨ばった肩が見えた。
竜の子であるカリンダとその兄たち(と小熊のパッチ)。ヒカルは小さくなった彼らの背中を慌てて追いかけた。
ゴゴゴゴ……。
再び地鳴りがした。
一行はまだ知らないのだ。彼らの足元に眠っているこの世界の秘密に。
そして、「マフラー」さんの爆発で目を覚ましてしまったことに。
(第五章へつづく――)
偵察の振りをして、自分たちを魔の鳥籠であるこの山の中に誘った。
見事に計画は的中。来た道は瓦礫で塞がれた。閉じ込められたのだ!
「ちょっと待って」
ヒカルが世界に足を踏み入れる。
「マフラー」さんの計画が成功するには、彼の行動だけでは不完全だ。思えば、人の立ち入りを禁じていたこの山に入ることになったのは、黄金竜が居るという大義名分があるからなのだ。
でも……。
「マフラー……その人は黄金竜を見ていない。でも俺たちは黄金竜が居ると信じて、いや、知ってるからこそこの不気味な山の中を進んできたよね?」
それを証明するものが「マフラー」さんの虚偽の報告。
そして黄金竜と共鳴が出来るカリンダの存在だ。
「そもそもが可笑しいんだよ。だって俺たちは山の中の地下深くにいる。ここまで来るのだって、狭い道を進んできたじゃないか」
「何が言いたいの?」
ウインに睨み付けられたけれど、ヒカルは怯まなかった。たとえ、「マフラー」さんに向いていた氷の剣がこちらに向けられていたとしても。
「巨大な黄金竜がこんな狭い地下の洞窟に居るわけがないってこと」
――カリンダは嘘をついている。
ヒカルはそう信じていた。そう言ったつもりだった。
当のカリンダは表情一つ変えず(前髪で目は見えないけれども)、自分を疑っているヒカルではなく倒れた「マフラー」さんを見つめていた。
「なるほど……カリンダが間違っているって言いたいんだね?」
「もしくは、その人と裏で通じあっていたのか」
ヒカルはウインをキッと睨み返した。いつしか牢屋を挟んで睨みあっていたあの時のように。
ヒカルだからこそ分かることがある。記憶喪失擬きの部外者にしか分からないことがある。
この世界に悪者はいない――。
保護派も討伐派も、黄金竜だって悪ではない。
黄金竜を中心にこの世界は回っている。
争いが渦を巻き、振り落とされないように必死にしがみついているのだ。
生まれてからすぐに与えられる善悪の価値観のお陰で、客観的な目を失ってしまう。
そんな世界に落とされたヒカルという滴が、静かに波紋を広げていく。
「おい! 新入り! はっきり言えよ!」
ウインの後ろからぴょこぴょこと燃える小熊のパッチが近づいてきた。
――カリンダは嘘をついている。
世界にさらなる大きな波紋を作ってしまう言葉。口から、まさに声が零れそうになったその時、渦中である銀髪の少女カリンダが、突然口を開いた。
「と」
「……と?」
その場にいた隊長、ウイン、ヒカル、そしてパッチでさえも、各々が持っていた一触即発の刃を手放した。
「昨日の問題……」
「昨日の……問題?」
「弟に二つあって、妹には一つしかないもの……」
ヒカルは思わず「あ」と言ってしまった。
他の皆は面白い具合にポカン、と口を開けている。
いったい何のことだ?
知るか。俺に聞くなよ。
ヒカルはカリンダがこちらを見つめていることに気がついた。まるで「合ってる?」と聞かんばりに。その黄色く光る眼で。
昨日の夜。ジャスパー街道の廃墟の中で、ヒカルがカリンダに仕掛けたイタズラだ。
彼女は今の今まで、こんな状況の中でも考えてたと言うのだろうか。
そう思うと、ヒカルはすっかり牙を抜かれてしまった気がした。もともと牙なんて無いのだけれも……。
「正解だよ」
「お、おい! なんだよ? とって!?」
パッチがヒカルに詰め寄ってくる。自分の知らないことが気に食わないのだ。
可愛らしい……。やっぱり小熊は小熊だ。
「カリンダは嘘なんか着いていないよ」
そう言いながら、ウインは気を失っている「マフラー」さんの前で膝を折った。
「楽にしてあげます」
ウインが何かを呟くと、両手を「マフラー」さんにかざす。その掌は、仄かに光っているようにも見えた。
「カリンダは竜の子だ。そして、僕の妹でもある」
「え?」
カリンダはウインの妹。ならば……。
「マフラー」さんの体が優しい色の炎に包まれていく。そして不思議なことに、彼の体が煙になって消えていくではないか。
熱さで叫び声をあげることもなく、むしろ、幸せそうな笑みを浮かべながら。
「すべては竜神様の御心に」
ブリーゲル、カリンダ、それから周囲の兵士たちも、消え行く「マフラー」さんを囲んで、ウインと同じように膝を折り、目を閉じていた。
――すべては竜神様の御心に。
そして、消えた。
裏切り者である「マフラー」さんが跡形もなく。敵側であるはずの兵士たちに見送られながら。
「さて、と」
ウインが立ち上がると、ヒカルの方へ優しい笑みを向けた。いつものウインの笑顔だ。
「カリンダほどてはないけれど、僕にも微かながら竜神様の気配を感じることができる。当然、兄である隊長もね」
「で、でも……」
ウインは目が黄色くない。ブリーゲルだって。
「彼女が特別なだけなんだ。共鳴にも強弱があってね。選ばれた者のみ持つことができる黄色い瞳。まさしく竜の子の証さ」
――選ばれた者。
――竜の子の証。
ヒカルはリオンを思い出した。ならば彼女もまた、選ばれし竜の子なのだろうか。
「じゃ、じゃあウインも隊長も、黄金竜の気配を感じていたからこそ、こんなところまで進んで来たってこと」
「そうだ」
ウインの代わりに今度はブリーゲルが答えた。
黄色い甲冑の大男。彼もまた、黄金竜と共鳴が出来るのだと言う。だからこそカリンダを信じていた。だからこそ裏切り者を見抜けなかった。
ウインがジャラジャラと腕輪を振って見せた。
「この下には、必ず竜神様が、もしくはそれに値する何かがいる」
黄金竜と共鳴が出来る三人の兄妹。
ヒカルはまっすぐ彼らの視線を受け止める。
「分かったなら進もう」
――竜神様の元へ。
ウインがヒカルの肩をポンと叩いて通りすぎていった。
ゴゴゴゴ……。
余震。爆発の余波かしら?
ヒカルの横をカリンダも通りすぎていく。華奢な骨ばった肩が見えた。
竜の子であるカリンダとその兄たち(と小熊のパッチ)。ヒカルは小さくなった彼らの背中を慌てて追いかけた。
ゴゴゴゴ……。
再び地鳴りがした。
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