黄金竜のいるセカイ

にぎた

文字の大きさ
上 下
29 / 94
第四章 迷い山の地下神殿

しおりを挟む
「階段があったぞ!!」

 柱に出来た大きな三本の爪跡を見つめていたヒカルは、突然の声に思わず驚いてしまった。
 まるで、この柱に傷をつけた怪物が鳴き声をあげたかのように、ヒカルの耳に届いたのだ。

 声のした方に皆が集まってくる。ヒカルもようやく爪跡から目を離すことができた。
 下へと続く石の闇。
 およそ、人が一人通れそうなくらいの階段が、さらなる深淵へと彼らを誘うかのようにして大広間の端っこにあった。

「さらに下へと進むことが出来るのか」

 辺りが急に眩しくなる。ブリーゲルとウインに連れられたパッチが、先程までの陽気な様子とは違い、真剣な目付きでまじまじとその階段を見つめていた。

「これは嫌な予感がするぜ」

 ちょこんと立つ後ろ姿は、どうみても小熊に違いないのだけれど、ヒカルは初めてパッチの言うことが「正しい」と思えた。

「どう思う? カリンダ」

 パッチの言葉を聞いたウインが、後ろに立つ少女カリンダに問いかける。
 カリンダは、やはりこくりと、小さく頷いた。

「感じるの。ずっと下から――」

 その場にいた全員が息を飲んだ。
 さらに闇の中へと足を入れるのか。
 まさか、竜神様がこの下で寝ているのだろうか。

 ヒカルの対面に「マフラー」さんがいた。
 パッチの光で照らされた彼の顔は、外で見たときよりも、ずっと陰が濃い。窪んだ目は、あたかも骸骨だ。

「パッチ。お前が先頭だ」

 ウインがパッチに冷たく言い放つ。

「はぁ。やっぱりそうだと思いましたよ。看守殿」
「その呼び方は止せよ。相棒」

 チッ、とパッチが舌打ちをする。それが妙に大広間に響いた。

「行くぜ! ついて来な」

 ひょこひょこ、と文字通りの足音が聞こえてきそうなパッチの後ろを、ウイン、ブリーゲル、カリンダ、そして兵士たちが続く。

 もちろんヒカルも彼らに混じった。だが、すぐ後ろに「マフラー」さんがいるということと、「マフラー」さんが列の最後尾だということに、ヒカルは気がつかなかったのだ。

 コツコツコツ、と階段を下りる一行の足音が響く。パッチのお陰で周囲は明るくとも、心の中までは照らしてくれない。

 階段はすぐに終わった。
 だが、迷宮は始まったばかりのようだ。

 下りた先。それは、先程の大広間のような拓けた空間だった。違うとすると、整列した柱が無く、壁や足元もゴツゴツと岩が剥き出しになっていて、人の手が加わっていないようなただの空間のように思えた。

 洞窟だ。ぽかりと口を広げた魔物の中だ。
 瓦礫が乱雑に散らかっている。
 ヒカルは、上で見た三本の爪跡を思いだす。まるで、ここで大きな何かが暴れたみたいだ、と想像してしまった。

「手分けして探ろう」

 ブリーゲルの言葉の通り、兵士たちは再びパッチの炎を頼りにして洞穴の中に散らばって行った(例のごとく、ブリーゲルとウインはパッチに張り付いているのだけれど)。

 ヒカルも足元に注意しつつ、ゆっくりと周囲を見て回ろうとした。
 靴がだいぶと痛んでいる。紐は真っ黒で、踵はもうすぐ剥がれてしまいそうだ。

 さて、皆が再び手分けをして洞窟の中を歩き回っている間、二人の人物が突っ立ったまま、ぼう、と天井を見つめていた。

 一人は「マフラー」。天を仰ぎ、窪んだ目元に貯まった涙が一筋零れる。

 カチカチと歯を鳴らす。震えているのだ。心のそこから込み上げてくる感情――死への恐怖が、今朝からずっと彼を襲っていた。

 いや、今朝からなどではない。ずっと昔から、例外無く人は死の恐怖を隠さなくては生きていられない。

 そしてもう一人。
 涙を流し、嗚咽を我慢できない「マフラー」の後ろで立つカリンダ。

 何もないはずの天井を見つめ、少女は何を思い、何を感じているのか。

「また階段があったぞ!」
「こっちもだ!」

 散らばった兵士たちの声が洞窟に響いた。
 洞窟には、更に下へと続く階段があちらこちらで見つけることができた。

 まるで迷路だ。
 通路の選択を間違えると、迷宮に閉じ込められてしまう。

 ヒカルは、兵士たちが見つけた階段をそれぞれ見て回ると、洞窟の中央で陣取っていたウインたちの元に向かった。

「ウイン、ちょっと良い? 」
「なんだい?」
「提案があるんだけれども」
「だから何?」

 パッチの相手に滅入ってる様子で、語気に苛立ちも感じる。誰にだって分かる八つ当だ。

「道は分かれている。例えばこれで間違った道を選んじゃうと、迷っちゃうんじゃないかな?」
「生きては帰れない?」

 だから逃げるの? とウインの目は言っていた。

「大丈夫さ。僕たちにはカリンダがついている。彼女に道案内をしてもらえば良いんだから」
「そうだけどさ。カリンダは本当に正しいの?」
「何が?」
「例えばだよ? 例えば、彼女が感じているのは黄金竜じゃなくて、鱗ってことはないよね?」

 黄金の鱗は、黄金竜が落とす災厄であり、元々は竜の一部分であったはずだ。

 仮に彼女が竜ではなく、鱗を感じていたのでは、全くの無駄足になってしまうことに、ヒカルは気がついたのだ。

 この世界に来て初めて出会った少女リオンは、鱗の気配もしっかりと感じていた。

「ぎゃはははは!」

 突然、パッチが笑だした。

「お前、本気で言ってるのか? て言うか初めて見る顔だな? 挨拶ぐらいしろよ。しかもよく見ると変な服着ちゃってさ」

 お腹を抱えながら笑うパッチ。ヒカルがこの生意気な小熊を蹴飛ばさなかったのは、彼が道徳の時間に居眠りをしなかったからだろう。

「黙れパッチ。彼は記憶を無くしたんだ」
「だからって言って、こんなことまで忘れるか? 普通?」

 いよいよヒカルは腹が立ってきた。小さいくせによく吠える……。

「なるほどね。君が言いたいのは、この地下には竜神様が居なくて鱗がいる。さらには迷宮になっているし、早いこと引き返して外に出よう、ってことだね」

 正解あってる。ヒカルは黙って頷いた。

「でも、残念ながら竜神様はこの下に居ると思うよ。なんたって、カリンダは竜神様と鱗の区別がつくんだから」

 区別がつく? 鱗ではなく黄金竜の気配を確かに感じるのだと言う訳だ。

「またカリンダの秘密を教えちゃった」

 ヒカルの心に波が立つ。
 下にいるのは黄金竜ではなく鱗かも知れない。しかし、今まさにその可能性は消えて、黄金竜がいるという実感が彼の心に息を吹き掛けたのだ。

 突然の、それでいて強力な。
 側でパッチが笑っている。そんな声が聞こえないくらい。

「ねえ? カリンダ」

 気がつけば、彼女はパッチのすぐ後ろにいた。パッチを、まるで汚い縫いぐるみでも見ているように後ろから見下している。

 伸びすぎた銀色の前髪がパッチの光を浴びてキラキラと光っていた。

「この下には、確かに竜神様が居るんだよね?」

 カリンダがコクン、と頷く。
 少女の黄色い両目も、キラキラと輝いているように見えた。

 ウインはヒカルにも聞こえるように、わざとらしく大きな声で言う。
 意地悪な心が見えるのは、パッチの光のおかげだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...