黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第四章 迷い山の地下神殿

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 太陽が昇る少し前、男は一人で知らない町を歩いていた。

 知らない建物に、知らない人。見たこともない物があちらこちらにある。

 準備は済んだ。連絡を取れた。あとはあの人に会うだけ。拾った帽子を深く被り、手には大事そうに小さな箱を持っていた。朝焼けがいよいよ眩しい。建物や道路に反射して、キラキラと町は光っているよう。

 そんな中で、あの人はやって来た。ブルンブルン、と大きな音を立てながら。

「おはようございます」

 やってきた青年の声に、男は涙を流しそうになった。

 こんな日が来るのかと、感動さえした。
 だが、今はそれどころではない。
 この人には、今から大切な事を託すのだから。

 決して許されない禁忌への反発なのだ。世界が滅びる前に……いや、滅んでしまった後を元通りにするために。

「これを持っていって欲しい」

 指定した先は、「寝床」だ。この人ならきっと分かってくれるはず。

 荷物を受け取った大槻ヒカルが、こちらを訝しそうに見つめてくる。

 自分の正体を伝えたい。そんな欲望に、男は駈られた。でも駄目なのだ。俺は、ここでは何もしてはいけない。命を捨てる覚悟はある。世界を救う覚悟に比べれば小さいものだ。

「よろしくお願いします……」

 男はそれだけ言うと、踵を返した。背中で「はい」と小さな返事を聞く。

 その時、不安な気持ちがどっと流れ込んで来た。まるで、違う誰かが自分の中に入り込んできているみたいな感覚。

 そして、自分の意図に反して声が出た。

――原付バイクに乗っていけ。



 ヒカルは、周囲の慌ただしい足音によって目を覚ました。

 眩しい朝日が、廃墟の天井の隙間から差し込む。

「早く!」
「急げ!」

 毛布を被って寝ているヒカルのすぐそばを、何人もの兵士たちが往来する。ジャラジャラ、とウインのアクセサリーの揺れる音も混じっていた。

「どうしたの……?」

 重たい瞼を上げて、通りかかったウインに尋ねる。

「君も来るならおいで!」

――竜神様が来られるよ。
 駆けていくウインの後ろ姿を呆然と見つめるヒカル。

 竜神様。この世界に災厄を産み落とす黄金竜が、迫ってきているのだ。

 寝ぼけたヒカルの頭が、みるみる冴えてくる。じわりじわり、と思考に熱が伝わっていく。

 昔に栄えたジャスパー街道。

 ヒカルたちが宿代わりにした天井の無い廃墟の中で、ヒカルはキラキラと輝く光の筋を何本も見つけることが出来た。白い石と緑の苔のコントラストが綺麗だった。

「準備が整い次第出発だ!」

 隊長であるブリーゲルの大きな声におどろいて、ヒカルはようやく被っていた毛布を払い退けた。

 カツンコツン――。

 毛布を捲る拍子に、何かが落っこちる音がした。

 白と緑と、それから少々の土の色をした地面に、キラキラと小さな何かが光っている。

「あ!」

 小さなネジに小さなバネ。小さなゼンマイに小さな針。どれもが黄金色をしている。

 昨夜、黄金の懐中時計の中身を見ていたヒカルは、作業も途中でいつの間にか寝てしまっていたことに今気が付いたのだ。

「出発するぞ!」

 再び、ブリーゲルの大きな声が、廃墟の中に響いた。



 一行はジャスパー街道を進んでいた。

 朝靄で土の地面が湿っている。かつて大陸をまたがり、都市と都市、国と国を繋げた街道には、より一層の閑散とした雰囲気があった。

 太陽が昇る前、偵察に向かっていた兵士の一人が黄金竜を見たとの報告があったのだ。

 カリンダの共鳴もあり、一行はすぐに出発の支度をした。

 早朝なのか、黄金竜を目前としている為か、一行の空気は妙に重たい。緊張感が嫌でも伝わってくる。ウインだって、笑みを消している。カリンダは相変わらず眉間にシワを寄せているけれども。

 中でも、特にヒカルは気が気がじゃなかった。

 リュックの中身が気になって仕方がない。ウインほどではないけれど、歩く度にカツンコツン、と音が聞こえてくる。

 拾い溢しはないだろうか?
 リュックに穴が空いていないだろうか?

 ヒカルは慌てて分解途中だった部品を拾い、そのままリュックの中へ放り込んだのだ。

 周囲をちゃんと見回した。毛布も払って何度も確認はした。けれど、ブリーゲルやウインたちに追い付こうと慌てていたのだ。忘れ物があってもおかしくはない状況のはず。

 すぐに確かめたい。分解はまだまだ途中なのだから、すぐに組み立てることが出来るだろう。

 ヒカルの頭には、懐中時計のことしかなかった。だからこそ、いつの間にか立ち止まっていた前の兵士にぶつかりそうになってしまった。

「本当なんだな……」

 ブリーゲルの問いかけに、カリンダがコクン、と頷くのが見えた。

 ジャスパー街道は、世界で最も巨大な大木だと形容される。

 大きな街道の幹から、数えきれない程の小道が枝のようにして派生しているのだ。

 一行が進もことを躊躇する先――そこは「魔の鳥籠」と呼ばれる山への入り口だった。

 侵入不可能の壁があった。すでに崩れてしまってはいるが、分岐点には石煉瓦の壁だ。草に覆われ、蔦の宿り木となった看板も立っていた。

 薄闇の見えない壁を確かに感じる。ヒカルにも、この先に待つ不穏さに気がついていた。

――鳥籠には登るな。
 誰も近寄らない。この世界の人々なら誰しもが知っている常識だ。

「隊長! 竜神様は鳥籠へ向かうところを見ました」

 早朝。竜を見たのだと報告した一人の兵士が言った。その兵士は震えていた。それほどまで鳥籠へと向かうことが怖いのだろうか。

 目は虚ろだ。
 ヒカルは、元の世界でお世話になっていた自転車屋のおじちゃんを思い出した。無愛想で、角刈りの頭には年中雪がちらついていた。骨と皮だけにしか見えない腕だけど、重たい工具やタイヤを持つ度に、どこにそんな力があったのかと不思議に思う。

 意外と力持ちなおじちゃん。
 その兵士の髭にも雪が散っていた。

「分かった。……行くしかないのだな」

 ブリーゲルは不安な顔を並べる兵士たちを見渡した。

「畏れるな! 鳥籠であろうとも、我々には竜神様がついてくださっている!」

 兵士たちには、隊長の鼓舞が届いたのだろうか。一寸先は闇。兵士たちの返事が小さくても、闇の先に黄金竜が居るのであれば、彼らは進まなくてはならない。

 まずは、ブリーゲルが、次いでカリンダとウインが崩れた煉瓦の壁を越えていく。もちろんヒカルも続いていく。

 小道は、やがて深い木々たちに覆われていった。山へと続く獣道だ。地面には水溜まりがあちこちにあった。

 魔が出ても、蛇が出ても、鱗が出ても、ヒカルには心強い懐中時計があった。

 しかし、それは崩れたまま、背中のリュックで遊んでいる。

 心が落ち着かない。どちらにせよ、ヒカルにとっては、この世界のどこを歩いても一寸以降は未知なのだ。
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