黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第三章 「すべては竜神様の御心に」

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 むしろ、潔い彼女の態度に、ヒカルも意地になった。

 山賊たちの襲来の際、止まった時の中で見た彼女の顔。あれはちゃんと生きている人間の顔だった。

 笑ったり、泣いたり、怒ったり――。
 ずっと無表情のままでいるこの少女の色々な顔を見てみたい、とヒカルはくすぐってみたかった。

 よっこいしょ、とカリンダの隣に座り、同じように膝を抱える。

「今日は大変だったね」
「……」
「僕はヒカルって言うんだ」
「……」
「これ、面白いでしょ?」

 ……。

 相変わらずの沈黙に、ヒカルはまるで水を噛んでいるような感覚になった。

――君も黄金竜を信じているのかい?
 そう言いかけたヒカルの頭に、とある妙案が浮かんできた。

「弟には二つあって、妹には一つしかないものってなんでしょうか?」

 ヒカルの出したなぞなぞに、ずっと焚き火を見つめていたカリンダの眉がピクリと動いた。

 そして、ぎゅう、と眉が寄っていく。
 眉間に深いシワが入った。考えているのだろうか。やがて、カリンダは膝に顔を埋め、頭を抱えてしまった。

「そ、そんなに難しい奴じゃないんだけれども……」

 無愛想な彼女への卑怯なイタズラ。そんなつもりだったのに、効果は想像以上で反対にヒカルも困ってしまった。

 カリンダの銀髪が火に照らされてキラキラと光る。

「おい」

 突然、後ろから呼び掛けられた。
 振り向くと、黄色い甲冑を着たブリーゲルが、ヒカルを睨み付けるようにして立っていた。

 さすがは隊長だ。その鋭い目で見られると、ヒカルは自分がなにか悪いことでもしたのか、と考えてしまった。

 ブリーゲルの目は、ヒカルをしっかりと射ぬいていた。やっぱり、カリンダには近づかなかった方が良かったのかな?

「昼間は助かった」
――ありがとう。

 隊長の行動は予想外で、ヒカルは面を食らう。そして、ゆっくりと安堵に似た笑みが心の底からぽつりと漏れた。

「いいですよ」

 卑怯じゃないか……。そんな怖い顔でお礼を言われたら。

「その甲冑、黄金竜みたいですね」

 格好いいっすよ。
 そう付け加える前に、ブリーゲルはヒカルに背中を向けた。

「み、見廻り交代だ!」

 寝ていた兵士たちに向かって投げつけるようにそう言うと、ブリーゲルは廃墟から出ていく。
 心なしか早足で、大きな背中のブリーゲルは瓦礫にコツンと軽く躓いた。

 心の中だけで彼の後ろ姿を笑う。
 ヒカルも、いまだに悩み続けるカリンダの姿を横目で惜しみながら外へ出てみようと腰を上げた。

 夜の冷たい風が心地よい。

 外に出て視界が開けると、どこまでも広がる満点の星空がヒカルを覆った。大陸を繋げる街道なんて比じゃない。世界の隅々まで満ちる星の軍勢だ。

 あの時と同じ夜空だ。オルストンの路地裏でバルと一緒に歩いた夜。「もうひとりぼっちにしない」と約束したのに。

 青白い月光の下、今度はヒカルがセンチメンタルな気持ちになった。

 そんな星空の下、街道の真ん中でウインがぽつりと立っていた。

 目を閉じ、街道の遥か彼方へ思いを馳せているようであったが、ヒカルの存在に気がついたのか、彼はゆっくりと目を開ける。

 そして、いつものようにニコリ、と微笑んだ。

「安心しな。君が思ってる少年は無事だから」

 ヒカルはドキリとした。

「どうして分かるの!?」
「これも応用の一つさ」

 思わずウインの肩を揺する。バルは無事だって!?

「教えてくれ! バルは今どこで何をしているのか!」
「君の頭の中にあった強い念を追ってみたんだ。ちゃんと繋がったよ。今もオルストンに居るみたいだね」
「怪我は!? 泣いていない!?」

 落ち着きなよ、とウインが制してもヒカルの手からは力が抜けない。

「そこまで分からない。でも」

 強い子だね――。



 バルが無事――。
 ウインのその言葉のおかげで、ヒカルの心に暖かい水が流れた。水は満たされ、やがて溢れそうになる。ずっと張っていた緊張の糸が弛んで、ようやく息を吸うことが出来たのだ。

 ヒカルの頭の中にあったバルへの思い。ウインはそれを「追った」のだと言う。

 額に触れた時に感じたヒカルの中の強い念を、ウインが感知したらしい。

 いったいどうやって?

 ウインはさも当然のように、まるで走るためには足を動かせ、と、寝るためには目を閉じろ、と言わんばかりに、さも当然のようにやってくれた。

 ウインには不思議な力がある。ヒカルには分からないけれど、件の山賊に施した「試し」を見たあとでは、認めざるを得ない。

 だからこそ、ウインの言葉に嘘はないと信じることができた。

 黄金の竜に、お化けの大蛇。それに自分も持っているではないか。時間を止めることが出来る不思議な黄金の懐中時計を。

 バルは強い子だ。しかし、まだまだ少年なのだ。オルストンの路地裏で、一人になる寂しさに負けてしまうくらい。

 迎えに行かないと。
 ヒカルの中で、そんな気持ちがより強くなった。

 不安や焦り。緊張や恐怖がヒカルの身体中を走り回る。そこに落ちた一つの小さな希望の水滴。

 満点の星空の下――かつて栄えたジャスパー街道にぽつりと立つヒカルは、どこからかやってきた衝動によって、つい叫びたくなった。

 夜がいよいよ冷えてきた。
 ヒカルは腕を擦りながら、廃墟の中へと戻っる。

 パチパチ、と静かに焚き火が燃えている。相変わらず、カリンダは頭を抱えたまま、ついにはうずくまって毛布を被っていた。

 クスリ、とヒカルが笑みを溢す。溜め込んできた物と一緒に。

――答え合わせはまた今度にしよう。

 ヒカルも、与えられた毛布を羽織った。
 天井がないおかげで、月の灯りが手元を照らしてくれる。

――今はこいつに集中しよう。

 手繰り寄せた鞄からメモと小さな工具箱を取り出す。中にはドライバーや留め具、予備のコマや折り畳まれた一眼鏡などがあった。

 時間を止めることのできる黄金の懐中時計。

 ヒカルは、一眼鏡を通して時計の隅から隅までを一通り眺めた後、メモと細いドライバーを手に取る。そして、不思議な魔力を持つその時計の中へと、ヒカルの意識は集中していった。


(第四章へつづく――)
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