6 / 94
第一章 黄色い目をした少女
5
しおりを挟む
ぼこぼこの草原の中を、ヒカルはリオンと一緒に、原付バイクで走っていた。
ヘルメットはこの際不要だ。
フルスロットルで加速していく原付バイクは、金色の巨大ワニを追い越し、リオンの村へと一直線に向かっていく。
村には木の囲いがあった。日本史の教科書のはじめのページで見たような家が、ぽつりぽつりと立っている。藁の屋根に土壁の家。窓にはガラスがなかった。
村の入り口に到着すると、リオンは一目散に中へ入っていく。
「鱗よ! 鱗が来てる!」
牛を連れた老人や軒先で果物の皮を向いていた人々が、リオンのその報せを聞いたとたん、すべてを放り投げて走り出す。そして、村のいたるところにあった穴の中へと入っていく。
「みんな、早く!」
「急いで! もうすぐ来てるから」
リオンや村の青年たちも一緒になって、皆を穴の中へと誘導していく。村の入り口で見ていたヒカルも、原付バイクをその場に残して、彼女の元へとかけていく。
「俺はどうすれば良い?」
「君も隠れて!」
ヒカルもすぐそばにあった穴の中へ、逃げ惑う村人たちと一緒に押し込まれてしまった。
「リオンは!?」
目があう。その時、リオンは初めてニコリと笑って見せた。
「私は大丈夫だから」
ありがとう――
次から次へと穴の中に入ってくる村人に押され、ヒカルはその声を聞くことが出来なかった。
ヒカルが入ってすぐに入り口が閉じられた。穴の中は真っ暗だ。顔のすぐそばで荒れた呼吸が聞こえてくる。巨大ワニの襲撃から、この穴の中で身を守る。まるで戦争だ。さっきまでは冒頭だった日本史の教科書が、いっきに近代の項目へとひとっ飛び。
穴の中の人たちも、突然のことに騒然としている。子供たちだけではない鳴き声が四方から聞こえる。息子が、親が、家族がいない、という怒号さえも。
中はパニックだ。
狭く窮屈なのに、あれが無い、これが無い、と皆が動きまわっている。ヒカルの足が踏まれた。背中を押された。肩がぶつかった。
しかし、それらの声も大きな地鳴りでピタリと止んだ。
皆が、地上へとつづく天井を見ているのだろう。すくなくともヒカルはそうであった。あいつが来た。今頃、逃げた人々を血眼になって探しているに違いない。
地鳴りが続く。地上でワニが暴れまわっているのだ。
パラパラと土が落ちてきて、ヒカルの顔に当たったけれど、彼は目を閉じなかった。閉じれなかった。少しでも動けば気付かれる。それは先ほどまで煩かった他の村人たちも同じ考えだった。
ヒカルは、左腕に巻いた時計を抑えた。秒針の音がうるさい。鼓動がうるさい。息さえしてはならない。死神が頭の上を歩いているのだから。
〇
どれほど時間が経ったのだろうか。やがて、地鳴りが小さくなっていく。
ワニが去ったのだ。
それでもヒカルを含めた穴の中にいる人たちは、静かなままだった。生気を失ってしまったのだ。死神の仕事は立派に果たされたように。
誰も口を開くことなく、穴からゆっくりと出て行く。外に出たヒカルは、目の前の光景に思わず息をのんだ。いつの間にか西日が差していた。遠くの双子山のちょうど真ん中に太陽が沈んでいく。蜃気楼が出来ていて、山と空がゆらゆらと赤く揺れていた。
綺麗な夕日は、がれきの山を残酷にも照らしていた。村が確かにあった場所には、木のもくずが散らばっている。その上に、牛が何頭も横たわっていた。ヒカルのそばで、木片が足に刺さり蹲っている村人がいる。よく見れば、村人たちは草履をはいていた。
子どもと抱き合う人。家だった場所の前で泣き叫ぶ人。夕日は皆を平等に照らして見せた。反対側の空には濃紺の夜が迫ってきている。一番星が走る。次第に点々と星が増えてきた。雲ひとつない快晴の夕映えの空の下。ヒカルは、彷徨う村人たちの中で、黄色い布切れを見つけた。
「リオン?」
マヒした頭が動き始める。途端に喉が震えてくる。木片の上を走り回って、黄色い布切れをかき集めた。中には血のついた物もあった。先ほどまで、どこか蚊帳の外気分だったヒカルだったが、集めた黄色い布切れを見つめて、ようやく大切なことに気が付いた。
巨大な金色のワニに襲われようが、赤毛の少女に怒られようが、見ず知らずの村人たちと窮屈な穴の中に押し込まれようが、心のどこかでずっと思っていた。
――俺は部外者だ。だから関係ない。この世界のことなんて……。
でも違うのだと。自分も「この世界」の立派な一部になったといことを、ようやく思い知らされたのであった。
ヘルメットはこの際不要だ。
フルスロットルで加速していく原付バイクは、金色の巨大ワニを追い越し、リオンの村へと一直線に向かっていく。
村には木の囲いがあった。日本史の教科書のはじめのページで見たような家が、ぽつりぽつりと立っている。藁の屋根に土壁の家。窓にはガラスがなかった。
村の入り口に到着すると、リオンは一目散に中へ入っていく。
「鱗よ! 鱗が来てる!」
牛を連れた老人や軒先で果物の皮を向いていた人々が、リオンのその報せを聞いたとたん、すべてを放り投げて走り出す。そして、村のいたるところにあった穴の中へと入っていく。
「みんな、早く!」
「急いで! もうすぐ来てるから」
リオンや村の青年たちも一緒になって、皆を穴の中へと誘導していく。村の入り口で見ていたヒカルも、原付バイクをその場に残して、彼女の元へとかけていく。
「俺はどうすれば良い?」
「君も隠れて!」
ヒカルもすぐそばにあった穴の中へ、逃げ惑う村人たちと一緒に押し込まれてしまった。
「リオンは!?」
目があう。その時、リオンは初めてニコリと笑って見せた。
「私は大丈夫だから」
ありがとう――
次から次へと穴の中に入ってくる村人に押され、ヒカルはその声を聞くことが出来なかった。
ヒカルが入ってすぐに入り口が閉じられた。穴の中は真っ暗だ。顔のすぐそばで荒れた呼吸が聞こえてくる。巨大ワニの襲撃から、この穴の中で身を守る。まるで戦争だ。さっきまでは冒頭だった日本史の教科書が、いっきに近代の項目へとひとっ飛び。
穴の中の人たちも、突然のことに騒然としている。子供たちだけではない鳴き声が四方から聞こえる。息子が、親が、家族がいない、という怒号さえも。
中はパニックだ。
狭く窮屈なのに、あれが無い、これが無い、と皆が動きまわっている。ヒカルの足が踏まれた。背中を押された。肩がぶつかった。
しかし、それらの声も大きな地鳴りでピタリと止んだ。
皆が、地上へとつづく天井を見ているのだろう。すくなくともヒカルはそうであった。あいつが来た。今頃、逃げた人々を血眼になって探しているに違いない。
地鳴りが続く。地上でワニが暴れまわっているのだ。
パラパラと土が落ちてきて、ヒカルの顔に当たったけれど、彼は目を閉じなかった。閉じれなかった。少しでも動けば気付かれる。それは先ほどまで煩かった他の村人たちも同じ考えだった。
ヒカルは、左腕に巻いた時計を抑えた。秒針の音がうるさい。鼓動がうるさい。息さえしてはならない。死神が頭の上を歩いているのだから。
〇
どれほど時間が経ったのだろうか。やがて、地鳴りが小さくなっていく。
ワニが去ったのだ。
それでもヒカルを含めた穴の中にいる人たちは、静かなままだった。生気を失ってしまったのだ。死神の仕事は立派に果たされたように。
誰も口を開くことなく、穴からゆっくりと出て行く。外に出たヒカルは、目の前の光景に思わず息をのんだ。いつの間にか西日が差していた。遠くの双子山のちょうど真ん中に太陽が沈んでいく。蜃気楼が出来ていて、山と空がゆらゆらと赤く揺れていた。
綺麗な夕日は、がれきの山を残酷にも照らしていた。村が確かにあった場所には、木のもくずが散らばっている。その上に、牛が何頭も横たわっていた。ヒカルのそばで、木片が足に刺さり蹲っている村人がいる。よく見れば、村人たちは草履をはいていた。
子どもと抱き合う人。家だった場所の前で泣き叫ぶ人。夕日は皆を平等に照らして見せた。反対側の空には濃紺の夜が迫ってきている。一番星が走る。次第に点々と星が増えてきた。雲ひとつない快晴の夕映えの空の下。ヒカルは、彷徨う村人たちの中で、黄色い布切れを見つけた。
「リオン?」
マヒした頭が動き始める。途端に喉が震えてくる。木片の上を走り回って、黄色い布切れをかき集めた。中には血のついた物もあった。先ほどまで、どこか蚊帳の外気分だったヒカルだったが、集めた黄色い布切れを見つめて、ようやく大切なことに気が付いた。
巨大な金色のワニに襲われようが、赤毛の少女に怒られようが、見ず知らずの村人たちと窮屈な穴の中に押し込まれようが、心のどこかでずっと思っていた。
――俺は部外者だ。だから関係ない。この世界のことなんて……。
でも違うのだと。自分も「この世界」の立派な一部になったといことを、ようやく思い知らされたのであった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語
六倍酢
ファンタジー
ある朝、ギルドが崩壊していた。
ギルド戦での敗北から3日、アドラーの所属するギルドは崩壊した。
ごたごたの中で団長に就任したアドラーは、ギルドの再建を団の守り神から頼まれる。
団長になったアドラーは自分の力に気付く。
彼のスキルの本質は『指揮下の者だけ能力を倍増させる』ものだった。
守り神の猫娘、居場所のない混血エルフ、引きこもりの魔女、生まれたての竜姫、加勢するかつての仲間。
変わり者ばかりが集まるギルドは、何時しか大陸最強の戦闘集団になる。
ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】伯爵令嬢が効率主義の権化だったら。 ~社交の輪を広げてたらやっぱりあの子息が乱入してきましたが、それでも私はマイペースを貫きます~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「『和解』が成ったからといってこのあと何も起こらない、という保証も無いですけれどね」
まぁ、相手もそこまで馬鹿じゃない事を祈りたいところだけど。
***
社交界デビューで、とある侯爵子息が伯爵令嬢・セシリアのドレスを汚す粗相を侵した。
そんな事実を中心にして、現在社交界はセシリアと伯爵家の手の平の上で今も尚踊り続けている。
両者の和解は、とりあえず正式に成立した。
しかしどうやらそれは新たな一悶着の始まりに過ぎない気配がしていた。
もう面倒なので、ここで引き下がるなら放っておく。
しかし再びちょっかいを出してきた時には、容赦しない。
たとえ相手が、自分より上位貴族家の子息であっても。
だって正当性は、明らかにこちらにあるのだから。
これはそんな令嬢が、あくまでも「自分にとってのマイペース」を貫きながら社交に友情にと勤しむ物語。
◇ ◆ ◇
最低限の『貴族の義務』は果たしたい。
でもそれ以外は「自分がやりたい事をする」生活を送りたい。
これはそんな願望を抱く令嬢が、何故か自分の周りで次々に巻き起こる『面倒』を次々へと蹴散らせていく物語・『効率主義な令嬢』シリーズの第4部作品です。
※本作品までのあらすじを第1話に掲載していますので、本編からでもお読みいただけます。
もし「きちんと本作を最初から読みたい」と思ってくださった方が居れば、第2部から読み進める事をオススメします。
(第1部は主人公の過去話のため、必読ではありません)
以下のリンクを、それぞれ画面下部(この画面では目次の下、各話画面では「お気に入りへの登録」ボタンの下部)に貼ってあります。
●物語第1部・第2部へのリンク
●本シリーズをより楽しんで頂ける『各話執筆裏話』へのリンク
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる