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中編
7 「そこはどこ?」
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真太郎が消えた。
和夫はため息をひとつついた。
毎年行われる供養式にて、親友の前に突如現れた謎の男は、訳の分からない言葉を上げて襲い掛かった。
火の粉が舞うドラム缶が転がり、逃げ惑う観客たちによって現場はパニックになってしまい、四方八方に乱れる波に押され、真太郎のそばへと行くことが出来なかった。ただ見ることしかできない。隣には真太郎の父である真司もいた。彼もまた、もみくちゃになった群衆の中でも、しっかりとその光景を見ていた。
そして消えしまった。
一瞬の眩い光が会場を包みこむと、そこに居たはずの真太郎と謎の男、他にも居合わせた何人かが文字通り跡形もなく消え去ったのだ。
和夫や真司たちは、町内会や警察の力を借りて、息子たちの捜索を始めた。しかし、一向に見つからない。夜通し行われた捜索も、日の出前に切り上げられた。熱海の人たちの朝は早いのだ。警察も口だけで捜索は続けると言いつつ引き上げていった。今は真司と和夫、そして真太郎が「小太り僧侶」とあだ名して呼んでいた住職の崇継の三人だけが、出雲の駄菓子屋で疲れたと体を休ませているところであった。
熱海の町は今日も晴天で、朝からセミの声がうるさかった。閉め切っているはずなのに、夏の大合唱が容赦なく店内まで聞こえてくる。
「あの光は何だったんだろうか……」
真太郎がいつも店番をしているカウンターには、今は和夫が座っている。背もたれに深く腰掛け、何もない店内を見つめていた。会場を包んだ一瞬の眩い光。和夫は頭のどこかで、あの光が真太郎たちを連れ去ってしまったのだと考えていた。
和夫は今、普段の真太郎と同じ光景を見ている。店の前で話し合いをしている真司と崇継の二人が、カウンターから見えた。
狭い店内には、所せましと商品が並べられてある。お菓子はもちろん、出雲の駄菓子屋が有名となった骨董品たちが、窮屈そうにしていて、カウンターに座っている和夫さえも息苦しさを覚えるほどであった。こんなところでよく毎日座っていられるなと、和夫は呆れ交じりにため息をついて見せる。
だが、そのため息を聞かせる相手が現在行方不明なのだ。
神隠しにあったに違いない。
昨夜、真太郎たちを捜索している際に、町の老人たちが言っていた言葉を思い出した。神隠しにあった。いつもなら鼻で笑い飛ばしてしまうような言葉に、和夫は耳を奪われてしまった。
出雲の駄菓子屋という鞘は、納めるはずの刃によって自らが傷をつけられてしまった。もしかしたら和夫は、その傷の発端に気が付いていたのかもしれない。
――今年の供養式は穏便に行かない気がする。
自分で放った言葉が彼の胸をリフレインする。嫌な予感が的中してしまった訳で、和夫の心に咲いた「神隠し」という言葉を根元からひっぱり抜くことが出来ずにいたのだ。
長い尾を引くその言葉を頭の中で手繰りよせながら、和夫はカウンターの引き出しを開けてみると、そこには「出雲の駄菓子屋日誌」が入っていた。
ぱらぱらとページをめくっていくと、今日あったことや、業務の引継ぎ、依頼された商品のことなど、詳細に書きつづられている。普段はむしろ大雑把な印象の真太郎ではあるけれど、実は几帳面な一面が彼にはあった。和夫はこの几帳面な真太郎こそが本物ではないかと思う時がある。自分では気が付かない、無意識の性格。水面下に隠れた彼の本当の顔を見ることが多々あった。
見てはいけないものを見てしまったかのように。親友の知らなかった一面がどうしようもなく怖く感じる。それは、親友に限らずに、よく知っていると思い込んでいるものこそ、知らなかった一面の発見に恐怖が纏わりついてくるのだ。
日誌は中ほどまで埋まっていて、最後の日付は供養式の前日のことだった。期限切れの商品を返品したこと。供養式の打ち合わせをすること。そして、閉店間際に大西という男が来店して、いわくつきの掛け軸を預かったこと。部外者である和夫にもわかるように、真太郎はその日の報告を詳細に書き連ねている。
いったいどこに行ってしまったのか。
消えた親友を思って、和夫は日誌を閉じようとしたその時、白紙のページに一つの文字を発見した。
――ここはどこ?
真太郎の言葉が和夫の目に留まる。閉まっていた扉が少しだけ開く音が聞こえた気がした。その一言ではすべてを知ることなどできない。ましてや真太郎が別の世界に居ることなんて、今の和夫にわかるはずなどない。しかし、少し開いた扉から漏れる光を見て、和夫は自分自身の中で一つの確信を持った。
――そこはどこ? 和夫より。
真太郎の言葉のすぐ隣に、和夫はそう記した。真太郎はきっとこの文字を見てくれる。確証はないけれど、和夫だって非現実的な駄菓子屋を傍で見てきたのだ。神隠しにあったというボケ老人たちの戯言を、和夫は真の刃として自分の胸に突き刺した。
その時、店内でガチャンと大きな音がした。
驚いた和夫がとっさに顔を向けると、話し合いを終えた二人が店の中に入ってくる最中で、僧侶の崇継が棚に飾ってあった骨董品のお皿を落としてしまったみたいだ。さすが小太り僧侶。狭い店内で大きなお腹が引っ掛かってしまったのである。
割れた破片が飛び散る。片付けのため、和夫も慌てて駆け寄っていく。「大丈夫ですか?」「手を切らないように」と、破片に気を取られているためか、その時、お菓子の陳列棚から一つの青い飴玉が飛び出ていることに誰も気が付かなかった。
熱海の観光客は今日がピークらしく、宿や商店はどこも騒がしい。和夫たちの悩みなど知らない異世界の住人たち。観光客たちは暑い暑いと笑いながら手で顔を扇いでいる。浜辺もパラソルの行列ができるくらいに賑わっていた。
和夫はため息をひとつついた。
毎年行われる供養式にて、親友の前に突如現れた謎の男は、訳の分からない言葉を上げて襲い掛かった。
火の粉が舞うドラム缶が転がり、逃げ惑う観客たちによって現場はパニックになってしまい、四方八方に乱れる波に押され、真太郎のそばへと行くことが出来なかった。ただ見ることしかできない。隣には真太郎の父である真司もいた。彼もまた、もみくちゃになった群衆の中でも、しっかりとその光景を見ていた。
そして消えしまった。
一瞬の眩い光が会場を包みこむと、そこに居たはずの真太郎と謎の男、他にも居合わせた何人かが文字通り跡形もなく消え去ったのだ。
和夫や真司たちは、町内会や警察の力を借りて、息子たちの捜索を始めた。しかし、一向に見つからない。夜通し行われた捜索も、日の出前に切り上げられた。熱海の人たちの朝は早いのだ。警察も口だけで捜索は続けると言いつつ引き上げていった。今は真司と和夫、そして真太郎が「小太り僧侶」とあだ名して呼んでいた住職の崇継の三人だけが、出雲の駄菓子屋で疲れたと体を休ませているところであった。
熱海の町は今日も晴天で、朝からセミの声がうるさかった。閉め切っているはずなのに、夏の大合唱が容赦なく店内まで聞こえてくる。
「あの光は何だったんだろうか……」
真太郎がいつも店番をしているカウンターには、今は和夫が座っている。背もたれに深く腰掛け、何もない店内を見つめていた。会場を包んだ一瞬の眩い光。和夫は頭のどこかで、あの光が真太郎たちを連れ去ってしまったのだと考えていた。
和夫は今、普段の真太郎と同じ光景を見ている。店の前で話し合いをしている真司と崇継の二人が、カウンターから見えた。
狭い店内には、所せましと商品が並べられてある。お菓子はもちろん、出雲の駄菓子屋が有名となった骨董品たちが、窮屈そうにしていて、カウンターに座っている和夫さえも息苦しさを覚えるほどであった。こんなところでよく毎日座っていられるなと、和夫は呆れ交じりにため息をついて見せる。
だが、そのため息を聞かせる相手が現在行方不明なのだ。
神隠しにあったに違いない。
昨夜、真太郎たちを捜索している際に、町の老人たちが言っていた言葉を思い出した。神隠しにあった。いつもなら鼻で笑い飛ばしてしまうような言葉に、和夫は耳を奪われてしまった。
出雲の駄菓子屋という鞘は、納めるはずの刃によって自らが傷をつけられてしまった。もしかしたら和夫は、その傷の発端に気が付いていたのかもしれない。
――今年の供養式は穏便に行かない気がする。
自分で放った言葉が彼の胸をリフレインする。嫌な予感が的中してしまった訳で、和夫の心に咲いた「神隠し」という言葉を根元からひっぱり抜くことが出来ずにいたのだ。
長い尾を引くその言葉を頭の中で手繰りよせながら、和夫はカウンターの引き出しを開けてみると、そこには「出雲の駄菓子屋日誌」が入っていた。
ぱらぱらとページをめくっていくと、今日あったことや、業務の引継ぎ、依頼された商品のことなど、詳細に書きつづられている。普段はむしろ大雑把な印象の真太郎ではあるけれど、実は几帳面な一面が彼にはあった。和夫はこの几帳面な真太郎こそが本物ではないかと思う時がある。自分では気が付かない、無意識の性格。水面下に隠れた彼の本当の顔を見ることが多々あった。
見てはいけないものを見てしまったかのように。親友の知らなかった一面がどうしようもなく怖く感じる。それは、親友に限らずに、よく知っていると思い込んでいるものこそ、知らなかった一面の発見に恐怖が纏わりついてくるのだ。
日誌は中ほどまで埋まっていて、最後の日付は供養式の前日のことだった。期限切れの商品を返品したこと。供養式の打ち合わせをすること。そして、閉店間際に大西という男が来店して、いわくつきの掛け軸を預かったこと。部外者である和夫にもわかるように、真太郎はその日の報告を詳細に書き連ねている。
いったいどこに行ってしまったのか。
消えた親友を思って、和夫は日誌を閉じようとしたその時、白紙のページに一つの文字を発見した。
――ここはどこ?
真太郎の言葉が和夫の目に留まる。閉まっていた扉が少しだけ開く音が聞こえた気がした。その一言ではすべてを知ることなどできない。ましてや真太郎が別の世界に居ることなんて、今の和夫にわかるはずなどない。しかし、少し開いた扉から漏れる光を見て、和夫は自分自身の中で一つの確信を持った。
――そこはどこ? 和夫より。
真太郎の言葉のすぐ隣に、和夫はそう記した。真太郎はきっとこの文字を見てくれる。確証はないけれど、和夫だって非現実的な駄菓子屋を傍で見てきたのだ。神隠しにあったというボケ老人たちの戯言を、和夫は真の刃として自分の胸に突き刺した。
その時、店内でガチャンと大きな音がした。
驚いた和夫がとっさに顔を向けると、話し合いを終えた二人が店の中に入ってくる最中で、僧侶の崇継が棚に飾ってあった骨董品のお皿を落としてしまったみたいだ。さすが小太り僧侶。狭い店内で大きなお腹が引っ掛かってしまったのである。
割れた破片が飛び散る。片付けのため、和夫も慌てて駆け寄っていく。「大丈夫ですか?」「手を切らないように」と、破片に気を取られているためか、その時、お菓子の陳列棚から一つの青い飴玉が飛び出ていることに誰も気が付かなかった。
熱海の観光客は今日がピークらしく、宿や商店はどこも騒がしい。和夫たちの悩みなど知らない異世界の住人たち。観光客たちは暑い暑いと笑いながら手で顔を扇いでいる。浜辺もパラソルの行列ができるくらいに賑わっていた。
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