出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

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前編

8 乱入する者たち(前)

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「今年は一番に人が多いですね」
「ええ。おかげさまで」

 これから始まる供養式の会場で、真司はいつもお世話になっている町内会長に肩を叩かれた。
 綺麗に禿げあがった頭に、銀縁のめがねをかけて愛想良く笑うこの会長は、毎年この供養式にちゃんと参加してくれる常連の一人だ。

 海に沈みかけの夕日の光が、まだ空を照らしている。ちぎれた雲が町に影を落としていた。

 会場では、すでに数十人ほどの人だかりが出来ていた。狭い道の中で行うため、人と人は肩をくっつけ、まるで満員電車に乗ってるかのように密集している。
 その中には、今夜供養してもらう元の所有者たちがいるのかもしれない。

 人だかりの中心には、昼過ぎに真太郎が拵えた小さな櫓と、焦げ付いたドラム缶が置いてある。そこに小太りの僧侶と我が子の姿はまだなかった。

「真太郎くんも今ではすっかり人気者だろう」
「ええ。なんでも任せっきりになってまして……」

 真司は息子をほめられた気持ちと反対に、自分の不甲斐なさを露呈させているような気もして、曖昧に笑って見せた。
 骨董品を集め、いつの間にかいわくつきの物も回収するようになり、今では供養式もさせてもらっている。
 自分の思い付きで始めた一連の流れが、今では真太郎が引き継いでおり、しかも様になっているとなると、父親としては複雑なのだろうか。

「真太郎君が取り仕切るようになってから、何年目になりますか?」
「確か、8回目でございます」
「となると小学生くらいの時じゃないか」

 会長は素直に驚いた。

「はい。あいつの方が……なんと申しますか、霊たちも穏やかなんですよ」

 真司がいわくつきの物と店番をしていると、必ず何かが起きる。ドアが勝手に開いたり、知らない誰かの声が聞こえたり――。
 彼も気色悪く思っていたのだが、わが子である真太郎がいると、不思議とそういった怪現象が起こらない。
 そうして、いつの間にか出雲の駄菓子屋の店主は、真太郎へとシフトチェンジしていったのだ。



「おお。来た来た!」

 ざわざわとしていた会場が一気に静かになった。人だかりも増えていて、さっきの倍近くまでなっている。

 そして、その中にはボストンバッグを持った雄一も居た。

 供養の品を盆に乗せて持つ小太りな僧侶が前を歩き、その後ろに提灯を持った真太郎がついていく。そんな真太郎の姿を見た雄一は、昼間に話した青年とはまるっきり違う風格に驚いてしまった。
 眠たそうな切れ長の目には、神秘的で静かな光も宿っている。

(なかなか様になっているじゃないか)

 雄一は真太郎と同じ歳くらいの自分の息子を思い出した。あいつも彼のように大舞台を任される日がくるのかしら、と。

 二人が櫓に到着すると、真太郎が提灯の中でゆらゆらと揺れていた蝋燭をドラム缶の中に放り込んだ。あらかじめ用意されていたであろう着火材によって、火は瞬く間に大きくなっていくのが見えた。
 小太り僧侶の方は、真太郎が提灯を片付けたことを確認すると、持っていた供養の品々を預け、自分は櫓に登った。そして、供養の品、次にドラム缶の火に向かって手を合わせ、軽く頭を下げた。

 いよいよ始まるのだ。年に一度の供養式が。

 まずは僧侶がお経を読み始めた。それに呼応するかのようにして、ドラム缶の火がますます大きくなっていくように思われた。

 一陣の強い風が吹き、火も揺れる。
 こうして出雲の駄菓子屋の供養式は淡々と始められた。



 美琴はついに見つけた。昨日路地裏でぶつかってきたあの男を。

 今日も大きなカバンを持っている。きっとあの中に隠しているんだな。分かる。隠しても私の目はごまかせない。

 その男は人混みの中に入っていった。

(大丈夫だ。ここまで来て見失うものか。なるほど人混みに紛れて奪ってしまおう)

 欲深い奴め……。

 もう少しで追いつくといったところで、美琴の足が止まった。進めない。進みたくない。

(提灯を持った青年だ。彼はまずい。近づくことが出来ない……。しかも隣には僧侶もいるではないか)

 もう少し、あと少しなのに、と、美琴は奥歯を噛み締めた。

(どうして運命は、ことごとく私たちの邪魔をするのだ)

 僧侶がお経を読み始めると、美琴は両耳をふさいで、人混みの中にしゃがみこんでしまった。

(必ず奪い返してやる)

 美琴は両目に涙を浮かべ、その鷹のように光る眼で、雄一の方を強く睨みつけていた。



 柏木紳士が会場に到着すると、すでに供養式が始まっているらしく、僧侶が小さな櫓に乗ってお経を読み始めていた。

 一陣の強い風が吹くと、被っていたハット帽が飛ばないように、軽く手で押さえる。

 美琴はここにきているのだろうか。
 もとはと言えば、柏木もこの供養式目当てで熱海にやってきたのだ。

 彼の父(美琴にとっては祖父あたる)は海外のブランドを扱う輸入会社の社長であった。柏木も他社での修行を積み、二十年ほど前に跡を継いだのだ。
 持ち前の営業センスと才能を活かし、なんとか会社は躍進を遂げたのだが、そのための犠牲も多かった。
 そのうちの一つが家庭である。

 経済的には余裕ができたものの、時間や責任に追われる毎日が続き、社員たちの「運命」を握っているため、逃げ出すこともできない。そうやって後ろも振り返らずに走り続け、事業が安定するころには、家庭は空中分解寸前であった。

 柏木は妻を愛し、何よりも美琴を愛していた。自分の犯した無知の罪に気が付いた彼は、父が残した金沢の別荘で、まとまった休暇を過ごそうと考えたのだ。
 結果、離婚という最悪の事態は回避できたものの、今度は美琴の様子が変わってしまったのだ。

 当時小学5年生だった美琴は、柏木夫妻の教育のもと、夜の10時には寝る習慣がついていた。だが、金沢の別荘から帰ってくると、夫妻が寝静まった深夜でも、突然起きては家の中を意味なく徘徊し、ひどいときには家から出ようとしたことさえあった。

 はじめはただの夢遊病かと考えていたのだが、事態はそれで収まらなかった。

 妻の話によると、美琴は日中でも、何も無いところをぼうっと見つめていたり、独り言を言ったりするらしい。

 まるで何かと話しているみたいなのだと。

 病院にもかかった。何件も回ったものの夫婦の納得のいく答えは返ってこなかった。
 いよいよ不気味に思った柏木は、美琴が不可解な行動をするときに決まって手にしている物の存在に気が付いた。

 それが、ピンク色の小さな巾着袋なのだ。

 美琴の目を盗み、おそるおそるその巾着袋の中身を覗くと、柏木は思わず声を上げそうになってしまった。

 そこには一対の「目」が入っていたのだ。

 ガラス製の義眼。にわかに信じがたい話ではあるが、柏木は認めざるを得なかった。

 美琴は何かに憑依されているのではないか。

 自分でもおかしなことをしていると思いつつ、そういった類の情報を集め始めた。様々な筋に話を通し、様々な方法を試みて、そして、ようやくたどり着いたのがここ熱海にある「出雲の駄菓子屋」であった。


 パチパチと木の燃える音が、柏木のところまで聞こえてくる。いよいよ盛んに燃え始めた炎は、火の粉をまき散らしながらまるで周囲の人たちを食わんとしているようだ。
 荒れ狂う炎の傍で、落ち着いた表情をした青年を、柏木は遠目ながらに見つけた。昨晩、店先で話をした青年だ。彼が今持っているのは今宵の供養式で供養されていく品々なのだろう。

 柏木は、本来なら美琴の巾着袋も、あの中の一つにあるはずなのだと歯がゆい思いをした。
 昨日、単身で熱海に乗り込んだ柏木は、もう少しで出雲の駄菓子屋に着くというところで、カバンをひったくられた。その犯人は紛れもない、自分の娘である美琴であったのだ。

 美琴は柏木からピンクの巾着袋の入ったカバンをひったくると、一度だけ彼の方に振り返り、そのままどこかへ走って行ってしまった。

 後悔――もし、自分がすぐに追いかけたら、その場で取り返すことが出来たのかもしれない。だが、その時はどうして美琴がここに居るのかとパニックに陥ってしまい、身動き一つできなかったのだ。

 一度だけ振り返った美琴の顔は、柏木の知っている表情をしていなかった。
 侮辱。軽蔑。失望。憤怒。ありとあらゆる負の感情が、まだ子供である美琴の顔に重なっていたのだ。

 知らぬ間に下を向いていた柏木は、重たい顔を上げると、今まさに真太郎が火の中に供養の品を一つずつ入れるところであった。

 
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