出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

文字の大きさ
上 下
7 / 40
前編

6 違和感の下(前)

しおりを挟む
 予定よりも少しだけ早く来た僧侶に、真太郎は寝癖をそのままにして、店の中で今夜の供養式の打ち合わせをしていた。

 切れ長の目がまだ腫れていて、瞼もまた重そうだ。

「今年はどれくらいになりそうですか?」
「昨日も閉店間際に一人持ってこられました。たぶんそれも供養した方が良いかなとは思うんで、八個ですね」

 真太郎はあくびを我慢しながら答えた。そして、ぼりぼりと頭をかき、昨日の掛け軸のことを思い出してみる。
 他にも何かあったような……と、思いつつ。

「今年は一番多いですね」

 小太りなこの僧侶は、熱海の山の近くにある明千寺みょうせんじという古寺の住職で、供養式を毎年仕切ってくれている。真夏日でもしっかり袈裟を着ているためか、もしくは小太りなためか、坊主頭に汗が光っていた。

「昼すぎに櫓やぐらを組みに行きます。完成したら、供養の品をそっちに持っていきますんで、その時にまた連絡します」

 小太り僧侶は「わかりました」と言って、店の中の骨董品に軽く手を合わせた。

「では、また後程」
「はぁい」

 小太り僧侶を見送った真太郎は、いつものように店のカウンターに座ると、今夜の供養式のことを考えてみた。

 今日の出雲の駄菓子屋は忙しい。
 とは言っても、昼食後に小さな櫓を組み立てて、火を焚くためのドラム缶を運ぶだけ。1メートルもない櫓は、さっきの小太り僧侶がお経を読むときに乗る台になっていて、本来はお寺のものなのだけれど、今では供養式でしか使わないため、出雲の駄菓子屋の倉庫に置いているのだ。

 供養式は、糸川遊歩道にある小さなスペースで毎年行われる。
 出雲の駄菓子屋から五十メートルも離れていない。櫓と火を焚くようのドラム缶を置いたらほとんど埋まってしまうくらい狭いスペースため、お経を読む僧侶と、火の中に供養する品を入れる真太郎しか参加せず、見物客たちは、遊歩道にはみ出して供養式の様子を見るだけになる。

 櫓を運んで組み立てるのも、半時間あれば足りるだろう。たった三十分の仕事でも、暇と戦うことの多い出雲の駄菓子屋業務にとっては、立派で重大な仕事であった。

 そして今夜は供養式もある。そのため、真太郎にとっては今日が年に一度の「忙しい」日なのだ。

 真太郎は頬杖を突くと、今年の供養する八点の品を横目で見た。
 毎年、必ずと言っていいくらい供養の対象になる髪が伸びる日本人形。他にも、夜中に人の顔が浮かび上がってくる軟球ボールや、心霊写真に数珠、はたまた藁人形や古い手紙などなど。

 最後に真太郎は昨日の掛け軸を見た。
 いくら捨てても戻ってくる掛け軸。しかも自分自身が無意識のうちに戻してしまっている奇妙な物。

  依頼主の表情や雰囲気を見ればわかる。掛け軸の主であった大西は、確かにそれに苦しめられていた色が顔や表情に出ていた。
 心の芯からの恐怖、非日常の怪現象に対してどうすれば良いのかわからない苦しみ。それが大西に滲み出ていたことを真太郎は気付いていた。

(この掛け軸を一番先に供養してもらおう)

 真太郎はそんなことを漠然と考えつつ、忙しいとは言え、結局は時間との闘いになるであろう店番にため息を一つつくと、出雲の駄菓子屋にようやく一人の客が入ってきた。

「いらっしゃいませ」
「なかなか良い雰囲気があるじゃないか」
「はい?」

 その男は、深いグリーン色の高級そうなボストンバッグを片手に、汗がうっすらと染みたシャツの首元を扇いでいる。
 チラと目が合った。駄菓子ではなく、飾られた骨董品の方をキョロキョロと見ている様は、どこかでこの店のことを聞き付けた冷やかし連中の一人なのだろうか。

「いや、ごめんよ。ちょっと噂を聞いたんだけれど、ここではただの駄菓子屋じゃないんだよね?」

 彼は駄菓子と一緒に並べられてあるブリキのおもちゃを見つけると、昔よく遊んだ懐かしいおもちゃを見るような目で、微笑みながら手にとった。

 丸みを帯びた可愛らしいフォルムのロボット。
 このブリキのおもちゃには、どのような恐ろしい話がついているのかと呑気にも想像しているのかもしれない。
 男は、一通りそのブリキのおもちゃを眺め終えると、そっと元の位置に戻した。

「見ての通り、駄菓子屋以外にも骨董品を扱ったりしています」
「引き取ったりは?」

 真太郎は困惑してしまった。この男はいったい何が目的なのだろうか。いわくつきの物に悩まされている様子もない。ただこの駄菓子屋の珍しさを愉快に楽しんでさえいる。
 困惑が漏れてしまったのか、男の顔に、少しだけ申し訳ない色が見えた。

「冷やかしに来たわけじゃないんだ。たまたま今夜の行事のことを聞いてね。それで立ち寄ってみただけだよ」
「それなら今夜七時に、すぐそこの川岸でやりますから。すぐに分ると思いますよ」

 ありがとう、と言って、男は昔よく食べたポン菓子を一つだけ買ってから店を出た。

「ぜひ、見物させてもらうよ」
「ありがとうございました……」

 真太郎は、店を出て行く彼の持つボストンバッグを見て、「そんな大きな荷物は旅館にでも預けてしまえば良いのに」と心の中で呟いた。

(カッコつけめ)

 その男と入れ替わるようにして、今度は店前に一台のバイクが停まった。小さな荷物を抱えて入ってきたのは、真太郎より一つ年上で同じ高校に通う柳澤和夫やなぎさわかずおだ。

 愛想の良い日焼け顔が、二人の通う高校でも人気なのだ。

「おっす。店はどう?」
「相変わらず」

 和夫が「ほい」と荷物を渡すと、真太郎も「ほい」と受け取る。

「今夜の準備は済んでんの?」
「まだ。昼飯食ってから」
「何か手伝おうか?」

 和夫からは「真太郎」と呼ばれ、真太郎は彼のことを「かずちゃん」と呼ぶ。

 二人は昔から仲が良かった。友人の少ない真太郎にとって、面倒見の良い和夫の性格が性に合っていた。

「すぐ終わるし別にいいよ」
「ほいよ」

 和夫は骨董品が並んである棚で、少しだけずれたブリキのおもちゃを見つけると、正面を向くようにそっと整えてやる。
 その様子を見ていた真太郎は、雄一のことを思い出した。

「そうだ。さっき、変なカッコつけが入ってきたんだ」
「どんなやつ?」

 商品棚に小さなスペースを見つけた和夫は、行儀悪くもそこに軽くもたれかけた。

「ここは面白いことをやってるねとか、ニヤニヤしながら冷やかしてきた」
「今夜の噂でも聞きつけたんだな」
「そうみたい。まあお金も落として行ってくれたから、店としてはありがたいんだけどね」

 真太郎は背もたれに深くもたれかかると、雄一の持っていたグリーンのボストンバッグをどこかで見たことあるような気がして、思い出そうとしてみた。

 すると二階から真太郎の父親である菅野真司かんのしんじが降りてきた。

「おーい。そろそろ飯だぞ。おお、和夫も来てたのか」

 一緒に食っていくか? という問いかけに、和夫は「結構ですよ」と笑って返した。

「まだ配達がありますし、そろそろ行きます」
「ご苦労さん」

 真太郎は二人のやりとりを聞きながら、まだグリーンのバッグをどこで見たか思い出そうと、頭の中の引き出しを片端からひっくり返していった。

 そして、ようやく思い当たる記憶を見つけたのだ。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

ラヴィ

山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。 現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。 そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。 捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。 「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」 マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。 そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。 だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

熾ーおこりー

ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】  幕末一の剣客集団、新撰組。  疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。  組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。  志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー ※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です 【登場人物】(ネタバレを含みます) 原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派) 芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。 沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派) 山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派) 土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派) 近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。 井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。 新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある 平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派) 平間(水戸派) 野口(水戸派) (画像・速水御舟「炎舞」部分)

大江戸あやかし絵巻 ~一寸先は黄泉の国~

坂本 光陽
ミステリー
サブとトクという二人の少年には、人並み外れた特技があった。めっぽう絵がうまいのである。 のんびり屋のサブは、見た者にあっと言わせる絵を描きたい。聡明なトクは、美しさを極めた絵を描きたい。 二人は子供ながらに、それぞれの夢を抱いていた。そんな彼らをあたたかく見守る浪人が一人。 彼の名は桐生希之介(まれのすけ)。あやかしと縁の深い男だった。

浮帽子

坂水
ホラー
保育園で起きた独女と幼女の幽霊奇談。 子どもが苦手な保育園の事務の「私」は、子どもの幽霊「ゆう」の存在に気付く。 四季を通して、徐々に距離を縮める二人。けれどそれぞれに抱える秘密があって―― 中篇。ラストはホラーかハッピーか。どうぞ、確かめてやってください。全12回

小夜中に眠る物語 ~眠れない夜に不思議な話でもいかがですか?~

神原オホカミ【書籍発売中】
ホラー
体験談なのか、フィクションなのかはご想像にお任せします。 不思議なお話をまとめます。 寝る前のほんのちょっとの時間、不思議なお話をどうぞ。 すみませんが不定期更新ですm(__)m ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆内容が無理な人はそっと閉じてネガティヴコメントは控えてください、お願いしますm(_ _)m ◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載します。 〇執筆投稿:2025年

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...