出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

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前編

3 人探し

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 出雲の駄菓子屋の建物は、一階が店で、二階は菅野家の住まいとなっていた。

 涼しい夜風を入れるため、シャッターを半分だけしめたまま、真太郎はカウンターに座っている。
 父は明日の供養式の打ち合わせで、お寺や町内会に顔を出しており、まだ帰ってきていない。昼間からずっと店番をしていたせいで、二階の住まいにはまだ明りがなかった。一階も店内灯は消し、カウンターの読書灯の小さな光があるだけだった。

 真太郎はカウンターの引き出しから一冊のノートを引っ張り出した。
 表紙には「出雲の駄菓子屋日誌 その4」と黒のマジックペンで大きく書かれている。

 その日の売り上げや来店数、または連絡事項を記載するためのこの日誌は、今では真太郎の日記となっていた。読書灯に照らされた机にノートを開き、真太郎は今日を振り返る。


 朝、納品があり、昨日準備していた期限切れの商品の返却も終了。また明日の供養式についての打ち合わせも少しした。来店は少数。売上も少ない。

 閉店間際に男性が来店。名前は大西隆俊おおにしたかとし。年齢40代後半。不気味な絵の掛け軸に苦しめられており、なんど手放しても、無意識のうちに自分の手で取り戻してしまうらしい。

 叔父の遺品として、初めは小遣い稼ぎのつもりで受け取ったことがきっかけ。その叔父は数年前に妻を亡くし、一人で暮らしていたが、孤独死。町内の知り合いに発見され、死後六日間が経過していた。

 不気味なのは大西氏の叔父が、その掛け軸に縋りつくようにして息絶えていたということ。

 これはあくまでも僕の想像だけれど、故人もまた、その掛け軸に苦しめられていたのではないだろうか。その掛け軸に魅せられたのではなく、大西氏のように、逃げても逃げても追いかけてくる怪奇現象に身も心も食われてしまったとも考えられる。

 明日は供養式である。この掛け軸も無事成仏してくれることを祈ろう。

P.S.

 今日の午後、明千寺みょうせんじから連絡があり、明日午前九時に供養品を見るため、ここに来られるとのこと。



 真太郎はノートを閉じてふと息を吐いた。日誌への書き込みで今日の業務は完了したのだ。

 店内に詰め込まれたいわくつきの品々。

 出雲の駄菓子屋でも、たまに不可解な現象が起きる。椅子が勝手に倒れたり、二階の住まいへと続く階段で足音が聞こえたり。
 だが、真太郎が店番をするときには、そんな現象は不思議と起きなかった。

 この商売を始めた当の本人である父親も不気味がっているのに、真太郎はこうして毎晩、一人で読書灯だけを着けて日誌を書いているのだ。

 店内に一陣の強い風が入ってきた。人の気配を感じた真太郎は、カウンターに座ったまま、半分だけ開いたシャッターから外を見てみた。

「ごめんください」

 男の声だ。さっき来店した男だろうか? でも声が違う。落ち着いていて上品さを感じさせる。

――もし、私がこれを「返してくれ」と言ってきても、取り合わないでくれ。

 真太郎は念のため、置きっぱなしにしていた掛け軸をカウンターの引き出しに隠して立ち上がった。

「どちら様ですか?」

 真太郎はゆっくりとシャッターを上げた。そこにはグレーのサマースーツを着た一人の紳士が、月と星の光に照らされて立っていた。

「ごめんなさい。もう閉店してしまったんです」

 その紳士はさっき訪ねてきた大西とは違い、姿勢が良く、力強い目力をもって真太郎を見ていた。

「失礼。一つだけお尋ねをしたい」

 そう言うと、紳士は背広の内ポケットから一枚の写真を取り出して真太郎に見せた。

 それは少女の写真であった。おかっぱに近い黒髪と丸くて大きな目。目の前の紳士と、目元の雰囲気が似ている気がする。
 可愛い子だなと真太郎は率直に思った。

 真太郎はなんだか違和感を覚えた。頭の中にある引き出しを開けていくけれど、すべて空っぽで分らず終い。なぜ引き出しをひっくり返したのかさえ疑問に思ってしまう。日床で言うと思い過ごし。

「娘とはぐれちゃってね。探しているんだけれど、見かけなかったかな?」

 ここに来たとか。

 真太郎は紳士のその言葉に妙な重みがあったことに気が付いたが、敢えて触れずに「いいえ」と首を振った。

「今日はずっと僕が店番をしていたんですけど、この女の子は見てませんね」
「見落としたという可能性は?」

 真太郎が鼻で笑った。

「それくらい忙しくなりたいですね」

 紳士も妙に納得したのか、少女の写真をしまうと、今度は名刺を取り出した。

柏木かしわぎと言います。娘は美琴みこと。もし娘を見かけたら――この店に来たらすぐにその番号へ連絡して欲しい」

 名刺を受け取った真太郎は柏木の顔を見て、「この人もいわくつきの物を持っているのでは」と考えてみる。
 しかし、背筋が伸び、口調も穏やかな柏木は、他の依頼主とは違った雰囲気を持っていた。「デカい」と感じてしまう人もいるだろう態度は、柏木の強い精神力の表れなのだろう。

 真太郎は一つカマを掛けてみた。

「娘さん……美琴ちゃんには、何か変わったとこは無いですか?」

 柏木紳士の顔に現れた少しばかりの緊張を、真太郎は見逃さなかった。

「変わった……とは?」
「いえいえ、美琴ちゃんの特徴ですよ。ひと目見て美琴ちゃんと分る特徴」

 微かではあるけれど、確かな手ごたえを感じた真太郎は、心の中でガッツポーズをしてみた。俺も結構やるじゃん。

「ああ。特徴ね……」

 グラグラと揺れる足元で、柏木はバランスを取ろうと試みているみたいであった。

「白いワンピースを着ていて、背は君の胸辺りまでかな?」
「他には?」
「うーん。親バカかもしれないけれど、目がクリッと丸くて、可愛らしいよ」

 柏木の表情にはすでに余裕が戻ってきている。詮索に気が付いた紳士は自身に結界を張ってしまったのだろう。

「あと、それから、ピンク色の巾着を持っているよ」

 ピンク色の巾着――真太郎はすぐさまその言葉を頭の中にメモをした。

 だが、少女の持ち物であったそれは、今はすでに他人が所有しているのだと、二人は知らない。

「……わかりました。探してみます」
「ありがとう」

 柏木紳士はニコリと笑って見せると、「遅い時間に申し訳ない」といった表情をして、銀座通りの方へ歩いて行った。

「あの!」

 真太郎は胸の奥底から湧いてくる衝動に駆られ、思わず声をかけてしまった。
 柏木は振り向くと、子供みたいに大きく目を開けて疑問の表情を投げてくる。

「ちなみに、中には何が入っているんですか?」

――ピンク色の巾着

 それを聞いた柏木は丸い目をこれまた子供のように意地悪く細くして、うっすらと笑みを浮かべた。そして、二本の指をゆっくりと目元にもっていく。

「目だよ――」

 遠くの方で酔っ払いの歌声がうっすらと聞こえた。

 
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