勿忘草 ~人形の涙~

夢華彩音

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第一章 秋野裕

~村人2~

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「裕、お前学校を卒業したらどうするつもりだ?」

家で本を読んでいると、父親が話しかけてきた。
「村に帰ってくるって」
「最初から村にいれば厄介者にならなかったのに…」

「いいだろ別に。父さんにはあまり関係ないんだから」
「大ありだ。上手く行けば麻生家と…」
「またそれかよ。そんなに出世したいなら母さんと結婚せずに麻生家に行けばよかったんだよ」
そう言って父の言葉を遮った。

同じようなことを何度言われたところで気持ちが変わるはずがない。
大人ってばかだ。特にこの村の大人は。

…街の学校に初めて行った日は驚いた。
村と全然違うから。
毎日楽に生きることができた。
自分のことは自分で決めることができた。

友達も、家も、服も、食べ物も自由。
村ではありえないことだった。
この村は全て決まっていた。

家によって着る服や食べ物、友達も決められている。
起きる時間、寝る時間、食べる時間全て。
そして何より大切にしているのが、

「麻生家への忠誠」

この村の守り神であり、村の全てを握っている。
麻生家がなくなれば、村も終わる。
だから麻生家に従い続ける。
俺の家系は代々麻生家で働いている。
麻生家の者が村で一番位が高いとすれば、2番目は役人。3番目が家来になる。
家来の中にも階級があり、上、中、下と分かれている。
上は麻生一家と深く関わり守る役目を持ち、中は身の回りの世話や調理などを行う。下は見張りや掃除、門番などを担当する。

俺は家来の中でも上に位置していた。
だから麻生家の秘密を知っている。
何にも得にはならない。ただ哀れに思えてくるだけだ。

麻生明梨…彼女との縁談を断ったのは村に嫌気がさしていたのが理由の1つだが、何より俺は夫としての役割を果たせる自信がなかった。
しかも結婚まで相手の顔が分からないなんておかしい。好きな奴との結婚くらいさせてやればいいのにと思う。


ふと、亡くなった麻生美由紀のことを思い出した。
俺はずっと彼女の側で働いていた。
俺に自由を教えてくれたのも彼女だった。

「私はこの家からは出られないけれど、あなたは違う。無理してこの村にいる必要なんかないのよ。自分らしく、自由に生きなさい。」

俺が村を出る前、あの人はそう言った。
あの言葉のおかげで、俺は世界の広さを知った。


-第一章 完-
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