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1 精一杯頑張ったけどだめでした

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 ――どうしてこうなってしまったんだろう。


 刑吏たちに促され、無機質で冷たい廊下を、アデラインは一歩一歩と進んでいく。
 抵抗はしない。
 もはやしても無駄だということを、嫌というほど、骨の髄まで、理解してしまったから。

 貴族牢から伸びるこの廊下は、罪人とはいえ貴族を歩かせるために、美しく保たれている。華美な調度品こそないが、たとえば足元を彩るこの絨毯だって、民草にはおいそれと手の届かない代物であろう。
 むなしくて笑ってしまう。
 だって、この先に何があるのか、自分は知っている。


 廊下を抜けて、扉をくぐり、広々としたひとつの部屋に入室する。
 肌に感じる空気が変わった。

 アデラインが部屋の中央まで進むと、さらに正面を向くよう指示され、それに従順に従う。
 こちらより高い位置に設けられた、扇状に広がる席から、冷たく見下ろしてくるいくつもの視線を甘んじて受ける。

 ここは処刑場。身分高き者を罰するための、非公開の断罪の場だ。

 完全なる公開処刑でなくてよかった、と思う。
 この場にいるのは、最高権力者である国王陛下と刑の執行人、見届け人たちを除けば、今回の件の関係者のみだ。
 もし処刑台のような高い場所に引きずり上げられ、顔も合わせたことのない民衆から罵詈雑言を浴びせられたら、さすがに心がもたなかったかもしれない。

 絞首刑でなくてよかった、と思う。
 先ほどちらりと視界の端に、ものものしく帯剣した刑吏が映った。つまり今から行われるのは斬首刑。
 この国において絞首刑は、刑執行後もその身体を朽ちるまでさらされるため、見せしめの意味合いが強く、つまりは一族も無傷ではいられない。
 比して斬首刑は、穏便な処刑法と言える。良い技術を持った刑吏に当たれば苦しみは一瞬であるし、その遺体は一応墓に葬られる。そしてその罰は、あくまで個人に与えられたものとされるのだ。
 今の家族にはついぞ愛情を持てなかったが、自分のせいで他の人にまで累が及ぶようなことがあれば、心苦しい。

 また、罪人とはいえうら若き娘相手に躊躇われたのか、拷問もされなかったから、多少やつれてはいるけれど、いまも自分はこの足で立つことができている。
 心も衰弱していない。


 だから最期まで自分は、自分のままでいることができる。


 場が整い、刑吏のひとりがアデラインを跪かせる。
 そして裁判官が進み出て、朗々と口火を切った。
「それではこれより、罪人アデラインの処刑を執り行う」
 家名を省かれた――というより、もうこの身は家名を名乗る権利を奪われているのだろう。つまり公爵家から除名されているのだ。
「アデラインは、神に愛されし聖女フローラを心身ともに傷つけ、蔑み、辱めた。
 筆頭公爵家の令嬢、さらには王太子殿下の婚約者という立場を利用し、聖女に対する一方的な悋気から、聖女を追いつめ、最終的には命までも脅かそうとした。
 その罪は先日の裁判にて明らかにされたところであり、もはや申し開きの余地もない」
 よく言う、と唇がゆがみそうになるのを噛み締めることで押さえつける。
 ほんの数日前に行われた裁判の実態はこうだ。あちらの言うことはすべて事実と認定され、その矛盾を指摘しても無視され、こちらの正当性を訴える時間も与えられず、しかもそれを全員が違和感なく受け入れるという――
 ある意味、この処刑場より異常な空間だった。

 今回の処刑に関する概要が読み上げられたところで、裁判官から聴罪司祭へと引き継がれる。
「最期に、罪人に告解の時間を設ける。偽りのない真摯な言葉により、あの世にて神の赦しを受けられることもあろう」
 これについては鼻で笑ってしまった。こっそりとだけど。
「アデラインよ、何か申すことはあるか」
 誰にも気付かれないように一度だけ深呼吸をし、切り捨てるような声音で言い放った。

「ございません」

 ざわりと空気が揺れる気配。

「わたくしは、わたくしの信念に基づいて行動したのみ。
 何ら恥ずべき行いはしておりません」

 嘘偽りのない本心だ。
 もはや誰もほめてはくれないだろうけど、自分は頑張った。もう自分にできる全力を出し尽くしたと言っていい。やり直しがきいたとしても、自分はまた同じことをするだろう。
 そして、あの神なんかに・・・・・・・赦しを求めるくらいなら、この場で舌嚙み切って死んだほうがマシだ。

 場がさらにぴりりと緊迫していくのを感じるが、アデラインはただまっすぐに前を見据えて、そこに立っていた。


「待て」

 そこに唐突に入った、よく通る聞き知った声。
 ここに来てはじめて身体がふるえた。
「私からも改めて聞こう。アデライン。お前は、何か、言うべきことはないのか」
 前を向きながらも、あえてはっきりとは見ないようにしていた、そちらに視線を合わせる。

 真正面――国王陛下のごく近い場所に座る、王太子殿下。その脇に控えるのは側近と、騎士。そして聖女。

 フローラ。ラルフ。ギュンター。――ベルンハルト殿下。
 こちらを、憎々しげに、もしくは恐れながら、心の底からの拒絶をもって見つめてくる大切なひとたちの瞳を見返す。


 どうかそのままでいてほしいな、と思う。
 悲しまないでいてくれるなら、もうそれでいい。

 ――だって大好きになってしまったから。
 みんなにはずっと、笑っていてほしいから。
 すべてが終わってからも、この先もずっと。


 殿下が苛立ちを隠さない声で、答えを促す。
「アデライン。問うているんだ。答えろ」
 それに返す言葉を、自分は持たない。
 殿下の失望し切ったような目がつらい。おそらく彼はこちらの懺悔の言葉を求めているのだろう。わかっている。
 しかし、自分にはこの道しか選べないのだ。

「もうよい。――やれ」



 頑張ったんだけどな。

 みんなで幸せになりたくて。これからもずっと一緒にいたくて。

 悔しいなあ……。


 とりあえず、あの世への道中であのクソ神さまに会ったら、一発と言わず殴らせてほしい。


 髪を無造作に切り落とされ、刑吏が振るう剣に的確に首を断ち切られ、自分の世界が永遠に閉じるまで、アデラインはそんなことを考えていた。
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