果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

文字の大きさ
上 下
32 / 47
第五夜

親友の死

しおりを挟む
夜 21:30

 再び、夜の図書室にやって来た。
 ここで死んだと思われる者は、案外少ない。どうも日付が変わって追われた時に自室にまず逃げ込もうとした者が大半だったようで、別の場所に隠れると言う発想がなかったようだ。確かに、未知の場所に逃げ込むことには勇気がいる。全く知らない場所よりは、自室に逃げ込む方が上策に思えることだろう。

 書棚の森の奥、前回死んだ時の自分の亡骸が目印になるとは…皮肉な巡り合わせだ。自嘲混じりの苦笑いで、息絶えた自分の幻影のもとに向かう。感情らしい感情を切り離して考えている自分に嫌気がさして来た。
 すでに自分は、正気じゃなくなったのかもしれないな…。そう自分を納得させると周囲を見回した。

 ランプに照らされて見える範囲では、他の誰の亡骸も見えは…いや。
 書棚の奥に一人だけいる。座り込み壁に寄りかかった姿勢のまま事切れたようだ。
 「…?」
 あれは…まさか! 俺は思わず駆け寄って、確かめた。
「…オリ…バー…?」
 
 俺よりも頭一つほど高い長身に恵まれた体格、さっぱりと切り揃えた赤い髪。記憶の中にある彼の面影と一致する、その容貌。
「オリバー…なのか…?」
 すぐそばに膝をついて確かめる。肩口と脇腹に矢を受け、口許から一筋の血を流して壁に寄りかかったままで息絶えている。最後に吸おうとしたのか、手元には煙草が一本転がっていた。
 一体彼は、何度の死を迎えたのだろう? だが何となく直感した。彼はここで『最後の』死を迎えたのだろうと…。

 
 あの時、霊廟で棺を見た。

 名も確かめた。
 
 でも心のどこかで否定し続けていた。

 同じ名前の、別人なのではないかと…。

まさか、こんな形で彼と再会する事になろうとは…!

「こんな…こんな所で…!」

 涙が頰を滑り落ちる。忘れかけていた感情が、堰を切ったように溢れ出た気がした。
 脳裏をよぎるのは職場や休日、共に過ごした思い出。
 釣りに付き合わされてずぶ濡れになり笑いあった、遠い夏の日。
 変人教授の思いつきで行かされた寒い日のフィールドワーク。
 思い出せばキリがない、彼と過ごした日々。

 親友の死を目の当たりにすることが、こんなに辛いことだったとは…!

「仇は…仇はうつ。この異常な現象を引き起こす、その元凶を何としても打ち破ってやるから…!」
 だから、安心して眠ってくれ…。

 そうだ…こんな所で立ち止まっている余裕はない。つかの間、ここで命を落とした親友のために黙祷を捧げると、袖口で乱暴に涙を拭って立ち上がる。
 オリバーが受けていた矢は、ここの罠が発動したと思っていいだろう。矢の形状からも天井に設置された罠の石弓のものと推測できた。

 扉のスイッチと思われる赤い本をそっと押し込む。すると、重々しく耳障りな機械音が鳴り響き、当たりをつけたスリットの先にある壁に隙間が現れた。これで、いいのか…?

 そこまで進んだ時、もう一つ気になることを思い出した。あの廊下に響いていた呻き声。日付が変わって亡霊と化したシュゼット嬢は、その呻き声の所に向かっていたのではないだろうか? その呻き声の正体は、なんだったんだろうか?
すぐそばの時計を見ると、日付が変わるにはまだもう少し猶予がある。それなら先にそっちを片付けてからにしておこうか。

 目の前に開いた隠し扉があるのに、進まないというのはおかしな話かもしれない。だがオリバーの亡骸を見てしまった今、少しでも多くの謎に答えを出しておきたかった。次に死んだら俺も彼の元に行くのかもしれないと思うと、いても立ってもいられなかったのだ。必ず帰る、そう誓った以上は果たさなくてはなるまい。懐から写真を出して決意を新たにすると、俺はランプを手に図書室を後にした。

 確か、呻き声の源は図書室の逆側。地の底から響いてくるような陰気な声は、忘れようにも忘れられない。
 ランプの明かりの中で累々と横たわる亡骸の群れを超え奥にある扉を順に試すが、どれも開く様子はない。長い間諦めず探し続けた末に一つだけ、奥まったところにひっそりと佇む異質な扉を見つけた。他の扉と比べて異質な理由は簡単、他の部屋にはもれなくあったはずの動物レリーフが唯一存在しないのだ。

 取っ手を回すと、意外なほど扉はあっさりと開いた。間違いない、呻き声はこの中から湧き上がってきている!

 その先に続く地下への階段をゆっくりと下って行く。
この先に何があるのか、まずはそれを突き止めよう…!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オカルティック・アンダーワールド

アキラカ
ホラー
とある出版社で編集者として働く冴えないアラサー男子・三枝は、ある日突然学術雑誌の編集部から社内地下に存在するオカルト雑誌アガルタ編集部への異動辞令が出る。そこで三枝はライター兼見習い編集者として雇われている一人の高校生アルバイト・史(ふひと)と出会う。三枝はオカルトへの造詣が皆無な為、異動したその日に名目上史の教育係として史が担当する記事の取材へと駆り出されるのだった。しかしそこで待ち受けていたのは数々の心霊現象と怪奇な事件で有名な幽霊団地。そしてそこに住む奇妙な住人と不気味な出来事、徐々に襲われる恐怖体験に次から次へと巻き込まれてゆくのだった。

逢魔ヶ刻の迷い子2

naomikoryo
ホラー
——それは、封印された記憶を呼び覚ます夜の探索。 夏休みのある夜、中学二年生の六人は学校に伝わる七不思議の真相を確かめるため、旧校舎へと足を踏み入れた。 静まり返った廊下、誰もいないはずの音楽室から響くピアノの音、職員室の鏡に映る“もう一人の自分”——。 次々と彼らを襲う怪異は、単なる噂ではなかった。 そして、最後の七不思議**「深夜の花壇の少女」**が示す先には、**学校に隠された“ある真実”**が眠っていた——。 「恐怖」は、彼らを閉じ込めるために存在するのか。 それとも、何かを伝えるために存在しているのか。 七つの怪談が絡み合いながら、次第に明かされる“過去”と“真相”。 ただの怪談が、いつしか“真実”へと変わる時——。 あなたは、この夜を無事に終えることができるだろうか?

逢魔ヶ刻の迷い子

naomikoryo
ホラー
夏休みの夜、肝試しのために寺の墓地へ足を踏み入れた中学生6人。そこはただの墓地のはずだった。しかし、耳元に囁く不可解な声、いつの間にか繰り返される道、そして闇の中から現れた「もう一人の自分」。 気づいた時、彼らはこの世ならざる世界へ迷い込んでいた——。 赤く歪んだ月が照らす異形の寺、どこまでも続く石畳、そして開かれた黒い門。 逃げることも、抗うことも許されず、彼らに突きつけられたのは「供物」の選択。 犠牲を捧げるのか、それとも——? “恐怖”と“選択”が絡み合う、異界脱出ホラー。 果たして彼らは元の世界へ戻ることができるのか。 それとも、この夜の闇に囚われたまま、影へと溶けていくのか——。

鈴落ちの洞窟

山村京二
ホラー
ランタンの灯りが照らした洞窟の先には何が隠されているのか 雪深い集落に伝わる洞窟の噂。凍えるような寒さに身を寄せ合って飢えを凌いでいた。 集落を守るため、生きるために山へ出かけた男たちが次々と姿を消していく。 洞窟の入り口に残された熊除けの鈴と奇妙な謎。 かつては墓場代わりに使われていたという洞窟には何が隠されているのか。 夫を失った妻が口にした不可解な言葉とは。本当の恐怖は洞窟の中にあるのだろうか。

田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

菊池まりな
ホラー
田舎のお婆ちゃんから古い言い伝えを聞いたことがあるだろうか?その中から厳選してお届けしたい。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

百一回目の解体新書

駄犬
ホラー
時間は鎹だ。往復を繰り返し学び育てられる、誰にも経験できない、経験させるつもりがない、唯一無二の解脱を皆様方にお見せしよう。

Catastrophe

アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。 「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」 アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。 陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は 親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。 ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。 家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。 4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。

処理中です...