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第五夜
親友の死
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夜 21:30
再び、夜の図書室にやって来た。
ここで死んだと思われる者は、案外少ない。どうも日付が変わって追われた時に自室にまず逃げ込もうとした者が大半だったようで、別の場所に隠れると言う発想がなかったようだ。確かに、未知の場所に逃げ込むことには勇気がいる。全く知らない場所よりは、自室に逃げ込む方が上策に思えることだろう。
書棚の森の奥、前回死んだ時の自分の亡骸が目印になるとは…皮肉な巡り合わせだ。自嘲混じりの苦笑いで、息絶えた自分の幻影のもとに向かう。感情らしい感情を切り離して考えている自分に嫌気がさして来た。
すでに自分は、正気じゃなくなったのかもしれないな…。そう自分を納得させると周囲を見回した。
ランプに照らされて見える範囲では、他の誰の亡骸も見えは…いや。
書棚の奥に一人だけいる。座り込み壁に寄りかかった姿勢のまま事切れたようだ。
「…?」
あれは…まさか! 俺は思わず駆け寄って、確かめた。
「…オリ…バー…?」
俺よりも頭一つほど高い長身に恵まれた体格、さっぱりと切り揃えた赤い髪。記憶の中にある彼の面影と一致する、その容貌。
「オリバー…なのか…?」
すぐそばに膝をついて確かめる。肩口と脇腹に矢を受け、口許から一筋の血を流して壁に寄りかかったままで息絶えている。最後に吸おうとしたのか、手元には煙草が一本転がっていた。
一体彼は、何度の死を迎えたのだろう? だが何となく直感した。彼はここで『最後の』死を迎えたのだろうと…。
あの時、霊廟で棺を見た。
名も確かめた。
でも心のどこかで否定し続けていた。
同じ名前の、別人なのではないかと…。
まさか、こんな形で彼と再会する事になろうとは…!
「こんな…こんな所で…!」
涙が頰を滑り落ちる。忘れかけていた感情が、堰を切ったように溢れ出た気がした。
脳裏をよぎるのは職場や休日、共に過ごした思い出。
釣りに付き合わされてずぶ濡れになり笑いあった、遠い夏の日。
変人教授の思いつきで行かされた寒い日のフィールドワーク。
思い出せばキリがない、彼と過ごした日々。
親友の死を目の当たりにすることが、こんなに辛いことだったとは…!
「仇は…仇はうつ。この異常な現象を引き起こす、その元凶を何としても打ち破ってやるから…!」
だから、安心して眠ってくれ…。
そうだ…こんな所で立ち止まっている余裕はない。つかの間、ここで命を落とした親友のために黙祷を捧げると、袖口で乱暴に涙を拭って立ち上がる。
オリバーが受けていた矢は、ここの罠が発動したと思っていいだろう。矢の形状からも天井に設置された罠の石弓のものと推測できた。
扉のスイッチと思われる赤い本をそっと押し込む。すると、重々しく耳障りな機械音が鳴り響き、当たりをつけたスリットの先にある壁に隙間が現れた。これで、いいのか…?
そこまで進んだ時、もう一つ気になることを思い出した。あの廊下に響いていた呻き声。日付が変わって亡霊と化したシュゼット嬢は、その呻き声の所に向かっていたのではないだろうか? その呻き声の正体は、なんだったんだろうか?
すぐそばの時計を見ると、日付が変わるにはまだもう少し猶予がある。それなら先にそっちを片付けてからにしておこうか。
目の前に開いた隠し扉があるのに、進まないというのはおかしな話かもしれない。だがオリバーの亡骸を見てしまった今、少しでも多くの謎に答えを出しておきたかった。次に死んだら俺も彼の元に行くのかもしれないと思うと、いても立ってもいられなかったのだ。必ず帰る、そう誓った以上は果たさなくてはなるまい。懐から写真を出して決意を新たにすると、俺はランプを手に図書室を後にした。
確か、呻き声の源は図書室の逆側。地の底から響いてくるような陰気な声は、忘れようにも忘れられない。
ランプの明かりの中で累々と横たわる亡骸の群れを超え奥にある扉を順に試すが、どれも開く様子はない。長い間諦めず探し続けた末に一つだけ、奥まったところにひっそりと佇む異質な扉を見つけた。他の扉と比べて異質な理由は簡単、他の部屋にはもれなくあったはずの動物レリーフが唯一存在しないのだ。
取っ手を回すと、意外なほど扉はあっさりと開いた。間違いない、呻き声はこの中から湧き上がってきている!
その先に続く地下への階段をゆっくりと下って行く。
この先に何があるのか、まずはそれを突き止めよう…!
再び、夜の図書室にやって来た。
ここで死んだと思われる者は、案外少ない。どうも日付が変わって追われた時に自室にまず逃げ込もうとした者が大半だったようで、別の場所に隠れると言う発想がなかったようだ。確かに、未知の場所に逃げ込むことには勇気がいる。全く知らない場所よりは、自室に逃げ込む方が上策に思えることだろう。
書棚の森の奥、前回死んだ時の自分の亡骸が目印になるとは…皮肉な巡り合わせだ。自嘲混じりの苦笑いで、息絶えた自分の幻影のもとに向かう。感情らしい感情を切り離して考えている自分に嫌気がさして来た。
すでに自分は、正気じゃなくなったのかもしれないな…。そう自分を納得させると周囲を見回した。
ランプに照らされて見える範囲では、他の誰の亡骸も見えは…いや。
書棚の奥に一人だけいる。座り込み壁に寄りかかった姿勢のまま事切れたようだ。
「…?」
あれは…まさか! 俺は思わず駆け寄って、確かめた。
「…オリ…バー…?」
俺よりも頭一つほど高い長身に恵まれた体格、さっぱりと切り揃えた赤い髪。記憶の中にある彼の面影と一致する、その容貌。
「オリバー…なのか…?」
すぐそばに膝をついて確かめる。肩口と脇腹に矢を受け、口許から一筋の血を流して壁に寄りかかったままで息絶えている。最後に吸おうとしたのか、手元には煙草が一本転がっていた。
一体彼は、何度の死を迎えたのだろう? だが何となく直感した。彼はここで『最後の』死を迎えたのだろうと…。
あの時、霊廟で棺を見た。
名も確かめた。
でも心のどこかで否定し続けていた。
同じ名前の、別人なのではないかと…。
まさか、こんな形で彼と再会する事になろうとは…!
「こんな…こんな所で…!」
涙が頰を滑り落ちる。忘れかけていた感情が、堰を切ったように溢れ出た気がした。
脳裏をよぎるのは職場や休日、共に過ごした思い出。
釣りに付き合わされてずぶ濡れになり笑いあった、遠い夏の日。
変人教授の思いつきで行かされた寒い日のフィールドワーク。
思い出せばキリがない、彼と過ごした日々。
親友の死を目の当たりにすることが、こんなに辛いことだったとは…!
「仇は…仇はうつ。この異常な現象を引き起こす、その元凶を何としても打ち破ってやるから…!」
だから、安心して眠ってくれ…。
そうだ…こんな所で立ち止まっている余裕はない。つかの間、ここで命を落とした親友のために黙祷を捧げると、袖口で乱暴に涙を拭って立ち上がる。
オリバーが受けていた矢は、ここの罠が発動したと思っていいだろう。矢の形状からも天井に設置された罠の石弓のものと推測できた。
扉のスイッチと思われる赤い本をそっと押し込む。すると、重々しく耳障りな機械音が鳴り響き、当たりをつけたスリットの先にある壁に隙間が現れた。これで、いいのか…?
そこまで進んだ時、もう一つ気になることを思い出した。あの廊下に響いていた呻き声。日付が変わって亡霊と化したシュゼット嬢は、その呻き声の所に向かっていたのではないだろうか? その呻き声の正体は、なんだったんだろうか?
すぐそばの時計を見ると、日付が変わるにはまだもう少し猶予がある。それなら先にそっちを片付けてからにしておこうか。
目の前に開いた隠し扉があるのに、進まないというのはおかしな話かもしれない。だがオリバーの亡骸を見てしまった今、少しでも多くの謎に答えを出しておきたかった。次に死んだら俺も彼の元に行くのかもしれないと思うと、いても立ってもいられなかったのだ。必ず帰る、そう誓った以上は果たさなくてはなるまい。懐から写真を出して決意を新たにすると、俺はランプを手に図書室を後にした。
確か、呻き声の源は図書室の逆側。地の底から響いてくるような陰気な声は、忘れようにも忘れられない。
ランプの明かりの中で累々と横たわる亡骸の群れを超え奥にある扉を順に試すが、どれも開く様子はない。長い間諦めず探し続けた末に一つだけ、奥まったところにひっそりと佇む異質な扉を見つけた。他の扉と比べて異質な理由は簡単、他の部屋にはもれなくあったはずの動物レリーフが唯一存在しないのだ。
取っ手を回すと、意外なほど扉はあっさりと開いた。間違いない、呻き声はこの中から湧き上がってきている!
その先に続く地下への階段をゆっくりと下って行く。
この先に何があるのか、まずはそれを突き止めよう…!
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