果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第五夜

晩餐の席にて 〜五巡目〜

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夕刻 18;00

「お召し上がりになりませんの?」
 気遣わしげなシュゼット嬢が声をかける。俺は申し訳ないと思いながらも言葉を濁す。

 いつもの通り、晩餐の時は穏やかに過ぎて行った。ただその中で俺は食が進まず、彼女に心配されている。申し訳ないが、この屋敷のあちこちで多くの人々の死に様を見てしまっている。自分の死の状況が見えただけでも手一杯だと言うのに、廊下や部屋のそこここで凄惨な亡骸の群れを見てしまってはどうにもならない。だが、夜になって屋敷の暗さに助かっているのも事実だ。不自然なまでに暗い中では、亡骸の様子もあまり見えないと言うのは思わぬ収穫だった。ずっと亡骸を見ないように気を張る必要がないのだ。

「オルゴールを直していただいたのですから、出来る限りのお礼をしたいのです。ご遠慮なさらずにおっしゃってくださいね?」
 そう言って微笑むシュゼット嬢は、いつになく儚げに見えた。…どこまで彼女の記憶に残っているのだろうか? 玄関の時計やオルゴールを直した事、好きな人の話をした事、そして…前回の俺の死で泣かせてしまった事。
  
 今回の晩餐は、どうも彼女は必要以上に俺に構っているようだった。やはり前回オルゴールで正気に返してしまったばかりに、つらい死を見せてしまったせいだろうか? かすかに覚えているのかもしれないが、俺はそのことを聞けずにいた。逆に寝た子を起こすことにもなりかねない。

  ふと食堂の時計を見て、自らの残り時間を計算する。もうあと数時間で、また俺は…。
 亡骸の山を幻視することで、死に対する恐怖感が増している気がする。すでに何度も死を経験していると言うのに、流れる血の感覚や指先から冷たくなる戦慄、そして心臓を貫く冷たい刃の衝撃におののく自分がいる。
 再び帰ると誓ったはずの心が折れそうになる。

「あら? カシアン様、写真をお持ちですの?」
 シュゼット嬢は俺の懐からわずかに見えたらしい写真を見て、声を弾ませた。
「ああ…そういえば、写真を持ち歩いておりました。見ますか?」
「是非!」

 写真の中のティアラは、相変わらず温かい笑顔を向けてくれている。見ているだけで胸の中に暖かいものが満ちてゆく気がする。ああ、そうだね。必ず帰って、君をこの腕に抱きしめたい。そして…。

「この方がティアラ様ですか? 可愛らしい方です!」
「こっちが、生まれ育った孤児院のみんなと撮った写真ですよ。シスター・リズと牧師さんを中心に、この子がいちばんやんちゃなアーティ、そしてこっちがおとなしいステア。あと、ここの手すりに座っているのが元気なキャンディで、この子が賢いアンソニーです」
「うわあ、みんな可愛い子供達ばっかり! いいなあ、私もいつか会いたいです! あら…?」
「?」
 何故か、シュゼット嬢の顔色が変わった。そしてそのあと、虚ろな目つきで小さく呟く。
「知ってる…この場所。小さな…」

「お嬢様!」
 その呟きは、執事さんの思わぬ大声で中断された。その声で、シュゼット嬢も我に返ったようだった。
「あ、あら…? 私、一体…?」
「お顔の色がすぐれません、お部屋にお連れいたします」

 どう言うわけか、その日の晩餐は慌ただしく終わりを告げた。孤児院の写真に何かがあったのだろうか? 改めて見るが、何もおかしいものはない。
 執事さんに聞いてみるかとも思ったが、まともな答えが返れば死にかけることは変わらないだろう。

 なんだ?何が、あったと言うのだろうか?
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