果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第五夜

無念の日記

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朝 9:00
 
 なんだ…これは。

 執事さんが戻ったそのあと。自室の部屋の入り口で、俺はあまり見たくなかった幻覚と対面することとなった。
 一時的に赤く染まった視界に映るのは、かつての俺の死に様。
 真夜中のノックに扉を開けて、即殺された最初の俺だ。

 自らの血溜まりに沈むように横たわり、心臓には深々と突き立った短剣。
 
 そしてまた別の俺の死に様も再現されていた。
 部屋の片隅に寄りかかった姿勢で動かなくなった、二度目の俺の姿だ。大量に血を吐きながらも抵抗し、挙句に最初の時と同様に心臓をひと突きにされている。
 おそらくは、第三、第四夜での俺も再現されていることだろう。霊廟や図書室に行けばはっきりすることなのだろうが…。

 頭を振って必死に幻覚を振り払うと、視界にあった赤い霧とともに幻覚も消滅した。ホッとする反面、なんとなく自覚する。気を抜いたら、再び見えるようになるんじゃないか、と。
 短期間に幾度も死を経験した反動だろうか? 
 背筋の悪寒を抑えると、俺は部屋を後にした。


 …甘かった。
 廊下にはさらに多くの死が溢れていた。
 折り重なるような幾人もの亡骸が横たわっている。おそらくはシュゼット嬢の見えない刃によるものだろう。ある者は四肢をもぎ取られ、また別の者は首を落とされていた。皆、この部屋に逃げ込もうとしたのだろう…扉に向けて手を伸ばした姿勢で息絶えていた。どうやら俺の死に様は、彼らと比べてかなりマシだったようだ…。

 吐き気がする。
 何故、こんなものが見える?
 彼らの幻覚を振り払いながら、廊下を進む。次から次に現れては消えてゆく彼らが、恨めしげな目を向けてくる。足元には血で覆われたような床。幾人がここで死を迎えたのだろうか…? 
 精神が、磨耗してゆく…。

 赤い霧の中、点々と亡骸が倒れている。ふらふらと血塗れの廊下をさまようように歩く。見る度に心臓を貫かれた衝撃が蘇るようで、胸元に手をやる。ふと、夜に逃げ込んだ応接室が目についた。確か、ここの部屋は鍵がかかっていなかったはず。とにかく、今は一人になりたかった。生者も死者も関係なく、誰もいないところに。

 しんと静まり返った応接室は、あの時とは違う様相を示すかのようだった。夜には見る余裕がなかったが、部屋の隅にある花瓶には赤いバラが数本飾ってある。おそらく、これはシュゼット嬢が活けたものだろう。
 幸いにして、ここの部屋には赤い霧も死者の影もなかった。ここで亡くなった人はいないということか…疲れたら、たまにここで休ませてもらうのもいいかもしれない。

 何となく目についたのは、奥の書棚だ。ここは、客人を通す場所には違いなさそうだが…。
 そっと書棚に歩み寄ると、重厚な革張りの書物に紛れて分厚い鍵付きの日記帳があった。これは、一体…?
 
 手に取って見るが、やはり鍵が掛かっている。開く鍵を探すが、それらしいものは…いや。奥に机が置いてある。引き出しを探って奥から小さな鍵を探り出した。これか?
 あっさりと開いた鍵。詳しく読むべく、日記を開いて読み耽った。

 これは、シュゼット嬢のお父君の日記のようだ。
 婚礼が決まり、幸せの中に一抹の寂しさをにじませる父親の複雑な想いや未来への期待が綴られている。だが微笑ましい記述はそこまでだった。
 
 幸せな結婚生活は、長く続かなかった。彼女の美しさに、悪名高い領主が目をつけたのだ。領主の奥方は、相次いで謎の死を遂げている。そしてその度に若く美しい奥方を迎えていた。
 領主には、普段からの放蕩三昧で多額の借財があった。シュゼット嬢のみならず、財産まで狙われているようだという。

 当時からまことしやかに囁かれていたことだが…領主はかなりの高齢のはずなのにいつまでたっても若々しかったそうだ。
 悪魔と契約して若さを保っているという噂さえあったという。…馬鹿な、と以前なら鼻先で笑い飛ばしていただろう。だが幾度もの無残な死を経験した今、その説は説得力を持っていた。

  しつこく求愛されるたびに退け、領主の歪んだ愛情は憎悪に取って代わっていった。そしてこの家の家宝である悪魔祓いの剣に難癖をつけて、逆にシュゼット嬢を魔女だと断罪したとある。

ここで、この日記は終わっていた。よく見ると数枚分のページを破った形跡がある。領主の悪行に加えてシュゼット嬢への執着心を鑑みれば、恐らくはこのお父君も…。
 娘の幸せを願っていたに違いない彼に、しばし黙祷を捧げる。さぞかし、無念だったことだろう…!

 しかし…悪魔祓いの剣? 慈悲の短剣や、並んでいた他の武器とは違うのだろうか?
 そこも調べて見る必要がありそうだ。 
 
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