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第五夜
美しき女主人 〜五巡目〜
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朝 7:00
『嫌ああああああああ!』
力尽き目を閉じた後の、俺が見ることのなかった光景が改めて目の前で繰り広げられている。
ああ…すまない、シュゼット嬢…。
こんな風に泣かせるつもりではなかったというのに…。
貴女にとって、最も辛いものを見せてしまった…!
汚れることを厭わず、血溜まりに横たわった俺を懸命に抱き起こして繰り返し何度も呼びかけてくれた。どんなに呼ばれても、息絶える寸前で返事をすることすら出来なかったけれども。
日ごとに繰り返し迎える俺の死を見て、悲痛な悲鳴をあげてくれた。彼女の方が数段、無残な死を経験しているにも関わらず…。
そして、駆けつけた執事さんに俺を助けるように懇願してくれた。致命傷であることを告げられてとどめを刺される時も、執事さんの腕に取り縋って本気で涙を流してくれていたのか…。
やはり彼女は、執事さんが全てを捧げるに値する女性だ。
執事さんだけじゃない、いつしか俺も彼女を助けたいと心から願うようになっていた。
たとえ『駒』として何度も死を迎える苦しみを経ようとも、その想いは変わらない。
だからティアラ…もう少し、もう少しだけ待っていてくれ…。必ず、必ず戻るから…!
そして。どういう事なのか『生贄の美術館』にも、新たな人形が追加された事を知った。背をえぐられ血の海に沈み、シュゼット嬢の腕の中で短剣に貫かれ事切れた俺の精巧な人形が。
この悪趣味な人形館は、誰が創り出したものなのだろうか? どの道、弄ぶためのもの以外に考えられないが…。この館に、俺たち以外の誰かがいるという事なのだろうか?
…………。
………。
……。
「…う…」
いく度目かの嵐の音。何度目かの目覚め。
悪い夢から覚めたときのようにぼんやりとだるいが、身体に痛みはない。
すっかり見慣れた天井に、清潔なベッドの感触。
もう、何度目になるのだろうか?
ゆっくりと起き上がると、すぐそばにシュゼット嬢が座っているところまでが同じだ。
「よ…よか…良かった…! このまま、もうお目覚めにならないかと…!」
今までと違うところは、いっぱいまで目に涙をためた彼女に飛びつかれたこと。
どういうことだ? シュゼット嬢、まさか記憶が…?
「お嬢様、お客人がお困りのようですよ?」
柔らかくたしなめる執事さんの声に、彼女は我に帰った様子で涙を拭った。
「あ、あら…すいません、私ったら…」
「なかなかお目覚めになりませんでしたからね。でももう大丈夫です」
いつかのように、優雅なグラスで差し出される気つけのブランデー。
静かに受け取ると、執事さんは深く頷く。
「全てが、元どおりですから」
様々なことをチェックするところも同じ。着替えの際に身体に異常がないかを確かめるのも同じ。だが、何か違和感がある気がするのは何故だろう?
俺は今、生きているのか?
そこに、ノックが響いた。鍵束と軽食を持った執事さんだ。
「ご気分はいかがでしょうか?」
「執事さん…」
俺は思い切って、目覚めて以来の違和感を尋ねてみた。彼は辛そうに目を伏せ、ようやくお話しする許可が出ましたが…と前置きするとこう答えた。
「幾度めかの死を経ると、段々と魂が『あちら』に引っ張られがちになるようです…」
そしてさらに、衝撃的な答えが返ってきた。
「今まで以上に死に近くなっているだろうと思われます。そう…様々な無残な死を目の当たりにすることも増えましょう…」
まもなくその言葉の意味を俺は、身をもって理解することとなる。
手がかりにもなろうことだが、吐き気を禁じ得ない状況を『見る』ことになってしまったのだ。
『嫌ああああああああ!』
力尽き目を閉じた後の、俺が見ることのなかった光景が改めて目の前で繰り広げられている。
ああ…すまない、シュゼット嬢…。
こんな風に泣かせるつもりではなかったというのに…。
貴女にとって、最も辛いものを見せてしまった…!
汚れることを厭わず、血溜まりに横たわった俺を懸命に抱き起こして繰り返し何度も呼びかけてくれた。どんなに呼ばれても、息絶える寸前で返事をすることすら出来なかったけれども。
日ごとに繰り返し迎える俺の死を見て、悲痛な悲鳴をあげてくれた。彼女の方が数段、無残な死を経験しているにも関わらず…。
そして、駆けつけた執事さんに俺を助けるように懇願してくれた。致命傷であることを告げられてとどめを刺される時も、執事さんの腕に取り縋って本気で涙を流してくれていたのか…。
やはり彼女は、執事さんが全てを捧げるに値する女性だ。
執事さんだけじゃない、いつしか俺も彼女を助けたいと心から願うようになっていた。
たとえ『駒』として何度も死を迎える苦しみを経ようとも、その想いは変わらない。
だからティアラ…もう少し、もう少しだけ待っていてくれ…。必ず、必ず戻るから…!
そして。どういう事なのか『生贄の美術館』にも、新たな人形が追加された事を知った。背をえぐられ血の海に沈み、シュゼット嬢の腕の中で短剣に貫かれ事切れた俺の精巧な人形が。
この悪趣味な人形館は、誰が創り出したものなのだろうか? どの道、弄ぶためのもの以外に考えられないが…。この館に、俺たち以外の誰かがいるという事なのだろうか?
…………。
………。
……。
「…う…」
いく度目かの嵐の音。何度目かの目覚め。
悪い夢から覚めたときのようにぼんやりとだるいが、身体に痛みはない。
すっかり見慣れた天井に、清潔なベッドの感触。
もう、何度目になるのだろうか?
ゆっくりと起き上がると、すぐそばにシュゼット嬢が座っているところまでが同じだ。
「よ…よか…良かった…! このまま、もうお目覚めにならないかと…!」
今までと違うところは、いっぱいまで目に涙をためた彼女に飛びつかれたこと。
どういうことだ? シュゼット嬢、まさか記憶が…?
「お嬢様、お客人がお困りのようですよ?」
柔らかくたしなめる執事さんの声に、彼女は我に帰った様子で涙を拭った。
「あ、あら…すいません、私ったら…」
「なかなかお目覚めになりませんでしたからね。でももう大丈夫です」
いつかのように、優雅なグラスで差し出される気つけのブランデー。
静かに受け取ると、執事さんは深く頷く。
「全てが、元どおりですから」
様々なことをチェックするところも同じ。着替えの際に身体に異常がないかを確かめるのも同じ。だが、何か違和感がある気がするのは何故だろう?
俺は今、生きているのか?
そこに、ノックが響いた。鍵束と軽食を持った執事さんだ。
「ご気分はいかがでしょうか?」
「執事さん…」
俺は思い切って、目覚めて以来の違和感を尋ねてみた。彼は辛そうに目を伏せ、ようやくお話しする許可が出ましたが…と前置きするとこう答えた。
「幾度めかの死を経ると、段々と魂が『あちら』に引っ張られがちになるようです…」
そしてさらに、衝撃的な答えが返ってきた。
「今まで以上に死に近くなっているだろうと思われます。そう…様々な無残な死を目の当たりにすることも増えましょう…」
まもなくその言葉の意味を俺は、身をもって理解することとなる。
手がかりにもなろうことだが、吐き気を禁じ得ない状況を『見る』ことになってしまったのだ。
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