果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第三夜

真夜中の水音

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真夜中 23:30

 そろそろ、十二時近い時刻だ。
 執事さんが慈悲の短剣を携えてノックする、その時が近づいてきていた。

 俺は引き出しの底に情報を刻み込む手を止めるとそっと自室の扉を開け、シャッター付きのランプを持って廊下に音もなく滑り出る。教授に気取られないように足音を忍ばせるのは、今や特技となっていた。それがこんな形で役立つと思わなかった。
 この屋敷は夜になるとやたらと暗くなり、ランプなしでは歩くこともままならない。なぜこんな時間に部屋の外に出るかと言われると…単なる意地、だったりする。

 今までは自室にいるところで殺されてきたのだから、いっそ部屋の外でやり過ごしてやろうと言う抵抗の仕方を選択してみたわけだ。ただ…どこに行こうかというと、図書室くらいしか…いや、待てよ? 

 晩餐の席で聞いた、中庭はどうだ?

 玄関の時計が、その時十二回鳴り響く。もう一刻の猶予もない。一瞬で心は決まった。階段をそっと降りてすぐ裏側の扉を…。
「?」
 妙な、音が聞こえる…それも二つも。
 一つは、低い呻き声のような…? 地の底から這い出るような、男の声だろうか。 地下室? そんなものがあっただろうか? もしかしたら、見つけていないだけで存在はするのかもしれないけれど。

 まさか、そこに居るのは今までにここに来て殺され続けた人々だろうか?
  
 そしてもう一つは…水の音、のような…。

 外の雨音とは質が違う、湿った足音。少しずつ少しずつ、こちらに近づいてきているような…。

 ずるり、ぴちゃ…ずるり、ぴちゃ…ずるり、ぴちゃ…ずるずるずる、ぴちゃん…びちゃ、ずる…ずるずる、びちゃ…ずるり、ぴちゃん…びちゃびちゃ…ずるずる…ぴちゃん…。

 水浸しの足音は、こっちに近づいて来て居る。俺は慌ててランプのシャッターを閉めて物陰に息をひそめた。
 視界は完全な闇、恐怖が具現化したかのような物音に背筋が粟立つ。潜めたい息が、我知らず乱れる。

 

本能的にそう悟る。唐突に俺は思い出した。引き出しの中の一文。

『屋敷を徘徊する…に、殺られる…』

 あれは、この現象のことを指していたということか?
 地下からと思われる、男のうめき声がさらに大きく玄関に響き渡った。そうだ、扉…。この、背後にある扉から出れば…。やり過ごせるだろうか?

 ずるずる…ぴちゃん、ずる…ずるずる…ぴちゃ、ぴちゃ…ずる、ぴちゃ…ぴちゃ…ずる…

 本能的な恐怖に喝を入れ、震える手で扉を開けようとする…その時だった。

「逃がさない…」

  廊下をさまよう『それ』が、くぐもった声を発した。喉が、ひゅっと音を立てる。闇に慣れて来た目が、『それ』をとらえる。一気に全身から、血の気が引くのがわかった。

 白い、人影…?

 暗い中でも、はっきりとわかる。白い影は朧げなのに、その中の目だけが燃えるように赤く光っている。

「逃がさない…」

 ひどくゆっくりとした歩み。背後の扉を開けて中庭に駈け込めばなんとかなる…そう思えるのに。
 足が…身体が…いうことを聞かない…!

「逃がさない…」

 近づいてくる、人影。這いずるようにゆっくりと。しかし、俺の身体は動けない。
 しっかりしろ! 必ず帰ると、誓っただろうが!
 ティアラの笑顔を思い浮かべて、気合いを入れる。動かない手を無理に動かして、ドアノブを握る…開いた!

 扉の先には、さらに黒々とした不吉な闇が広がっていた。ここまで来たら、引き返せない。

 …たとえ再び、襲いくる死の運命は覆せなくても。
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