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第三夜
晩餐の席にて ~三巡目~
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夕刻 18:00
「残念ですわ。この嵐では、中庭のバラも散ってしまいそうです」
晩餐の後のくつろぎの時間に、シュゼット嬢はため息をつきながら窓の外を見下ろした。
「中庭のバラ?」
初耳だ。そんな場所があったなんて…。
「亡くなった母が大切にしていたんですよ。中庭をバラで迷路にして、よく遊んでいましたわ。隅にはブランコ、真ん中には白い四阿…。母亡き後のお世話は、彼に一任していますの。わたくしもよく、花を切って活けています」
「それは、さぞ綺麗でしょうね。花が散らないよう、祈らなくては。それにしても、中庭とは初耳です」
実際、中庭があるなんて知らなかった。この大きな屋敷だ。確かにあってもおかしくないが、謎を追うばかりでその辺りを散策する余裕もなかった。
「ふふ、カシアン様だけに教えちゃいますね。中庭には、玄関前の大きな階段の裏側にある扉から行けるんですよ! お天気さえ良ければ、ご案内したんですけれどね」
隠し扉がここにも? 俺は聞かずにいられなかった。
「随分と奥まった所を抜けるんですね…気づきませんでした。そんなに分かりにくい入り口には、何か理由でも?」
「亡き両親の意向です。信用できる方だけに入り口を教える、秘密の花園…というジョークのつもりだったんでしょうけどね」
そう言いながら彼女は、意味ありげないたずらっぽい笑みをこちらに向ける。
「はは…ということは、お嬢様直々の合格通知をいただけたと思っていいんですか?」
「さて、どうでしょう…? ふふ、冗談ですよ。せめてこの雨風が収まれば、お見せできるのですが…。素敵なんですよ、真っ赤なバラの花園…。本当に、散ってしまわないかが心配です」
そう言うと、彼女は心底残念そうに項垂れる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。中庭はお屋敷の建物が囲むような位置ですので、ある程度は風避けになるのではないかと。この嵐が収まれば、確認いたしましょう」
そんな様子を見かねたのか、執事さんがフォローを入れた。いつものめまいはしない。純粋にシュゼット嬢を案じてのことだ。
この主従の絆は、何よりも強く深い。日付が変わるまでは、こうして穏やかな時を過ごしているのだろう。なのに何故、日付が変わってからは様変わりしてしまっているのだろう? 殺戮など誰も望んではいないと言うのに、辛そうに手を血に染めてまで…。
「亡き奥様から託されましてより、お嬢様の幸せのみが望みでありますゆえ…」
くらり。
俺の内心の疑問を読み取ったように、執事さんは語る。これも、手掛かりのうちというわけか…油断ならないな。
とはいえ、この場合は『お嬢様の幸せのみが望み』というのがそれに当たると思われるが。
「ああ…中庭の隅にある霊廟も、嵐が収まればお掃除しなくてはなりませんね」
「っ…!」
何気なく語られた言葉に、強烈なめまいを感じた。霊廟…? これも初めて聞く場所だ。これは、この場で聞くべきか? リスクはあるが、今は何より情報が欲しいところだ。
「霊廟ということは、シュゼット嬢のご両親の?」
「ええ。ですが旦那様方だけでなく代々のご先祖様方と多くの方々を祀っております。」
その答えには、一瞬の頭痛が伴った。ということは、なんらかの手がかりが含まれる答えだということだろう。中庭に霊廟か…秘密にしていたのは、その関係だろうか。副葬品などの盗難もありそうだからな…。
そこまで考えて、ふと生まれ育った孤児院の裏庭にあった名もなき墓のことを思い出した。誰に聞いてもよくわからなかったが、時折シスターが花を手向けていたことを覚えている。
なぜ今、そんなことを思い出すのかは分からなかったけれど。
嵐は未だ衰えを知らず、あらゆる窓には堅く鎧戸が下りていた。ただ、大きく窓を開かれることはないだろうと思われたが…元が美しいお屋敷だけに、そうならないことがひどく残念に思えてならなかった。
「残念ですわ。この嵐では、中庭のバラも散ってしまいそうです」
晩餐の後のくつろぎの時間に、シュゼット嬢はため息をつきながら窓の外を見下ろした。
「中庭のバラ?」
初耳だ。そんな場所があったなんて…。
「亡くなった母が大切にしていたんですよ。中庭をバラで迷路にして、よく遊んでいましたわ。隅にはブランコ、真ん中には白い四阿…。母亡き後のお世話は、彼に一任していますの。わたくしもよく、花を切って活けています」
「それは、さぞ綺麗でしょうね。花が散らないよう、祈らなくては。それにしても、中庭とは初耳です」
実際、中庭があるなんて知らなかった。この大きな屋敷だ。確かにあってもおかしくないが、謎を追うばかりでその辺りを散策する余裕もなかった。
「ふふ、カシアン様だけに教えちゃいますね。中庭には、玄関前の大きな階段の裏側にある扉から行けるんですよ! お天気さえ良ければ、ご案内したんですけれどね」
隠し扉がここにも? 俺は聞かずにいられなかった。
「随分と奥まった所を抜けるんですね…気づきませんでした。そんなに分かりにくい入り口には、何か理由でも?」
「亡き両親の意向です。信用できる方だけに入り口を教える、秘密の花園…というジョークのつもりだったんでしょうけどね」
そう言いながら彼女は、意味ありげないたずらっぽい笑みをこちらに向ける。
「はは…ということは、お嬢様直々の合格通知をいただけたと思っていいんですか?」
「さて、どうでしょう…? ふふ、冗談ですよ。せめてこの雨風が収まれば、お見せできるのですが…。素敵なんですよ、真っ赤なバラの花園…。本当に、散ってしまわないかが心配です」
そう言うと、彼女は心底残念そうに項垂れる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。中庭はお屋敷の建物が囲むような位置ですので、ある程度は風避けになるのではないかと。この嵐が収まれば、確認いたしましょう」
そんな様子を見かねたのか、執事さんがフォローを入れた。いつものめまいはしない。純粋にシュゼット嬢を案じてのことだ。
この主従の絆は、何よりも強く深い。日付が変わるまでは、こうして穏やかな時を過ごしているのだろう。なのに何故、日付が変わってからは様変わりしてしまっているのだろう? 殺戮など誰も望んではいないと言うのに、辛そうに手を血に染めてまで…。
「亡き奥様から託されましてより、お嬢様の幸せのみが望みでありますゆえ…」
くらり。
俺の内心の疑問を読み取ったように、執事さんは語る。これも、手掛かりのうちというわけか…油断ならないな。
とはいえ、この場合は『お嬢様の幸せのみが望み』というのがそれに当たると思われるが。
「ああ…中庭の隅にある霊廟も、嵐が収まればお掃除しなくてはなりませんね」
「っ…!」
何気なく語られた言葉に、強烈なめまいを感じた。霊廟…? これも初めて聞く場所だ。これは、この場で聞くべきか? リスクはあるが、今は何より情報が欲しいところだ。
「霊廟ということは、シュゼット嬢のご両親の?」
「ええ。ですが旦那様方だけでなく代々のご先祖様方と多くの方々を祀っております。」
その答えには、一瞬の頭痛が伴った。ということは、なんらかの手がかりが含まれる答えだということだろう。中庭に霊廟か…秘密にしていたのは、その関係だろうか。副葬品などの盗難もありそうだからな…。
そこまで考えて、ふと生まれ育った孤児院の裏庭にあった名もなき墓のことを思い出した。誰に聞いてもよくわからなかったが、時折シスターが花を手向けていたことを覚えている。
なぜ今、そんなことを思い出すのかは分からなかったけれど。
嵐は未だ衰えを知らず、あらゆる窓には堅く鎧戸が下りていた。ただ、大きく窓を開かれることはないだろうと思われたが…元が美しいお屋敷だけに、そうならないことがひどく残念に思えてならなかった。
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