果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第二夜

二度目の終焉

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真夜中 24:15

もうすぐ、執事さんが来るであろう時間だ。

夜中の十二時、鐘が鳴ってからだったはず。そうだ、ノックが響いてドアを開け、そして…。

俺はドアの鍵をかけた上で動かせる物…ソファや棚でドアを塞ぐ。これで安心できるかはわからない。だが、無警戒にドアを開けるわけにもいかない。
 必ず帰ると誓ったのだから。

 静かな屋敷に、響く十二の鐘。いよいよか…!

 俺は息を殺して部屋に立て籠もる。このまま、朝までやり過ごせるか…? 
 いや、やり過ごせなくてはならない。無事に朝を迎えるためにも…!
 このまま潜み続けて、開かない扉に遮られた彼が去るまで待つしかない。執事さんはこれから、死神となる。ノックの後で扉を開ければ最後、即座に殺される。

 どういう理屈で今、俺が生きているのかも解らない。だがあの時、確かに俺は死んだ。短剣で胸にひと突き、続いて心臓を貫かれ止めまで刺されて。あれでまだ生きているとは、未だ信じがたい。思い出しただけで背筋が凍る、大量の血と共に生命そのものが流れ出してゆく感覚。身体が覚えている、死の足音。

 それでも、翌朝…いや、時が戻ったと思われるためにその表現が正しいのかもわからない。だが確かに俺は生きて屋敷のベッドの中にいた。前日と同じように「新しい」訪問者として。

 近づいてくる、静かな足音。来た…!
 扉を開けようとするノックの音。息を殺して気配を消す。かすかな金属音と、嫌な予感。そして…。

「やはりこちらにいらっしゃったのですね。失礼ながら、お邪魔させていただきました」
 「!」

 いつの間にか、部屋の片隅に人影があった。

「申し訳ありません。『無事に朝を迎えることはできない』のです。そう『決まっております』ので…」

 相変わらず、辛そうな表情で深々と一礼。その手には、相変わらず『慈悲の短剣』が握られている。
どうやって入ったかわからない。こうなってしまっては、扉を塞いだことが仇になってしまった…。

 一歩近づく彼の姿に、肌が粟立つ。重いめまいがのしかかってくる。どこだ? どこから入った? 思い当たるのは、さっきのかすかな金属音。
この謎だらけの屋敷だ。どこかに隠し扉が、あってもおかしくないじゃないか…!
歯噛みしてももう遅い。その可能性に思い当たらなかった、こちらの負けだ…! 

これで、詰んだ…。
 ならせめて、少しでも取れる情報は取っておこう。そして…ギリギリまで足掻いて抵抗してやる。
 これから確実に殺されるというのに、妙に俺は落ち着いていた。やるべき事は、全てやってやる。
 天命を待つのは、人事を尽くし切ってからだ…!

「やはり…俺を殺しに来たんですか、執事さん…」
「はい。申し訳ありませんが」
 俺は傍らの細い椅子を、さりげなく引き寄せる。
 
「私は『嘘をつけません』ので…」
 前の時計修理の時と同じような、あの激しいめまいが再び起きる。それも、これまでの比ではない強烈なめまい。立っていられず、俺は壁にもたれかかって堪える。
「っ…! このめまい、あんたの仕業か執事さん?」
 「さあ、それはどうなんでしょうかねえ?」
 その答えでめまいは弱まる。何か法則はあるのか? 何か掴めそうで、俺は問いかけを続ける。
 同じ殺されるなら、少しでも情報を得てやる。
「さっきの『嘘をつけない』というのは、信じて良いのか?」
 まっすぐ見返す瞳の先で、執事さんは驚いたように目を細めた。一つ頷くと、彼ははっきりと言葉を変えて返答をする。
「ええ。『私は決して、嘘をつく事はできない』のです…」

「か…はッ…!」
 今度は、もっと強烈な…! 激烈な痛みが心臓を鷲掴み、俺はたまらず身を折った。もはや立っていられず、もたれかかった壁に沿ってずるずるとへたりこんだ。なんだ…どういうことなんだ…? 喉の奥からこみ上げ吐き出した大量の血が、如実に死を暗示している。

 気づけば彼は短剣を構え、近くに寄って来ていた。
「くっ…! せめて、抵抗は…させてもらうぞ…!」
 乱暴に胸元を掴んで痛みに耐えつつ、空いた手で傍らに倒れた椅子を引き寄せると、少しでも距離を取るべく壁沿いに後退る。
「見上げた心掛けです。その意思、行動力。頭の回転も速い上に、胆力もある。貴方はこれまでで最も優秀な『駒』でしょうね」
「『駒』? それは…一体?」
 なぜかはわからないが、妙に頭に残る単語。伴うのは銀のきらめきを伴った、ニタリとした笑み。そして再びめまいと苦痛に襲われる。
 
 もう、限界に近かった。

 目の前の執事さんが、何かした様子は全くない。なのに、何か重要そうなことを語るだけで苦痛に襲われ死に近づく…どういうことだ?

 このまま情報を引き出し続ければ、間違いなく死ぬだろう。

 いや…死ぬ、か…。どっちみち変わらないじゃないか…。

 知らず、口元に笑みが刻まれる。どうせ殺される未来は変わらないなら、このまま質問に賭けてみるのも悪くない。肩で息をしながら、俺は問いかけた。
「…確認だが…『次』は…あるのか?」
「それは、以前にお答えしたはずですよ」

 明言はせず、ぼかした答え。めまいや苦痛は弱まる。そういうことなら…。
「なら『最後』に…。執事さん…貴方は、俺の敵なんですか…? それとも…味方…ですか?」
 これは『今回』における『最後』の問いかけ。
 この問いかけに対する答えで、わかることがある。さあ、どう出る?

「これ以上なく、良い質問ですね。とても優秀な『駒』である貴方に敬意を示し、正直にお答えしましょう」

 答えるのは、歓喜にまみれた笑み。そして一つ大きく息を吸って答えた。

「私は執事。お嬢様にお仕えし、お嬢様に尽くす者です。故に、お嬢様を『お救い』頂けるなら何者にも勝る味方に、お嬢様に『仇なす』なら敵となります」

「ぐっ…あ…!」

 再び襲い来る、見えない手で臓腑を握り潰されるような激烈な苦痛。
 『救う』ということは、よく分からない。だが、決して『仇なす』つもりはない。最初から最後まで、それは一貫して変わらない。
 なのに、何故…?
 
「仇なすことになるのです。日付が変わってしまった以上、速やかに貴方を亡き者にしないと…お嬢様が耐え難き苦痛を味わうことになってしまうのです…」

 俺の心の疑問を読み取ったように、辛そうな執事さんの答えが紡がれる。
「くっ…」
  再び、心臓を鷲掴みにされるような激痛。息も絶え絶えになりまた血を吐くと、そのまま部屋の隅にもたれかかって浅い呼吸を繰り返して痛みをやり過ごす。

 これで…完全に詰み、だ…。
 部屋の片隅。すぐそばまで来た執事さん、その手には『慈悲の短剣』…。
「ほかに、ご質問は?」
 俺は黙ってかぶりを振ろうとして、もう一つ、思い付いた。だがそれを聞いて仕舞えば、その時点で即死は免れないだろう。それでも『次』につなげることができるなら…。消えかけた意識を必死で引き寄せながら、途切れ途切れの言葉を必死で紡ぐ。
「俺に…何を、求めて…いるん、だ…?」

 その答えを俺は、聞く事はできなかった。
 目を閉じ静かに首を振ると、彼はそばに膝をつき、銀のきらめきを俺の胸にぴたりと当てる。

「申し訳ありませんが、それに対するお答えは許可されていません。貴方の果敢なる試みには、感謝いたしますが…。さぞかしお苦しいことでしょう。お辛いことでしょう…。そろそろ『お眠り』になってください。お手伝いいたします…」

 …ああ…今回も…時間切れ、か…。
 襲い来る激烈な苦しみは遠ざかりつつあったが、それでも今は『慈悲の短剣』による終焉がこの上なく有難い。
 そしてそっと冷たい手に抱き起こされながら一瞬の衝撃が胸を貫いて…そして、俺の意識は途切れた。
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